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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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75話


 本来、ヴィクトールの出自に関する噂は学年の後半で入手できる情報だ。

 噂の出どころは、ニコラの言った通り上級生——エルネスタ=リッターである。


 アメリアとヴィクトールの関係が徐々に変化した後のことだ。

 去年、私の身に降りかかったような嫉妬イベントを挟み、本イベントは解放される。

 

 その間に、アメリアはヴィクトールから数度駆け落ちのお誘いを受けるのだが、今は関係ないので割愛。

 ともあれ、ヴィクトールに捨てられた腹いせに、彼女は元恋人の出自を吹聴する。


 彼女がどこからその情報を仕入れたのかは知らない。少なくとも、ゲーム上では語られていなかった。

 だが、経緯はどうあれ、エルネスタは愛した人の破滅を願った。


 その結果、どんな悲劇が起こるかも考えずに——……




 中庭に出た私は上がった息を整えながら、周囲を見渡す。

 教室移動の学生がちらほらといるものの、見慣れたブロンドは見当たらない。


 舌打ちをしたい気分で、彼らの隣を通り過ぎようとしたその時だった。


「さっき、魔術師様に声をかけられたんだけどさ。今日って特別授業あったっけ?」


 飛び込んできた情報に、私は足を止め、振り返る。

 跳ねた三つ編みが頬を叩くが、知ったこっちゃない。すれ違った彼らの背に、あの、と声をかける。


「今の話、少し聞かせてもらえますか?」


「え? あ、ああ……別にいいけど」


「その方とはどこでお会いしました? お名前は? どんな話を?」


 矢継ぎ早の質問に目を白黒させながら、彼は丁寧に答えてくれる。

 聞き覚えのない名前だったが、そのすぐ後に彼はこう言った。


「大した話はしてないよ。リッターを探してるって言うから、彼女ならサボりだって伝えたくらいで……」


「待って。リッターって、エルネスタ=リッター?」


 聞き違いかと思った。しかし、彼はすんなりと肯定する。

 おかしい、私の知っているイベントと違う。


 それに気付いた途端、私は礼もそこそこに、再びその場を離れた。

 

 まずい、まずい、まずいっ……! 彼らより先にエルネスタを見つけないとっ……!

 

 エルネスタのばら撒いた噂を知ったエグモンド。

 彼は自身の行いを隠蔽するため、噂の出どころを探る。


 本来ここで白羽の矢が当たるのは、アメリアのはずだった。

 ヴィクトールとの関係が進み、彼に最も近しい人物としてアメリアの存在が浮き彫りになるからだ。


 だが、私がそれを回避してしまった。

 イベント自体を起こすまい、と彼を避けたのが裏目に出た。


 彼は噂の出どころが、エルネスタだということを突き止めてしまったに違いない。


 中庭、校舎裏、焼却炉前、そして昇降口。どこに向かっても彼女の姿はない。

 ああ、くそっ……! これで狙われているのが私なら、先の展開がわかるのに!


 ようやくエルネスタの美しいススキ色を見つけた時、彼女は校庭の脇にある花壇の花を見下ろしていた。

 

 水を与えられたばかりなのか、昼下がりの陽光をキラキラと反射する花々。

 光を失った翠が、呆然とそれらを映していた。


「っフラウ・リッター!」


 私が彼女の名を呼ぶのと、殆んど同時だった。

 

 こちらを振り向く彼女の向こうに、見慣れない姿の男が見える。

 校舎の影から姿を覗かせた男の顔は、フードにすっぽりと隠れてしまいわからない。


 だが、あの目立つローブは間違いなく王宮魔術師のものだ。

 男が手のひらをエルネスタに向ける。


 魔力が、その手に集まっていくのがわかった。


「っ……!」


 駆け寄る足を止めることなく、こちらも周囲の魔力をかき集める。


 本筋通りなら、あの男はエグモンドの差し向けた魔術師だ。

 エルネスタを始末し、噂が広まりきらないうちに根本から叩き潰すつもりなのだろう。


 かつてアメリアにそうしたように。

 

 彼の周りに火の塊が浮かんだ。一つ、二つと数を増やし、最終的に五つまで増えた。

 ああ、そういえばゲームでもそうだった、と思い出し、舌打ちをする。

 

 まただ。また、私にとって最悪の状況だ。

 やっぱりこの世界は、アメリアが水の属性を持っていることが前提の世界になっている。


 彼にディートハルトのような良識は期待できないだろう。

 たとえこの場を焼け野原にしても、彼は自身の業務を全うする筈だ。


 エルネスタのところまで、後数メートル。

 しかし、彼の魔術はすでに放たれ、私の足なんかよりもよっぽど早く火球が飛んでくる。


 それでも、そうだったとしても、私はもう退けない。

 ポケットからアドルフのお守りを引っ張り出し、私はありったけの魔力を形にするが——……


 もう、間に合わないっ……!


「こんのっ……やろっ!!」


 滑り込むように、エルネスタの前に飛び出した。

 

 やぶれかぶれで形の定まらない魔力を無理やり引き上げる。

 いつもの繊細さ魔力操作なんてそこにはない。

 

 あれだけ練習したのに、結局本番なんてこんなものだ。畜生。

 ギュッと瞑った瞼の向こうで、何かが青白く光っていたような気がした。



 

 バチンッと何かが弾ける。


 あまりの衝撃に私の体は吹っ飛び、背後のエルネスタにぶつかった。

 きゃ、と女性らしい悲鳴を上げたのは彼女だ。


 二人して倒れ込むと同時に、どうにか形になっていた魔術防御壁がシュゥウウゥウと水蒸気を上げて溶けていく。

 

 ……うん? 水蒸気?


 恐る恐る消えかかった防御壁を確認すると、いつもと色が違う。

 魔力の籠った翠色の風で作ったはずの防御壁には、見覚えのない蒼が混じっていた。


 じゅうじゅうと沸騰するように消えた防御壁。何が何だかわからない。

 

 困惑する私のすぐ後ろで、エルネスタがゆっくりと上半身を起こす。


「い、一体何が……?」


 エルネスタの怯えたような声が、私の心を代弁しているようだった。

 




 

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