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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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81話


「知恵の泉に関する調査、ねぇ……」


 片眉を上げ、リヒター家当主は手紙と私たちを交互に見た。

 ピンと上向きに跳ねた口髭は、彼が言葉発するたびにヒクヒクと揺れ動く。

 

 ブルーノが「ええ」とわざとらしい猫撫で声で相槌を打った。


「ヴィッセンシュタットで調べ物をする以上、こちらさんにはご挨拶をしておいた方が良いと思いましてね」


「それは懸命なご判断ですな」


 満足そうに頷く彼の名はバルタザール=リヒター。

 ローラントの養父であり、それなりに名の通った良家の当主である。


 学園嫌いの学術都市(ヴィッセンシュタット)で、数少ない学園擁護派の一家だ。


 紹介状を読んだ彼は、ブルーノの賛辞に髭をぴくぴくと揺らしている。

 髭の下でゆるむ口元を隠すように空咳を一つ落とし、彼は所有している資料の開示を約束してくれた。


「街の住人が持つ資料は全て外の書棚に保管されている。この許可証があれば、一般開放されている書棚と私の本は閲覧できるだろう」


「ソイツはありがたい!」

 

 ちなみに役所でも許可証を受け取ることは可能だが、その場合身分証の提示と閲覧目的の記載が必要となるらしい。

 トラブル抜きで調べ物をするには、不向きな手続きだ。


 バルタザールの厚意に甘え、私たちはお礼もそこそこに、再び屋敷の外へ出た。

 

 ビルのように聳え立つ巨大な棚。

 その隣で退屈そうにあくびをしている管理人に声をかけ、許可証を提示する。僅かに眉を顰められた。


「リヒター氏の所有図書ですか……」


「ええ、お手数ですがお願いします」


 事前にリストアップしてもらった目ぼしい書物。

 その一覧表を手渡すと、彼は「ご案内します」と嫌そうに答える。


「それと、泉に関する一般開放図書もお願いできますか?」


「……承知しました」

 

 彼は二、三、私に質問をすると、該当資料の元へ案内を始めた。

 集合住宅のような剥き出しの廊下を歩き、本棚からいくつもの本を抜き出していく男性。


 引き摺るカートの中にポンポンと本を放り込み、彼はどんどん書棚を移動していく。


「一先ず、該当する資料はこんなところですね」


 最後の一冊を、積まれた山の最上段に乗せる。

 ぐらぐらと揺れるカートを差し出されても、それを崩さずに運べる自信がない。


「街からの持ち出しは禁止されていますが、宿泊している宿への持ち込みは自由です。ただし、本の移動は必ずカートを利用してください」


「わ、わかりました……あの、ちなみに返却期限は?」


「貴女の満足がいくまでどうぞ」


 どこか狂気を感じさせる目で、彼は言った。

 

 そんなバカな話があるかと言いたくなったが、ここは学術都市。

 研究に狂う彼らが、読み込めていない資料を期限通りに返すとは思えない。


 故の無秩序。故の無規則。

 守られない規則なら、あるだけ無駄だと判断されたのだろう。


 もっと突っ込んで聞きたいところだが、今は時間が惜しい。

 私は一礼を残し、引き継いだカートをえっちらおっちらと宿まで運んだ。


 宿舎の一室で、広げた本を片端から読んでいく。

 いずれも相当読み込まれているようで、どのページにもべったりと手垢がついていた。


 室内に響くのは、ひたすらにページを捲る音だけ。

 しかし、それは唐突に終わりを告げた。


「…………あった」


 私の小さな声に、ギルベルトが寝そべていた体を勢いよく起こした。

 

