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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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78話


 「……頭でも打ったか?」


 突然何の話だと言いたげな声に、私は「一先ず話を」と先手を打った。

 ここで退室されたら、溜まったもんじゃない。


 ポケットから取り出したアドルフの魔石を彼に見せる。

 初めて目にしたようで、彼は石を受け取ると矯めつ眇めつ眺めた。

 

「私が魔術を使った時、持っていた魔石です。詳しくは私もわからないのですが、どうやらこちらはミーミルの泉に関する品のようで……」


「お前の魔術に、これが影響していると?」


「……あくまで可能性です。魔力に関しても、刻印に関しても、我々クルークはシュタルクほどの知識がありませんから」


 ふん、と鼻を鳴らし、リヒャルトは魔石を返した。どうやら彼の興味は十分に引けたようだ。

 内心安堵しつつ、立ち去る気配のない彼に言葉を続ける。


「ミーミルの泉は、シュタルクにとっても特別な地だと伺っています。暴くつもりはありませんが、興味がないと言ったら嘘になります」


 私の知る伝説では、ミーミルの泉は竜人種の国にある。

 だが、その話がどれほど広まっているのか、あるいは正しいのか——私は知らない。


 その上、リヒャルトはアメリアを偶然刻印の現れた『仕立て屋の娘』としかみていない筈だ。

 ミーミルの泉が私にとってどんな意味を持つか、彼にはわからないだろう。


 じ、と彼の答えを待つ。固く引き結ばれた唇の向こうで、リヒャルトは言葉を選んでいるようだ。

 ようやく彼が口を開いた時、そこにはうんざりとした調子が含まれていた。


「それで、治水の話か」


「……ええ、まあ。あるかどうかすら定かでない泉の話を最初に持ちかけても、貴方は興味を持たないかと思いまして」


 というのは建前だ。

 ルイスを救うためには、ミーミルの泉でなくとも良い。ただ、それに準ずる水辺があればいい。


 だが、もしもだ。

 この魔石を使えば、私の——泉の加護を持つアメリアの体で水の魔術が使えるのだとしたら。


 それは、綺麗な水辺が無くともルイスの命が救えることを意味する。


 試す価値がある。しかし、発動条件がわからない。

 あの後、もう一度石を握って魔術を使って見たが、いつもと変わらないものだった。


 泉について、魔術について——そして、魔力と刻印について、私はもっともっと知らなければならない。


 ふん、と再びリヒャルトの鼻が私の神経を逆撫でする。

 人を小馬鹿にしたようなその癖、直してくれないかな……アドルフにまで悪い影響が出てるんだから。

 

 半目になる私の視線に気付きながら、リヒャルトは「馬鹿馬鹿しい」と言った。


「結局は女か。最終的に辿り着く場所が『御伽話』とはな」


「御伽話は時として歴史書より学びのあるものです。昔話を軽視すると、痛い目をみますよ」


「学園に行って、随分と生意気になったようだな。目上の人間への接し方は授業内容に含まれていなかったのか?」


 しまった、ディートハルトと話す時の癖でつい。

 失礼しました、と頭を下げる私に、リヒャルトは再び鼻を鳴らした。


 機嫌か興味か、あるいはその両方を損なってしまったらしい。 

 小さな靴音共にリヒャルトはくるりと背を向けて、書斎を出て行こうとする。


 ああ、と落胆の声が口から溢れそうになった————その瞬間だ。


「そういえば……お前はヴィッセンシュタットを知っているか?」


 え、と顔をあげた私に、彼は顔だけで振り返る。

 元軍人らしい幅広の肩から、相変わらず鋭い眼差しが私を見据えている。


 慌てて「存じています」と返事をした。


「学術都市ヴィッセンシュタット……西の外れに位置する、半分ほど地下に埋まったシェルターのような街だとか」


「そこに『知恵の泉』と呼ばれる場があると、昔、知人に聞いたことがある」


 興味があれば行ってみるといい。


 その言葉を最後に、リヒャルトは今度こそ書斎を後にした。

 慌てて投げかけたお礼の言葉は、ちゃんと彼の耳に届いただろうか。




 それから数日後、再び学園に戻ってきた私は課外学習届けを提出する。


「おっまえ……復帰早々に課外って、授業ナメてんのか」


「……申し訳ありません。私もできる事なら、授業にも参加したかったのですがっ……!」


 悔しさのあまりぶるぶる震え出す私に、ローラントの方が慌て出す。

 冗談だと彼はフォローを入れるが、それこそ冗談じゃない。


 こっちは本気で思ってるのにっ……!


