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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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84話


 もし『物語』が主人公のための舞台なら、この世界はアメリアのためのものだ。

 彼女が活躍するために作られ、彼女が生き抜くために生み出された。


 そこに『私』が紛れ込んだのは何の為だろうか。

 

 恋に恋焦がれず、愛らしさもなく、泉の加護を受けながら風の属性を得てしまった異物(わたし)

 何のために、誰のために————この世界に組み込まれてしまったのだろう。

 

 そんな疑問は、日に日に強くなる。

 特に、従来のイベントが起こる度、私は己の無力感をひしひしと感じるのだ。

 


 

 私の答えを聞いたアストレアは、ただ大きな耳を静かに揺らすだけだった。


 無意識のうちに、再び指先が左腕をなぞる。

 その小さな動きを、アストレアは目敏く見ていたらしい。


「……成る程。確かにチグハグですね」


「わかるの?」


「アタクシは見ての通り人狼族で御座いますので、人一倍鼻が効くのですよ。……多少ドブの臭いで分かりにくくはありますが」


 鼻の頭に皺を寄せるアストレア。

 思わずくすりと笑ってしまった私と異なり、ギルベルトは頭上にはてなマークを浮かべた。

 

「ミーミルは泉の主人。そこの御仁に刻まれた風の刻印は、彼の司る水の属性とは真逆の性質を持つのです」


 淡々と補足する声に「いや、そっちじゃなくて」とギルベルトがますます困惑した声を上げる。

 そんな彼に、ブルーノが成る程ねぇと頷いた。


「刻印を見なくても、魔力のニオイとやらでシュタルクの嬢ちゃんは属性がわかるのか」


「シュタルクだからわかるのでは御座いません。人狼族の嗅覚とアストレアの知識があってこそで御座います」


 ふん、とへそを曲げるアストレア。突然ピタリと足を止め、カンテラを掲げた。

 光の照らす先には、上部へ続く粗末な梯子がかけられている。


「ここから上に出れば、街からも安全に出られるでしょう」


 揃って視線をあげるが、梯子の向こうは暗くて何も見えない。

 ブルーノが先に登り、様子を見てくると言った。ギルベルトが頷き、私も了解する。


 カンカンと小さな足音が響く中、私は残り少ない時間でアストレアに向き直る。


 魔術刻印の属性、ミーミルの泉の場所……そして、二色の魔術防御壁。

 訊きたいことはたくさんある。が、その全てを聞く時間は無いのだろう。


 私は「これだけ教えてちょうだい」と口早に言った。

 

「ミーミルの泉に匹敵する水辺……泉でも川でも良い。貴女の知る限り、それはこの国にあるかしら?」


「……ミーミルの泉に匹敵するとは、何においてでしょう?」


「水質よ。ミーミルの泉に連なる場所の水は清らかで、澄んでいると聞いたわ」


 ふむ、と手を口元に当てたアストレアは、すぐに首を横に振った。

 失意が胸中に広がり、自然と地面を向いた。


 しかし、

 

「この国では見つからないでしょうね」


 アストレアの引っかかる物言いに、私は下げたばかりの視線を彼女に戻す。

 それと同時に、頭上からブルーノの呼ぶ声がした。


「アメリア。行けるか?」


「ちょ、ちょっと待って。アストレア、今のはどういう意味……?」


 私の問いかけに、彼女は珍しく口端を上げた。


「言ったでしょう。アストレアからのヒントで御座います。……『精霊』をお探しなさい。それが、ミーミルを探す一番の道で御座います」


 ひらりと彼女が手を振るのと、ギルベルトが私の背を押すのは殆んど同時だった。

 再度ブルーノの声が聞こえ、私は後ろ髪を引かれながら梯子に手をかけた。


 灯りが遠ざかる中、手探りで梯子を登る。上階はすぐに現れた。

 ぽっかり空いた穴から顔を出すと、そこは私たちが宿泊している宿——ではなく、リヒター邸の庭先だった。


 騙された、とショックを受けたのは一瞬で、すぐにこの場に連れてこられた理由を知る。


「アメリア様っ!」


 涙声で駆けてきたのは、ドーリスだった。

 両手でペタペタと私の無事を確認した彼女は、事の次第を話し出す。


 要約すると、騒ぎが起きてすぐの頃、バルタザールが遣いを寄越してくれたらしい。

 彼はアストレアの存在も認知しており、彼女と共謀してこの街を訪れる刻印持ちを保護しているようだ。


「勿論、彼も立場がありますから、表立っての行動は控えているようですが」


 それならば、彼女がタイミングよく現れたのも合点がいく。

 

 刻印持ちがこの街で調べ物をしようとしたら、バルタザールを頼らざるを得ない。

 彼はその情報をアストレアと共有し、トラブルが起きた際はすぐさま彼女を派遣できるようにしていたのだろう。


 アストレアめ……最初からそう言ってくれれば話は早かったのに……。


 とは言うものの、彼女の話が随分役に立ったのも事実だ。

 知恵の泉は偽物であったが、この街に来た甲斐はあった。


 裏口から邸宅内に入った私たちは、リヒター家の使用人から荷物を受け取る。

 ドーリスを連れてくる際、宿に預けていた荷物も引き取ってくれたらしい。ありがたい限りだ。


「ヘア・リヒターが馬車を街の裏に移動してくれたそうです。そちらまで走れますか?」


「ええ、問題ないわ」


 勉強ばかりの引きこもりだと思うなかれ。

 こう見えても、体力育成の成績が平均を下回ったことはない。

  

 全員の支度が整ったことを確認したブルーノ。

 バルタザールへの礼を屋敷の人に言付けると、裏門から街の中へと駆け出した。


 屋敷を離れる一瞬、表玄関の方から住人の怒声が聞こえた。きっと彼らもここを怪しんでいるのだろう。

 応対しているであろうバルタザールには、後日改めてお礼をしないといけないようだ。


 裏門への道は予めドーリスが聞いていたらしい。

 順路を駆けている間、住人らしい住人には遭遇しなかったが、身なりの整わない浮浪者らしき人物には絡まれそうになった。

 

 が、ものの数秒でギルベルトとブルーノが制圧した為、特に問題なし。

 そのまま大きなトラブルもなく、来た時に乗った馬車に駆け込んだ。

 

 それにしても……魔術の授業と被るため一切受けて来なかったが、私も少しは武道の授業を受けるべきだろうか。

 思わずそんな疑問を口にしたら、ギルベルトが呆れたように「別に良いだろ、受けなくて」と言った。


「今度からは、ちゃんと俺が守ってやるから」


 はにかむような顔を向けられ、思わず私は顰めっ面を浮かべる。

 何もわかっていない。


「それが嫌なのよ。情けないじゃない」


「……アメリアらしいな」


 苦笑するギルベルトとブルーノ。ドーリスが大きくため息を吐いた。

 何なんだ、その反応は。

 

 納得のいかないリアクションに、つい不貞腐れたようにそっぽを向く。

 ガタガタと揺れる馬車の中、私は窓枠に肘をついた。


 石橋を走る馬車から見たヴィッセンシュタットの入り口はどんどん遠くなっていく。

 暗闇の中にぽつりぽつり浮かんで見える橙色の街灯が、地下水道で見たカンテラの熱を思い出させた。


 ————『精霊』をお探しなさい。

 

 幼い、舌っ足らずな声。

 詳しく聞く間も無く別れてしまったが、彼女の言う『精霊』とは一体何だ?


 車輪の音が変わり、橋を渡り終えたとみんなが安堵の息をつく頃。

 私は一人、アストレアの言った言葉をひたすら反芻していた。





 

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