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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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77話


 ジロリと猛禽を思わせる鋭い眼差しが向けられる。

 子供なら目が合っただけで泣いてしまいそうな顔だが、生憎こちらは成人経験者だ。


 お義父さま、と本を閉じ、彼に向き直る。

 重々しい空気で部屋に入って来た彼は、私の手元を見ると器用に片眉を上げた。


「懐かしいものを持っているな」


「え……あ、こちらは、お義父さまの物だったのですか?」


「いや、カロリーナが嫁いでくる時に持って来た物だ」


 とはいえ、と彼はどこか呆れたような視線をこちらに向ける。


「病み上がりに読んで面白い物でもあるまい。カロリーナがまた悲鳴を上げる前に、部屋に戻るといい」


 珍しい物言いに、私は思わず唖然としてしまう。

 この男に人間の心があったのか、と驚きに言葉を失ってしまうが、すぐに「いえ」と慌てて反応する。


「お医者さまに診ていただきましたし、もう体調も問題ありません」


「……そうか」


 一つ頷きを落とし、再び唇を引き結ぶリヒャルト。

 重苦しい空気が書斎に降り、居不味さを感じる。


 私がやけにソワソワとしているのに気が付いたのだろう。彼は何だと言いたげに眉を顰めた。


 別に何か話したい事があったわけではない。

 が、ここで彼に会ったのも何かの縁だと思い、私は思い切って聞いてみることにした。


「お義父さまにお聞きしたいのですが……領内の治水管理についてお伺いしても、よろしいでしょうか?」


「そんなことを女のお前が知ってどうする」


 この物言いに、イラっとしたのはここだけの話。

 一瞬だけ閉口し、すぐに私は「大したことではありませんが」と前置きをした。


「最近、少しそう言った話を学友とする事がありまして」


「ほう、女にそんな話を振る間抜けがいるのか」


 口元がひくりと引き攣った。


「ええ、ヘア・ノイマンと少しばかりそういった話を致しました」


 今度はリヒャルトの片眉がぴくりと反応する。


 二人の間に緊張感のある沈黙が下りた。が、すぐにリヒャルトが鼻を鳴らし、苦々し気に呟く。


「内政の話しまでするようになったとは……随分と親しくなったものだな」


「ええ、彼とはシュタルクに対する意見が近しいようで、会話が弾んでしまうのです」


 弾んでいるのは主に嫌味の応酬だが。

 そっと視線を逸らしたが、リヒャルトにとって私の反応は二の次だったらしい。


 むしろ、その前の発言の方が彼にとっては重要だったようで、今度こそ我慢できないといった風に眉根を顰めた。

 小さく「シュタルクについて、だと……?」と呟いた彼は、ただでさえ厳しい顔をさらに険しくした。


「まさかとは思うが、シュタルクについて安易な発言をしたんじゃないだろうな」

 

 胸ぐらを掴む勢いで距離を詰める義父に、私は思わず数歩退がった。

 いや、怖いのよ。顔面が。


「あ、安易かどうかは図りかねますが、彼らを理解し、良好な関係を築いていきたいという意志を示しただけです」


「理解だと? そんな言葉を軽々に使ったのか、この阿呆め。彼らに余計な深入りをするなと言ったことを忘れたか?」


 忘れていない。が、聞き流してはいた。

 

