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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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73話


「お前を呼んだのは、確認したいことと頼みたいことがあったからだ」


 ディートハルトが私とルイスを連れて来たのは、温室だった。

 殆んどエルフリーデの専用と化している、花々が最も美しく咲く場所。


 その玉座に、いつもの優美な姿はない。

 代わりに、柔らかなクッションの上に座るのは不遜な態度の男。


 だが、今日はその傲慢さに翳りがあるように見えた。

 もしかしたら、すでにルイスから話を聞いているかもしれない。


 彼の母と、自身の祖父の歪な関係の話を。


 それはそれで構わない……が。

 

 ディートハルトの言葉に、私はわずかに眉を顰めた。


 確認したいことについては……まあ、まだ想像がつく。

 が、頼みたいこと? ディートハルトが、私に?


「何かしら」


「そう警戒するな。大したことじゃない」


 彼は小さく鼻を鳴らし、ルイスを仰ぎ見た。

 そこに佇む彼の目元は真っ赤で、おそらくディートハルトと一悶着あったのだろう。


 後で温かい飲み物でも淹れてあげよう。


 ふ、と肩を落とし、彼の対面に腰掛けたまま「取り敢えず、聞きましょう」と話を進めた。

 ディートハルトが静かに息を吐いた。


「まずは確かめたいことだ。……お前、ルイスの話をどこまで知っていた?」


「……聞かれると思ったけれど、残念ながら何も知らないわ」


「嘘はもっと上手く吐け。お前は目が正直だ」


 手の甲で目元を隠す。そんなこと言われたって、どうしろって言うんだ。

 じろりと指の隙間からディートハルトを睨む。


 誤魔化しは聞かないと言わんばかりの視線。

 彼だけならともかく、ルイスまで物言いたげな目を向けてくる。


「…………ある程度知っていたとして、それが何か?」


「情報源を教えろ。まさか、またあの女狐か?」


 そんなわけない、という意見に、彼もまた同意する。

 

 もしエルフリーデがノイマン家の不祥事を知っていたら、きっと彼女は婚約などしなかった。

 あるいは、不祥事そのものを完全に隠蔽するため、ルイスを早々に処理しただろう。

 

 家の名に傷が付くことを、彼女は何よりも忌み嫌うのだから。


 だからと言って、私が「前世の記憶で……」なんて言ってみろ。

 即刻頭のお医者さん行きだ。それだけは避けたい。


 長考の末、私は小さく首を横に振った。

 答えたくない、言えないの意思表示に、ディートハルトは苛立ちを隠さずテーブルを叩く。


 ここにエルフリーデがいなくて良かった。

 もしいたら、彼女の好きな紅茶がひっくり返っていただろう。

 

「俺の下につくことを選んだのはお前だ。……隠し事が、俺の信頼を損なうことはわかっているな?」


「……覚悟の上よ。でも、忘れないで。貴方が私の信頼を測るよう、私たち下々の人間も貴方の器を見定めているの」


 私の頭上に座る覚悟はあるかしら、と問い返せば、彼は不愉快そうに顔を顰めた。

 ルイスが呆気に取られたように口を開き、そのまま小さく笑う。私の屁理屈がそんなに面白いか。


 睨み合う私たちの間で、少し緊張を解いたらしいルイス。

 控えめな様子で「あの、ディートハルト様」と口を開いた。


「……なんだ」


「差し出がましいことは重々承知ですが、その……一旦その話は後にしませんか?」


 話が膠着しているので、と言われてしまい、私とディートハルトは言葉を失う。

 ぐうの音も出なくなる私と違い、ディートハルトは苦し紛れにルイスを責めた。


「お前……言うようになったな」


「えっ……あ、えっと……す、すみません……!」


「謝ることはないわよ、ルイス。むしろありがとうね」


 私とディートハルトだと、どうにも話が進まない。

 売り言葉に買い言葉で会話がどんどん逸れてしまうからだ。


 彼もその自覚があるのだろう。小さく喉を鳴らして、話をリセットする。


「話を戻すぞ。……お前はどこまで知っている?」


「……噂の範囲だけよ。ノイマン家の……一つか二つ前の世代が、アンファングランドからシュタルクの女性を連れて来た。合意か否かまでは知らないけれどね」

 

「それだけか?」


 確信を持った問いに、少しだけ視線を落とす。

 ああ、成程。こういうところか、と少しだけ自分の分かりやすさに納得する。


 視界の端で咲き誇る牡丹の華やかな香りが、今はやけに障った。

 

