第10話 仮面を被り直し、旅は続く
再会の余韻も束の間、桔梗さんと菊乃さんはすぐに事後対応へと動き出した。
「翠様、ひとまずこちらを。」
桔梗さんは懐から予備の帽子を取り出し、私に被せてくれた。
先程失ってしまった帽子と同じ、認識阻害の術が込められたものらしい。
私のお世話係兼護衛の黒墨桔梗さんは方向音痴である事以外は非常に優秀な人材であり、迅速かつ的確に今回の事件の事後処理にも迅速かつ的確に対処しつつあった。
また、迷子仲間である弥生ちゃんのお世話係兼護衛の若葉菊乃さんの協力もあり見事に事態を収束させた。
その際にお兄さんの事は事前に説明し、良い感じに対処してもらうようお願いした。
これで一先ず大丈夫だろうと思いつつ、
「弥生ちゃん、今回は色々巻き込んでしまって申し訳ございませんでした。」
「そんなこと無いよ! すーちゃんと一緒にいられて嬉しかった! 頼もしかった! 私の方こそ何も出来ずごめんなさい。」
「弥生ちゃんは、何も悪くないよ! 私も弥生ちゃんと出会えて凄く楽しかったよ! またご縁があったらその時は仲良くしてください! あと、私の事は出来る限り他の人に秘密にしてて貰えると凄く助かるんだけど……。」
弥生ちゃんにお願いしつつ、菊乃さんにもお願いしてみた……。
「分かったの! 今回の事は私たちの秘密ね!! 菊乃も今回の事は他の人に言わないように!」
「……承知致しました。私も今回お嬢様の事で翠様には助けていただきましたので。そのように《対処》致します。」
そう了承しつつ菊乃さんは弥生ちゃんに気取られないように桔梗さんの方を見つめていた。
『この2人の間には何かあるのかな?』
私が2人の関係について考えていると、ふと菊乃さんと目があった。
凄く見られている!
私は今、認識阻害の帽子をかぶっているので他の人から顔はハッキリと認識できない状況である。
それなのに菊乃さんは私を見てる。冷や汗が止まらない。
私はこの状況にいたたまれない気持ちになりつつ
「菊乃さん、私に何か?」
そう質問してみると
「翠様、大変恐れ入りますが──。」
「菊乃さん」
菊乃さんが私に何か言葉を掛けようとした瞬間、桔梗さんが言葉を遮った。
その声色は涼やかで、友人の名前を呼ぶような響きだった。
そのたたずまいは朗らかに。
桔梗さんの顔は笑顔だった。
だが目が笑っていなかった。
それだけではなく、菊乃さんだけに分かるように《圧》を込めていた。
この後に発する言葉の内容によっては惨劇が引き起こされる――そう感じさせるほどの圧を……。
『桔梗さん怖ッ! その圧、本当に洒落にならない……』
私を思っての圧だと分かっていても、恐怖を感じずにはいられなかった。
この場の空気感に耐えきれなかったため
「菊乃さん、私に何か?」
と再度尋ねると
「いえ、この度はお嬢様を助けていただき誠にありがとうございました。またお会いする機会があれば、お嬢様の事何卒よろしくお願い申し上げます。それでは私達はこれにて失礼致します。」
と感謝の言葉をもらい、弥生ちゃんには「またね!」とお願いされて、お別れした。
「《緑樹》かぁ──。」
弥生ちゃん達を見送りながら彼女の苗字を呟く……。
「桔梗さん、やっぱり彼女は……退色家の……。」
「仰るとおりだと思われます。それも本家筋の人物かと……。何せ《あの》菊乃さんがメイド(護衛)を担っております。」
「やっぱりかぁー……一瞬だったとはいえ私の顔見られちゃったかな? それと私の事、上の方に報告されちゃうかな?」
「それについては恐らく大丈夫かと思われます。彼女は約束を違える方ではありません。それにあちらの家も当家と一緒で色々とややこしい事情がありますゆえ……。」
「あっ、うん、そうなんだね……。てか桔梗さんって、菊乃さんの事凄く信頼しているんだね♪」
そうニマニマした顔で桔梗さんに尋ねると彼女は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
因みに「彼女とは知り合いなの?」と尋ねると満面の笑みで「乙女の秘密です!」と返され、これ以上、藪をつついて蛇を出してはいけないと悟った……。
ふと、先程感じた違和感が脳裏をよぎる。
──あの狙撃手は、一体どこへ消えたのだろう。
その答えは、まだ見つからないままだった。
「桔梗さん今回は本当にありがとうございました。途中色々あったけど無事今回の旅行の目的を完遂できそうだよ。」
「いえ、私の方こそご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございませんでした。また此度、翠様にお怪我を負わせてしまい……。ご当主様や旦那様、お嬢様に何と申せば良いか。お屋敷に戻り次第いかような罰でもお受け致します。」
「怪我? 怪我なんてしてないよ! ただ洋服が破けただけだよ。傷口なんて何もないから安心してよ。」
そう答え、肩口の破れた服を開いて肌を見せる。
そこには破けた洋服に血痕が染み付いていたものの肌には傷口が見当たらず、綺麗な柔肌が見えるだけだった。
「翠様、まさか!?」
「まさかもへちまも何もないよ! 怪我をしてないんだから桔梗さんが罰を受ける必要もないよ! もし仮にこの事を報告したら逆に私が『桔梗さんが無理やり私の柔肌を見てきた!』って皆に報告するからね。」
そのように言われると何も報告出来なくなってしまう……。
仮にそのような報告をされると私には更なる試練(地獄)が待ち受けることになってしまうからである。
「それじゃ、桔梗さん目的地へLet's Go! ──」
そう言いながらも、心の中で小さく呟く。
──本当の目的地は、まだ遠い。
「と、その前に……《アレ》は?」
先程までと打って変わった様子で、私は桔梗さんに尋ねた。声には、自分でも驚くほど温度がなかった。
「はい、指定の場所に運ばせていただきました。」
「そぅ、なら桔梗さん、もう少し寄り道しよっか……。」
「仰せのままに……。」
そうして、いつもの穏やかな声に戻った私を、桔梗さんはただ静かに見つめていた。
翠たちの本当の旅は、まだ始まってすらいなかった。