 以前も言ったが、フンベルクには鳥類信仰が根付いている。

 それは山を超えた向こうにある鳥人族の国(ラフテェン)への畏敬であり、同時に友好の証でもある。


 だが、彼らを受け入れすぎてもいけない。ここは国境の街だ。

 もしクルークとシュタルクが対立した場合、ラフテェンが敵に回らないとも限らない。


 付かず離れず、彼らとの接触は慎重に。

 フォーゲル家に来て、すぐに言われたのをちゃんと覚えている。


 しかし、当時の私は思っていた。

 どうせ学園に入ればルイスと関わらざるを得ないのだし、避けるだけ無駄では、と。


 現に、彼は私の友人だ。深入りするなと言うのは、無理がある。


 が、そんなことを明け透けに言うわけにもいかない。

 ルイスのことを口にすれば、リヒャルトは決して良い顔をしないだろう。


「忘れたわけではありません。節度を持った関係を築くためにも、相互理解が必要だと思い、その考えをヘア・ノイマンと共有しただけです」


「それが余計で、傲慢だと言っている」


 ピシャリと言い切られ、脳裏に湖水色の瞳が蘇る。あの子にも言われたな、傲慢だって。

 不満を隠せず、つい口を閉ざす。視線で続きを促せば、彼は再び鼻から息を吐いた。


「もしノイマンがうちを起点にシュタルクとの接点を持ちたいと言い出したら、お前はどうする。もしその過程でラフテェンとの関係が悪化したらどう責任を取るつもりだ」


 矢継ぎ早に投げかける問い。

 杞憂だと切り捨てることのできない『もしも』に、私は言葉を詰まらせる。


「この街では、先祖にシュタルクの血を引く者も少なくない。お前の側仕えもその一人だろう」


 ドーリスのことだろうか。

 彼女の艶やかな薔薇色の瞳を思い浮かべ、エルフリーデがそれを『禁忌の色』と言ったのを思い出す。


 もちろん、彼女のそれはヴィクトールの瞳ほど赤くはない。

 が、それはきっと血が薄まっているからだろう。彼女の系譜にシュタルクがいたのは、間違いない。


 リヒャルトはただでさえ威圧的な声をさらに低くする。


「戦争になったら、そういう者たちの立場をどうなる。きちんと考えろ。そうでなければ、お前にシュタルクについて口を出す資格はない」


 ぐうの音も出ない正しさに、私は視線を床に落とす。

 クルークとシュタルクの問題だと思っていたが、それだけではない。その狭間にいる人たちも在るのだと気付かされた。


 しん、とした空気が再び書斎に落ち、一瞬で日が暮れたような錯覚に陥る。

 が、まだまだ窓の外は明るく、今日という日がこの先も続くことを示している。


 唇を噛み締め、気持ちを落ち着かせる。

 リヒャルトの言うことは正しい。だが、ここで黙って引くわけにもいかない。


 白状するように、私はゆっくりと口を開いた。


「……倒れた時、編んだ魔術に風以外の何かが紛れ込んだような気がするのです」


 リヒャルトの目が鋭く光った。なんだと、と問う声は初めて聞く戸惑いの声だった。

 驚きに染まる彼の瞳は、続きを促すように私を睨む。


「賊の魔術は火でした。私の風では防げない……筈でした」


「なのに弾いた、と?」


「……いえ、弾いたと言う表現は正確じゃない気がします……が、わからないのです。私にも何が起きたのか」


 それを知るには、私はもっと刻印と属性について知らなければならない。

 シュタルクのこと、魔術のことを知らなければ。

 

 リヒャルトはムッツリと黙り込んだまま、静かに私の話を聞いていた。

 しかし、ふいに彼は「それが」と口を挟んだ。

 

「シュタルクの逆鱗である可能性については、考えているのか?」


「勿論です。だからこそ、領分を越えないか見定める為、シュタルクの友人に手を借りているのです」

 

 次々と出てくる情報に、眉間の渓谷がますます深くなるリヒャルト。

 そろそろあの谷に橋が架けられそうだ。


 ふ、と息を吐いたリヒャルト。肩の力を抜いたように思えるが、真意まではわからない。

 しかし、次いで出た言葉から彼の認識が大きく変化したことを察する。


「何が知りたい」


 こちらの腹底を探るような眼差し。

 相変わらず嫌な目だと思いつつ、私は手にした民話を顔の高さまで持ち上げた。


 

「ミーミルの泉について、お義父さまは何かご存じでしょうか?」




 

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