↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/24

第23話 繋がる違和感、桜島の下で

紅茶の温もりが、唇に触れる。


その瞬間、意識がゆっくりと現在へ引き戻されていく感覚があった。


長い、長い回想だった。


けれど、大広間の時計を見上げると、針はほとんど進んでいない。すべては瞬きするほどの間に、私の内側だけで巡っていた記憶だったのだろう。


湯気の向こうに、月愛姉の顔がぼんやりと見える。


「翠くん? どうしたの、急にぼーっとして」


月愛姉が、私の顔を覗き込んでくる。心配そうに眉を寄せたその表情は、一年前のあの朝──「これから、よろしくね」と、私の手をそっと握った時の顔と重なった。


「……ううん、なんでもないよ。少し、昔のことを思い出していただけ」


「昔のこと?」


「うん。姉さんと初めて会った日のこと」


そう答えると、月愛姉は一瞬だけ、遠くを見るような目をした。


「あの日のこと、私、実はあまり細かく覚えていないの。気を失っていた時間が長かったから……。ただ──」


そこで言葉を切り、月愛姉は少し照れたように視線を逸らした。


「……ただ、目が覚めた時に握った手の、あの温かさだけは、今でもはっきり覚えてる」


その言葉に、私は小さく安堵した。


──良かった。瞳の奥に何かが宿ったことも、雪さんとの容姿の話も。あの日、月愛姉が知らずに済んだことは、今もまだ知られていない。


隠しているつもりはない。ただ、話す機会がまだ来ていないだけだ。


そう、自分に言い聞かせる。


「それにしても、翠くんは昔から変わらないね。優しくて、危なっかしくて」


「否定はできないかな」


苦笑しながら、私は紅茶を飲み干した。


「そういえば……」


不意に、月愛姉が何かを思い出したように口を開いた。


「一年前のあの夜のことで、ずっと気になっていることがあるの」


「気になっていること?」


「あの日の捜索の記録に、少しだけ辻褄が合わない部分があるらしいの。私が見つかるまでの時間が、あまりにも早すぎたって」


月愛姉は、紅茶のカップに視線を落としたまま続けた。


「翠くんが見つけられた時のこと、何か覚えてる? 捜索隊が、最初から待ち構えていたような、そんな感じはなかった?」


問われて、私は記憶を辿った。


──あの時は、意識を保つだけで精一杯だった。ただ、今になって思い返せば。


茂みの向こうから、複数の灯りが迷いなくこちらへ向かってきた。まるで、最初からこの場所を知っていたかのように。


「……言われてみれば、そんな気もする。ただ、意識も朦朧としてたから、確信は持てないけど」


「そう……」


月愛姉は、小さく頷いた。


「お父様は、大した問題じゃないって仰るんだけど……」


その言葉に、私の中で、かつて感じた違和感が静かに疼いた。


──転移術で煙のように姿を消した紫の刺客たち。「この落とし前、あんたが思ってるより大きいことになるぜ」という、あの男の言葉。そして、今日。剛さんの、あの不自然な不在。


点と点は、まだ線にならない。けれど、線になる予感だけは、確かにあった。


「翠様」


不意に、桔梗さんが静かに口を開いた。


「そろそろ、お夕食の準備が整ったかと」


「……うん、行こうか」


私は席を立ち、もう一度だけ窓の外に目を向けた。


夕暮れに染まる庭の向こう、遠く霞んで見える桜島。


あの日と同じ山が、今日も静かに、この街を見下ろしていた。


『……何か、動き始めている気がする』


※第二章ー完ー


その予感の正体を、私はまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。