第13話 団欒の陰に、欠けた椅子
家の前で私と月愛姉との間に紆余曲折あったものの、何とか家の中にたどり着くことができた。
家の中に入ると、義父の隆盛さんもおり、笑顔で迎えてくれたが──どこか疲れた様子だった……。
『隆盛さんと月愛姉との間にも、色々あったんだなぁ……』
そう思いながらも、私はふと気づいた。
隆盛さんの視線も、ほんの一瞬だけ、屋敷の奥へと向いていたことに。
──さっきの月愛姉と同じだ。
「……お父様も、何かあったんですか?」
思わず尋ねると、隆盛さんは一瞬だけ表情を止め、それからすぐに、いつもの豪快な笑顔を浮かべた。
「いや、なんでもない。それより、東京での話を聞かせてくれ」
その切り替えの早さが、逆に私の中の違和感を強くした。
今、私たちは大広間で、東京土産のお菓子をつまみながら、メイド長の鳳蝶さんがいれてくれた紅茶を飲んでいた。昨日の出来事について、詳しく説明しているところだった。
湯気の向こうに漂う、いつもと変わらない茶葉の香り。けれど、その温かさが今日はなぜか、どこか遠くに感じられた。
「なるほど、そんな事件に巻き込まれていたとは……。さすが翠くんと言うべきか……」
隆盛さんは私の説明を聞き終えると、豪快に笑いながら、事件のあらましに納得したように頷いていた。
「だから私は反対だったんです! 他所に翠くんを出すのは……絶対に嫌だったんです……! わっぜ、嫌じゃったとよ……!」
興奮のあまり、月愛姉の言葉に鹿児島の訛りが混じる。
本人は気づいていないのか、それとも気づいていても止められないのか。私には判断がつかなかった。
けれど、いつもの淑女然とした話し方が崩れるその瞬間だけ、月愛姉の「素」が確かに覗いているような気がした。
月愛姉は私のすぐ隣に座り、怒りと不満を露わにしている。
姉は私のことをとても大切に思っており、今回の東京行きの話にも猛反発していた。そのため、私が東京へ行くことを、あらゆる手段を使って何とか《日帰り》に限り許可してくれたのだが……。
姉は母様との内政の仕事を切り上げ、一日早く帰宅したらしい。ちょうど私たちが父に電話し、一泊の許可をもらった直後だったため、父と姉との間でも一悶着あり、姉はかなり荒ぶっていたようだ……。
今も、隙間がないほど体を密着させてきている。女性特有の体の柔らかさと、姉の匂いが鼻腔をくすぐる。
姉曰く、「翠くん成分を補給中」とのこと……。
《血の繋がり》がないにもかかわらず、うちの義姉は本当に私のことを大切に、愛おしく思ってくれている。そのことに感謝しつつ、私は思案する。
──何故、淑女である姉がここまでブラコン!? になってしまったのだろうか……。
そんな会話の合間、私はふと、いつもならこの場にいるはずの人物がいないことに気がついた。
「そういえば……剛さんの姿が見えませんね」
私が何気なくそう漏らすと、一瞬──ほんの一瞬だけ、部屋の空気が変わった気がした。
「……剛か。今日は、少し所用でな」
隆盛さんの声は、いつもと変わらない調子だった。
けれど、月愛姉が紅茶のカップの取っ手を、僅かに強く握り直したのを、私は見逃さなかった。
『私が今の家族に迎えられて、もう一年かぁ……』
私が何をしに東京へ行ったのか……。どのようにして月愛と出会い、黒金家に迎えられたのか……。そして、私は何者なのか……。
その辺りのことを、少し振り返っていきたいと思う──。
けれど、今この場に流れている妙な空気の正体についても、いつか振り返る時が来るのだろうか。
そんな予感を抱きながら、私は静かに紅茶を口に運んだ。