「シュタルクの女性は離れでの生活を強いられ……大層不便な生活の中、侘しい最期を迎えたと聞いたわ」


 ここまでは真実だ。傍らに幼い息子を残し、彼女はカラカラに乾いて亡くなった。


 往々にしてそうであるように、この噂には尾鰭背鰭がついていく。

 次第に「女性は慰み者だった」とか「暴力による支配を受けていた」なんて、酷い話まで発展する筈だ。


 今はまだそこまで酷い話はなっていないようだが……。


「お前はそれを聞いて、どう思った」


 じっとこちらを射抜くディートハルトの視線。

 疑惑の色を乗せる空色を睨み返し、私はキッパリと言ってやった。


「どうでもいいわね」


「……何だと?」


 ピクリとディートハルトの片眉が跳ねる。ルイスが静かに息を呑んだ。


「噂はあくまで噂。大事なのは事実よ」


 もし噂が真実なら、すぐにでも相応の対処をしなければならない。

 嘘ならば、わざわざ噂するまでもない。


 いずれにしたって、噂なんてものに振り回される人間は愚かだ。

 しかし、そんな愚かな人間が多いと知って、噂を垂れ流す人間がいるのもまた事実。


 なら、簡単な事だ。


「事実を明確にして、貴方の口から正しく伝えるべきだわ」


「……たとえその噂が事実であってもか?」


 逸らされた視線。彼にしては珍しく迷いが生じているようだった。

 それもそうだろう。私はその噂が真実であることを知っている。


 少なくとも、彼女————ルイスの母が、ノイマン家の離れで寂しく亡くなったことは事実だ。


「だったら、尚更よ。身内の恥をわざわざ吹聴する必要はないけれど。でも、そのせいで貴方の名誉が傷付けられているのなら、話は別よ」


 噂を放置すれば、傷付けられるのはディートハルトだけじゃない。

 ルイスの母の名誉もまた、余分につけられた鰭のせいで傷付けられるのだ。


 勿論、ゲームに記されていなかっただけで、本当に暴行があった可能性はある。

 ただ私の知る彼女は、寂しい思いこそすれ、ノイマン家の離れで静かに暮らしたと記されていた。


 食事が運ばれる時間以外はルイスと二人きり。ただ、静かに死を待ったと。

 そんな彼女の哀れな人生を、事実以上に貶めるのは我慢がならない。そんな必要がどこにある。


「貴方の家族が犯した過ちは貴方のものではない。その上で家名の恥を濯ぎたいと言うのなら、過ちは引き継がずに貴方が全ての清算をすべきだと思うわ」

 

 少なくとも私ならそうする、と締めくくる。

 

 彫刻のように整った眉間に、深い皺が刻まれる。

 説教臭い言葉を吐いてしまった自覚はあるが、これは私なりの叱咤激励だ。


 暫く目を伏せたディートハルトは、静かに「部外者が、偉そうに……」とこめかみを抑える。

 それはそう、と心の中では肯定した。


 これじゃあ、アメリアのことをとやかく言えない。他人様の人生にとやかく言っているのは私もだ。

 

 ……ああ、そうか。彼らは、アメリアにとって『他人様』ではないのだ。

 今更ながら、彼女の気持ちが理解できた。


 勿論、考え方や説得の仕方に不満がないと言ったら嘘になるが……。

 それでも、彼女は彼女なりに考え、懸命に向き合っていたのだと、今更ながらに理解した。


 眼前の青年が、再び空色を覗かせる。ルイス、と従者の名を呼ぶと、彼は続けて命じた。


「オットーらに帰省の準備をするよう言っておけ。父上に話を聞きに行く」


「えっ……え?」


「当時のことを、お前はほとんど覚えていないのだろう? なら、父上か、ロブに話が聞きたい。一度家に帰るぞ」


「し、執事長にですか? ……いえ、でも、授業が……」


 言ってる場合か、と言い切られ、ルイスは慌てて踵を揃えた。

 一礼して出ていく友人を横目に、私は「それで?」と腕を組んだ。


「人払いをしてまで、話したいことって何かしら。さっき言っていた『頼み事』の話?」


「察しがいいな」


 頷きながらも、彼はどこか躊躇うような表情を見せる。

 長い息を吐きながら、ディートハルトが柔らかなクッションに背中を預けた。


「……そんなに嫌なら、私以外に頼んだらどうかしら?」


「いや、確かにお前に頭を下げるのも癪なんだが……そうじゃない」


 白い目を向ける私に対し、体を起こしたディートハルトは口元を覆うように肘をついた。

 珍しくだらしない姿勢をしているな、と少し新鮮な気持ちだ。


 彼はそのままの姿勢で、項垂れるように「頼みたいのはエルフリーデのことだ」と言った。


「俺がいない間……アイツのことを頼む」


「……意外ね」


「俺も不本意だ。ただ、ウチのゴタゴタに巻き込んで、ヴェスラー家にまで迷惑をかけるわけにはいかないだろう」


 あの子が黙って巻き込まれるとは思えないけど。

 むしろ、自分の人生設計の邪魔になれば、婚約者だって余裕で切り捨てるだろう。

 

 ディートハルトもその意見には賛成のようで、忌々しげに「まあ、不要な心配だろうがな」と吐いた。

 

 しかし、彼の覚悟を受け取った私は二つ返事で了承した。

 何ができるかわからないが、できる限りの配慮はしておこう。


 ディートハルトの話はそれで最後だったようだ。

 話を切り上げようとする彼に、私はついでだからとローラントから預かった許可証を見せた。


「実際に動くのは貴方が帰ってきてからになりそうね。カレステンには、私から連絡をしておくわ」


「ああ、面倒をかけるな。頼んだ」


 先ほどと違い、トントンと進む事務的な会話。

 書類に目を通す速さは、さすがといったところだ。

 

 そんな言葉を交わした数日後、ディートハルトは学園を去った。


 すぐに戻ってくると思った。

 しかし、彼は二週間経っても戻って来なかった。

 

 仲が良いとは言えないニコラやギルベルトも心配し始めた頃だ。

 ディートハルトの頼みエルフリーデに何か知らないかと聞いてみた。


 豊かなミルクティ色の髪を揺らしながら、彼女は困ったように笑った。


「彼なら御尊父から謹慎を言い渡されたそうよ。……残念ね」

 

 酷く冷たい蜂蜜色の目が映る。

 婚約者を切り捨てる算段でも建て始めているのかもしれない。

 

 しかし、私はそれどころじゃなかった。

 ディートハルトが謹慎? ノイマン家で一体何があったの?


 困惑の最中、私はエルフリーデに礼を言い、すぐに踵を返した。


 



 

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