79話
カラカラと車輪の鳴る音が聞こえる。
窓の外では、王都の街並みが流れるように去っていき、この調子ならすぐに王都を出られるだろう。
馬車の中にはピリピリとした空気が漂っている。
原因が自分であることは、百も承知だ。
じろり、と睨んだ先は、大きな体を萎縮させたギルベルト。
その隣では、ブルーノが苦笑いを浮かべている。苦労の滲むその笑みは昔よりさらに老けて見えた。
ふう、とため息を吐くと、ギルベルトはびくりと肩を大きく震わせた。
「……見損なったわ、ギルベルト。まさか、貴方が盗み聞きをするなんてね」
廊下で私とローラントの話を立ち聞きした彼は、すぐに実家へ連絡。
エーリアスに我が儘を言って、ブルーノと馬車を用意してもらったそうだ。
冷えた私の声に、彼はますます身を縮こませる。
「悪かったよ。でも、心配だったんだ。俺が最後に見たのは、保健室でぶっ倒れてるところだったからさ」
肩を落とした幼馴染みに、つい手心を加えてしまいそうになる。
確かに、心配をかけたのは私だ。
復帰してすぐに教官室に向かったのも、今まで連れていなかったドーリスを伴っていたのも私。
そりゃあ、心配性な彼が私の身を案じて教官室までついて来たのも道理だ。
だが、
「それならそうと言えば良かったでしょう。どうして今日まで黙っていたのよ」
事前に一緒に行きたいと言ってくれれば、それで良かっただろう。
こんなサプライズ、ちっとも嬉しくない。
カタカタ揺れる馬車の中でじとりとギルベルトを睨む。
が、それを遮ったのは意外な人物だった。
「アメリア様、それに関しては私から言い訳をさせてください」
「ドーリス?」
隣から口を挟んだ彼女は、申し訳なさそうに眉を下げる。
どうやら彼女は事前に相談を受けていたようだ。
遠出をするなら護衛がいるだろうと主張するギルベルトに、まんまと言いくるめられたらしい。
「ご報告が遅れて申し訳ありません。ただ、アメリア様は自立心の強い方ですから、その……自身の用事でご学友を連れ出すことに、躊躇いを覚えるのではないかと思いまして……」
「そ、そんなことっ……!」
ないとは言えなかった。
少なくとも、入学時に「一人でできるから」と言ってドーリスを追い返した身としては、ぐうの音も出ない。
言葉尻を飲み込んだ私に、わははと笑い声を上げたのはブルーノだった。
「勝負ありましたね、お嬢さん。どっちにしろもう馬車は出ちまいましたし、ここはウチの坊ちゃんの顔を立ててくれやしませんか?」
「……別に、貴方たちとの旅が嫌なわけじゃないのよ。ただ……」
ただ、これは私の都合だ。ギルベルトには関係がない。
ルイスのことも、シュタルクとの関係も、魔術のことも……全て、私の問題だ。
私のことを心配してくれるのはありがたいが、彼には彼の学園生活がある。
それを疎かにしてまで、私に付き添う必要はないのだ。
喉元まで出かかったその言葉を汲んだのは、意外にもブルーノだった。
突然黙り込んだ私を励ますよう、彼は「大丈夫ですよぉ」と昔のように笑う。
「坊ちゃんはお嬢さんに会いたくて学園に行ったんです。最初っから坊ちゃんの頭にはお嬢さんのことしかありませんよ」
ぶっと噴き出したのはギルベルトだ。
口元を押さえながら、ブルーノを責めるように呼んだ彼の顔は可哀想なくらいに赤くなっている。
ドーリスが横で薔薇色の目を輝かせているが、あまり思春期の彼を揶揄わないで欲しい。
手が触れただけで恋に落ちるような年頃なんだから。
違うからなアメリア、と早口で取り繕い始める彼に、わかってると言わんばかりに手を振った。
確かに学園に来たのは私のためかもしれないが、今は違う。
彼には彼の人生があるんだ。
————私は、アメリアじゃないから。
窓に頭をつけ、喧騒から身を置く。
ギルベルトはまだブルーノと言い争いをしている。
すっかり忘れていたが、彼との再会もまだ喜べていない。
フンベルクで別れて以来だ。あの時はもう二度と会わないと思ったが……。
せめて言葉だけでも、と彼の名を呼ぶ。
くるりとこちらを振り返った老け顔の彼に、私は小さく笑う。
「また会えて嬉しいわ。道中、よろしくね」
パチクリと目を瞬いたブルーノは、はにかむように額を叩く。
それから、困ったように口元を引き上げた。
「もう昔みたいなお転婆は勘弁してくださいよ」
「さて、どうかしらね」
ふふ、と笑う。彼はますます苦笑を深め「仕方ねぇなぁ」と昔のように笑った。
それは、ほんの少しだけ小麦の匂いがした。
ヴィッセンシュタットに向かう最中、私は彼らに今回の目的を告げた。
魔術研究のために知恵の泉を調べたい、という嘘でも本当でもない話を、彼らはすんなり飲み込んだ。
ギルベルトは楽しみだと笑い、ブルーノはこりゃまた骨が折れると歯を見せた。
一人ドーリスだけが呆れたように頭を抱えたが、それでも帰る気はないようだ。
結局、私たちは御者を含めた五人で学術都市へと向かった。
数日が経過し、街道が徐々に岩肌の多い土地へ変わった頃。
ガラガラと車輪の音が荒くなり、ようやく私たちは街の入り口についた。
「でっけえ穴!」
「ヴィッセンシュタットは地下都市ですからね。あっこから入るんですよ」
ぽっかりと地面に開いた大穴。薄暗い地下に続く大きな石橋の向こうには、ビルに見紛うような巨大な本棚が立ち並んでいる。
昼間でもオレンジ色の街灯がポツポツと、街の至る所で点灯しているのが遠くからでも確認できた。
「な、なんか……不気味ですね」
ドーリスの言葉に、ブルーノがひひっと嫌な笑い声をあげる。
「学術都市なんて謳っちゃいますがね。あっこは王都が掲げる刻印至上主義に馴染めない変わり者の巣窟です」
気を付けて下さいよ、と脅かすような眼差しが私とギルベルトを見た。
キリと表情を引き締める友人を横目に、私も背筋を伸ばす。
「治安の悪さは織り込み済みよ。貴方たちも、決め事を忘れないでね」
ヴィッセンシュタットでの動きはすでに共有済みだ。
こくりと頷くドーリスに、片手を挙げるブルーノ。
御者が「もう間も無く到着します」と告げる。
車輪の音が再び変化し、馬車が街道から石橋に入ったことを悟った。
さあ、いよいよ目的の地だ。