 ヴィッセンシュタットの距離を考えると、日帰りなんてとてもじゃないが不可能だ。

 そもそも移動だけで五日以上かかる。


 課題をたくさん準備しておいてくださいと頼む私に、ローラントは心底呆れたように「変わった奴」と呟いた。

 課外学習届、外出届に外泊届、その他諸々の書類に眼を通す彼が、ふと外出先に目を留めた。


「それにしても……ヴィッセンシュタット、ね」

 

 そういえば、リヒター家はヴィッセンシュタットにある名前なんだっけ?

 確認してみると、ローラントは気まずそうな顔で「あー……」と煮え切らない反応。なんなんだ。


「まあ、そうね。全然帰ってないけど」


 それに関しては、私も何も言えない。

 わざわざ口にはしないけれど、お互い義実家に思うところがあるようだ。


 笑って誤魔化すローラントに、私も似たような笑みを返しておいた。

 人様の事情には、触れない方が良いこともある。


「……ま、必要なら紹介状でもなんでも書いてやるが、一個だけ忠告だ」


「なんでしょう?」


 不意に真面目な声で、彼は言った。

 

「ヴィッセンシュタットに行くなら、刻印や魔術の話はするな。あそこは無法地帯だからな」


「……学術都市なのにですか?」


「学術都市だから、だ」


 意味がわからない。学術都市というからには、それなりに知性のある人物が集まっているのだろう。

 無法者とは、全くイメージが結びつかない。


 しかし、ローラントは頭をボリボリと掻くと、身を乗り出し、子供に言い聞かせるように言った。


「あそこは知的好奇心に狂った者の集まる掃き溜めだ。特に無刻印者のな」


 あ、と思わず声が出た。私が理解したことを察し、彼もそれ以上の言葉を重ねることはしない。 

 ただ、困ったことがあれば、と付け足し、保険としてリヒター家への紹介状を記してくれた。


 こうして、私は着々とヴィッセンシュタット行きの準備を進める。




 そして、出立当日。

 私は珍しく——本当に珍しく、エルフリーデと朝食を共にしていた。


 窓の外は晴天。気温もそれなりに高くなりそうだ。

 しかし、眼前の淑女は暑さも寒さも感じさせない、人形のような無機質さで食事を進めている。

 

「……ディートハルトはまだ戻って来ていないのね」


「ええ。でも、手は回していますわ」


 未だ謹慎が解けていないディートハルト。

 エルフリーデの話では、どうやら真正面からノイマン公爵に突っかかったらしい。


 侯爵は当然大激怒。

 学園で何を吹き込まれたと怒り狂い、不信感を募らせているんだとか。


 どの口が、と言いかけたが、先代のしでかしを彼が知らない可能性もあるか、と納得。

 ノイマン家の闇は思ったより深そうだ、と唇を引き結ぶ。


 そんな私の意識を引き戻したのは、エルフリーデの「彼のことは私に任せておきなさい」という言葉だ。

 

 意外な発言に目を瞬く私に、彼女は優美に微笑んだ。


「野良犬が入り込めるほど、公爵家の門は開いていないのだから」


「……ええ、そうね。蛇の道は蛇と言うし、他家のゴタゴタは貴女にお任せするわ」


 婚約者がどこまでお家騒動に口を挟めるか知ったことではないが。

 しかし、エルフリーデが任せろと言ったのだから、ここは彼女を信じよう。

 

 席を立ち、後ろに控えていたドーリスを呼ぶ。

 初めて見る私たちの毒の吐き会いに驚愕していた彼女は、ハッと意識を取り戻した。

 

 倒れたばかりの私を案じたカロリーナの言い付けで、彼女の同行を渋々受け入れたが……これは後で怒られそうだ。

 

 むむっとわかりやすく頬を膨らませる彼女に、私は静かに肩を落とした。


 外出許可証を守衛に見せ、校門を潜る。

 ドーリスが手配してくれた馬車がそこに用意されている筈だ。


 しかし、私の目に留まったのは……


「お、来た来た! アメリア!」


 これまでに何度も聞いた晴れやかな声。

 二頭立ての馬車に寄りかかっていた青年が、ひょいっと軽やかに姿勢を正す。

 

 飴色の髪が陽の光を浴び、キラキラと輝いた。


「ギルベルト!?」


「おう、おはよう。荷物預かるぞ」


 ドーリスの持つ荷物を預かろうとするギルベルト。

 これまた何でいるのかわからないブルーノが「坊ちゃん、それはオイラの仕事ですぜ」と笑っている。

 

 慌てふためく私に、ギルベルトの双眸が悪戯っ子のように輝いた。

 

「ヴィッセンシュタットに行くんだろ?」


 俺も一緒に行くんだ、と言うギルベルトの顔は、今日の天気に負けないほど清々しかった。


 …………誰か、状況を説明してくれ。



 

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