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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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74話


 ディートハルトの謹慎は正直マズイ。

 彼がいないことで噂が鎮火していくのであればいいが、逆に作用することだってある。


 つまり、噂が事実だから姿をくらましたのだ、と。

 そんな話が広がれば、大ごとだ。


 レオンハルト王の崩御が近い今、新国王の選定は刻一刻と近付いている。

 今ディートハルトの王位が遠のけば、シュタルクとの関係悪化は間違いない。


 勿論、シュタルクを攫ったノイマンが……という声もあるだろう。

 だが私は知っている。


 このままディートハルトが王位を落とせば、次の候補は反シュタルク派の人間だ。

 ローラントルートに入れば別だが、残念ながら私は彼と人生を歩むつもりはない。

 

 ここで彼の潔白を示し、先々代とは違うことを証明しなければ、戦争まであと一歩だ。


 それだけじゃない。ルイスの問題だってまだ解決していないのだから。

 せっかくローラントに無茶を言って、カレステンとの話を押し進めたのに……!


 エルフリーデと会話した特別棟から渡り廊下を急ぎ、戻る。

 

 帰寮支度を整え、教室を飛び出そうとした私に声をかけたのはニコラだ。


「ちょいちょい、アメリア! どこいくのさ。まだ授業あるよ?」


「ごめんなさい。放っておけない話を聞いてしまったから、すぐに帰るわ」


 私に何ができるかわからない。

 だが、すぐにディートハルト宛てに手紙を書かないと。


 届けてもらえるかはわからないが、動かないと気が済まなかった。


 ニコラは「ああ、アメリアもあの噂を聞いたんだ」と腰に手を当て頷く。

 それじゃあ仕方ないと言いたげな彼女に、私は「噂?」と聞き返した。

 

 まさか、もうディートハルトの謹慎が噂になっているのだろうか。

 そんな心配を胸に抱いた途端、彼女はあっけらかんと言った。


「え? あのパウロ・ヴィクトールが、シ(・)ュ(・)タ(・)ル(・)ク(・)の(・)子(・)だ(・)っ(・)た(・)って噂」


 ガツン、と後頭部を殴られたような衝撃が走った。


「は?」


「いやあ、流石にこれは私も嘘だと思うけどね。だって、シュタルク嫌いで有名なあの魔術師長だよ? 奥さんも歴史ある良家の出身だし、たとえ妾の子だったとしてもシュタルクは無いでしょ」


 けらけらと笑うニコラ。きっと他意はないのだろう。

 だが、この話は私にとってとんでもない状況をもたらした。


 ヴィクトールのイベントが進んでいる……それも、最悪の状況でだ。


 鞄から手を離し、私はニコラの両肩を掴んだ。

 こんなに取り乱したのは久し振りだが、そんなことはどうでもいい。


「っ……その噂、出どころは!?」


「え、ええ……? し、知らないけど、私が話を聞いた相手は……」

 

 ニコラの口から語られたのは、一つ上の先輩の名前だった。

 直接離したことはないが、見知った人だ。彼女はエルフリーデの取り巻きだったから。


 そう————エルネスタと同じで。

 

「ごめんなさい、ニコラ。次の授業は休むと先生に伝えてくれるかしら?」


「え、あ、うん。わかったけど、もしかしてヴィクトールのところに行くの?」


 ええ、と返事をしながら、机の間をすり抜けて教室を飛び出す。

 ニコラの「カバン忘れてるよ!」という声が聞こえたが、戻ってる暇はない。


 何より、あんなものを持っていたら邪魔にしかならない。


 

 

 上級生の教室は、私たちの教室の一つ上の階にある。

 

 廊下は勿論、基本的に走ること自体はしたないとされているが、今はそんなことを言っていられない。

 足にまとわりつくロングスカートが、こんなにも煩わしいと感じたのは初めてだ。

 

 一足飛びに階段を駆け上がり、廊下の隅で固まる集団に声をかける。


「あのっ……ヘア・ベルトラムはどちらにいらっしゃいますか?」


「え? ああ……ヴィクトールか。今日はまだ見てないけど」


「いつもの中庭じゃないか? よく昼寝をしているだろ」


 突然話しかけられたことに驚いていた彼らだが、すぐに答えてくれる。

 私は礼を言い、上ったばかりの階段を、今度は駆け降りる。


 段差を踏み外さないよう意識を下に向けていたからだろう。

 声を掛けられるまでエルフリーデとすれ違ったことに気が付かなかった。


 足を止め、パッと視線を彼女に向ける。

 蜂蜜色が嗜めるようにこちらを見ていた。


 いや、嗜めるなんて生ぬるいもんじゃない。

 軽蔑まではいかないものの、侮蔑的な——完全に見下した目をしている。


「随分お行儀がいいのね、フラウ・フォーゲル」


「悪いけれど、急ぎの用事なの。お喋りは後にして頂戴」


「ディートハルトならまだ帰ってきていないわよ」


 そんなのはわかっている。

 肩で息をし、今にも足を踏み出しそうな私を見て、彼女は呆れたような顔を浮かべた。


「どちらへ?」


「ヘア・ベルトラムの元へ」


 ぴくり、とエルフリーデの眉が動いた。珍しいこともあるものだ。

 彼女は小さな声で「そう」と呟くと、手のひらをくるりと返す。示した先は階下だ。


「わかったわ。足止めをしてごめんなさい」


「……今のでわかったの?」


 あまりに物分かりの良いエルフリーデ。逆に不信感が湧いた。

 しかし、彼女はふう、と小さく息を吐いて私の言葉を肯定する。


「耳は早いのよ、私。ディートハルトのことは忘れて、今は彼に集中なさい」


 後は私が。


 にこりと微笑んだ彼女が、初めて女神のように見えた。

 私はスカートを翻し、再び階段を駆け降りる。


 令嬢ではあり得ない着地音が靴底から鳴る中、私はエルフリーデに届くよう声を張った。


「恩に着るわ!」


 返事はなかった。しかし、今は彼女を信じる他ない。

 私は脇目も振らず、中庭へと直行した。

 

 



 

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