第18話 変わりゆく姿、故郷への渇望
意識が、闇の底から引き上げられる感覚があった。
──いや、違う。
引き上げられているのではない。引っ張られている。まるで見えない糸に手繰り寄せられるように、私の意識は、光の粒子となって解けたはずの身体ごと、どこかへ運ばれていく。
熱い。青い奔流の中に、もう一つ別の色が滲んでいる。
黒。
まるで青の激流に抗うように、身体の奥底から立ち上がる、静かで頑なな黒。
『これは……』
考える間もなく、感覚が途切れた。
身体を起こそうとして、私は違和感に気づいた。
骨の継ぎ目が、微かに軋むような感覚。痛みではない。けれど、確かに「変わった」と分かる、そんな違和感だった。
指先の長さ、手のひらの感触──社畜生活ですっかり鈍っていたはずの、あの手の感覚とは明らかに違う。かといって、18歳まで治癒術師として鍛え抜いていた頃の、皮の厚い手とも、どこか違う気がした。
「……何なんだ、これ」
近くの水たまりに映った自分の姿を見て、私は言葉を失った。
そこに映っていたのは、艶やかな蒼黒の長い髪をした、高校生ほどの年頃の誰か──だった。
瞳の色だけは、見慣れた翡翠色のまま。だが、その色を縁取る目元の形も、頬の輪郭も、左の目の下に浮かんだ小さな泣きぼくろも──覚えのない、けれど、どこかで見た造形だった。
男なのか、女なのか、一瞬では判別がつかない。中性的というより、どちらの要素も違和感なく併せ持っているような、そんな顔立ち。まるで、自分と誰かの輪郭が、まだ溶け合っている途中であるかのように。
『……雪さんの、面影が重なって見える……?』
髪も、泣きぼくろの位置も、彼女とよく似ている。だが、完全に同じというわけでもない。
まだ、何かの「途中」なのだと、直感的に理解した。
考えたくない可能性が頭をよぎるが、それを検証する余裕は今の私にはなかった。
──ドクン。
不意に、自分の内側で、大きな何かが弾けるような感覚があった。
『今のは……』
理由も分からないまま、その感覚はすぐに静まっていく。得体の知れない何かに触れたような、落ち着かない感覚だけが後に残った。
私はその違和感を振り払うように、頭を軽く振った。
夜風。土と潮の匂い。
夜空を見上げると、遠くに特徴的な稜線が浮かんでいた。噴煙が、月明かりにうっすらと照らされている。
見間違えるはずがない。18歳までを過ごした、あの故郷の象徴を。
『桜島……。じゃあ、ここは……鹿児島、なのか?』
けれど、何かが違う。
慣れ親しんだはずの故郷なのに、まるで初めて訪れる景色を見ているような、拭いきれない違和感があった。
その違和感を深く考える間もなく──ふと、行くべき場所が、はっきりと分かるような感覚に襲われた。
理由も、説明もつかない。けれど、確信だけがあった。
──あそこに、行かなくては。
まるで何かに引き寄せられるように、私は駆け出していた。