「おっ……探してた、なんだっけ? ミーミルの泉、だっけ?」


「いえ、そっちじゃないわ。見つけたのは、偽りの魔術師に関する情報よ」


「いつわ……え? 何?」


 荷物をひっくり返し、実家の書斎から持ち出した民話集を引っ張り出す。

 バラバラとページを捲り、寄稿者一覧を開いた。


「貴方にも道中見せたでしょ。ヴァイツェンシュタットの始まりの伝説」


「ああ……水の魔術師がどうとかって奴か」


 あったなー、なんて呑気な様子のギルベルト。彼にしてみればどうでも良いことなのだろう。

 しかし、私が床にまで広げた本を器用に避けながら、彼はこちらに近寄った。


 ひょいっと私の頭上から、彼の顔が覗き込むように資料を見る。私は体を横にずらし、資料が見やすいよう場所を開けた。


「その著者よ。アストレア=シュネーベルク」


 寄稿文には『アスター』としか書かれていなかった為、探し出すのに時間がかかってしまった。


 ふぅん、とよく分からなさそうに呟くギルベルト。

 机についた手が、退屈そうに頬を掻いた。なんだか肩の力が抜けそうだ。


「それで、そいつがアメリアの不調について知ってるってのか?」 


「不調じゃなくて、奇妙な魔術の発動ね。いえ……それは分からない。ただ、彼女はミーミルの泉にまつわる伝説を知っていた」


 つまり、彼女はミーミルの泉について何か知っている筈だ。

 そう告げれば、再び「ふぅん?」と不思議そうに頷くギルベルト。両手を頭の後ろで組むと、体をゆらゆらと揺らす。


「そんなに気になるもん?」


「気になるわよ。元々私が学園に入ったのだって、刻印の属性がどう決まるのか……それが知りたくて入ったのだもの」


 様々な可能性が、頭の中で回り始める。

 

 刻印の持つ属性は一つのはずだが、もしかしたら魔力自体にも属性がある?

 あるいは外的要因で属性を使いで付与できる? もしくは……。


 ぶつぶつと呟き始めた私に対し、ギルベルトはふぅん、と三度目の相槌を打った。


「それで、ソイツの名前を知って……次はどうするんだ?」


「もう少しだけ調べたら、再度本棚に行って来るわ。研究者名簿があるかもしれないし」


「なら、俺が借りて来るよ。ここにいても力になれることないし、部屋に籠ってんのは性に合わねぇや」


 奥で荷物の整理をしていたドーリスが立ち上がったが、ギルベルトに制され座り直した。

 代わりに、ブルーノが付き添うようだ。一人でいいのにと独り言ちる彼は、許可証を持って出て行った。


「……いいんですか? 一緒に行かなくて」


「ブルーノがいるから大丈夫でしょ」


 え〜、と不満げな声を漏らすドーリスに視線をやれば、彼女は分かりやすく頬を膨らませた。

 

「何よ」


「折角のデートチャンスなのに」


「調べ物しに来たのよ。遊びに来たんじゃないわ」


 後、ギルベルトとはそんな関係じゃない。

 そう告げれば、ドーリスは驚いたように目を瞬いた。


 黙々と文字を追い続ける私の視線に、彼女ははあと大きなため息を吐いた。

 行儀が悪いと視線を向けたが、ドーリスはあまり気に留めていないようだ。


 むしろ、ずいっと身を乗り出すと「アメリア様」と責めるような声を上げた。


「な、何かしら?」


「アメリア様が色恋沙汰に疎いことは重々承知しておりますがっ! ですが、貴族たるもの結婚は避けられません」


「わ、かってるわよ……だからこそ、今は魔術に専念して……」


 そこまで言って、ドーリスは「違いますっ!」と声を大にした。

 思わず肩が揺れてしまい、眼前の薔薇色が少しだけ申し訳なさそうに歪む。


 が、彼女は空咳を一つ落とすと、いいですか、と年上らしく人差し指を立てた。


「自由に恋愛できるのも、今だけなんですよ」


 突き出された指先に、視線をゆるゆると落とす。

 苦い味が口いっぱいに広がって、胃の中がひっくり返りそうだった。


「…………少し、外の空気を吸って来るわ」


 席を立つと、ドーリスが戸惑ったように「え?」と声を上げた。

 ついてきそうな様子の彼女に、近くを歩くだけだからと待機を命じる。


 治安のあまり良くない街だが、宿の周りを歩くくらい何でもないだろう。


 この街は外の方が薄暗い。明るい宿から離れると、少しだけホッとした気持ちになった。

 今は何だかこのぐらいの方がちょうど良い。


 すれ違う人々は皆どこか埃臭く、物思いに耽っているように見えた。

 ぶつぶつと独り言を呟いている人もいる。


 自分のことに必死な彼らを見ていると、何だか親近感が湧いた。

 と同時に、脳裏にドーリスの言葉が過ぎる。


「……恋、ねぇ」


 声に出す気はなかったものの、どこか嘲るような気持ちが混じってしまった。

 じわじわと自己嫌悪が心中に広がり始める。


 はあ、と普段ならつかない大きなため息を吐き、その場にしゃがみ込む。

 スカートの裾が地面を擦るが、今はちっとも気にならなかった。


 暗雲が心のうちに広がる中、私は誰にともなく吐き捨てる。


「それが出来たら、乙女ゲームなんてやらなかったわ」


 握り締めた拳の指先が、僅かに白くなった。

 



 

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