第19話 届かぬ叫び、剣を取る理由
音のする方へ、身体は勝手に動いていた。
木々を掻き分けて辿り着いたのは、鬱蒼とした杉林の奥──朽ちかけた鳥居が月明かりの下でぼんやりと浮かび上がる、古い摂社だった。霧島神宮の本殿からは、随分と離れているはずだ。地図にも載らないような、忘れられた社。
湿った土と苔の匂い。かすかに、線香のような香りも混じっている気がした。虫の音すら絶えた境内は、夜気が肌を刺すほど冷たかった。
苔むした石段、傾いた灯籠、そして風に揺れる注連縄の切れ端が、この場所が長らく人の手を離れていたことを物語っていた。
境内の中央、崩れかけた拝殿の前に、複数の黒装束の男たちに囲まれた一人の少女がいた。
漆黒の長い髪。気を失っているのか、地面に力なく横たわっている。制服のような衣服には、争った跡なのか、土と埃が付着していた。
──息は、ある。
浅く、けれど確かな呼吸のリズムが、遠目にも分かった。それだけで、私の中の何かが決まった。
「大人しく渡してもらおうか、お嬢さん。まぁ、聞こえちゃいないだろうが」
男の一人が少女の襟元を掴み上げ、下卑た笑みを浮かべる。
「……よくも」
自分でも驚くほど静かな怒りが、腹の底から込み上げてきた。
理由は、分からない。
初めて見る少女のはずなのに、なぜか──放っておけない。まるで、遠い昔から知っていた誰かのように。
「そこまでだ」
私は木陰から歩み出た。
男たちの視線が一斉にこちらへ向く。
数えると、六人。統率の取れた立ち位置、無駄のない視線の配り方。素人ではない。明らかに訓練された気配だった。
「……あぁ? なんだ、お前。子供が一人で迷い込んだか? ここは肝試しの場所じゃねぇぞ」
先頭の男が鼻で笑う。
「この方を、離してもらいたい」
「はっ、笑わせる。ここがどこだか分かってんのか? 誰にも見つからねぇように選んだ場所だぜ。お前も一緒に、この山の土に還るか?」
笑いながら、男の指先に紫がかった光が灯る。
──魔力。それも、明らかに実戦慣れした練度の光り方だった。
「最後の忠告だ。帰れ」
「……お断りします」
一瞬だけ、語尾に力みが滲んだ。
私は静かに、けれど揺るぎない声で答えた。
男の表情から、笑みが消えた。
「……上等だ」
拝殿の陰から、さらに二つの気配が滲み出る。合わせて八人。四方を囲まれる形になった。
『……囲まれた、か』
けれど、不思議と恐怖はなかった。
視線を巡らせる。地形。逃げ道。男たちの武器の間合い。石段の段差、灯籠の位置、風の抜ける方向──すべてが、頭の中で戦術的な情報として瞬時に組み上がっていく。
──体は、覚えている。
かつて幾千、幾万と弓を引き、剣を交え、体術で鍛え抜いた記憶が、この不完全な身体の中に、確かに息づいていた。
「行け。まずは動きを見極めろ」
先頭の男が、部下たちに鋭く命じる。
直後、三人が一斉に地を蹴った。




