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大賢者の弟子は、忘れられた魔法を拾いに行く  作者: Atelier Lotus文庫
第十一章 故郷アウローラ

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第49話 故郷の魔法

 アウローラの街が見えてきたとき、エリアスは思わず歩みを緩めた。


「……帰ってきたな」


 旅立った朝は、山や海の向こうにある魔法を早く見たくて仕方がなかった。論文にして本を出せば、金も名声も手に入る。女にもモテるかもしれない。そんなことを考えて背負った鞄が、今はずしりと肩に食い込んでいる。増えたのは着替えではなく、紙だった。


 帳面と論文、走り書き。術式を書き写した紙もあれば、土地の名や使い手から聞いた話もある。旅立つときには白かった紙が、鞄の大半を占領していた。


「よく持って帰ってきたな、これ」


 途中で何度、紙を買い足したことか。


 それでも捨てる気にはならなかった。


 街道を進み、見慣れた建物が増えていく。


 店先には魔法石を使った生活用の魔道具が並び、通りの端では作業用の術式が当たり前のように使われている。壁に掲げられた案内には、聞き慣れた専門用語が並んでいた。


 それを目にした瞬間、エリアスは少し笑った。


「そうそう。これだよ」


 ここで魔法を説明するなら、名前と分類があり、発動条件や現象を表す言葉も通じる。旅先では、そうはいかなかった。


『こうやってやるんだよ』


『昔からそうしてる』


『名前? そんなものないね』


 そんな答えを何度聞いたか分からない。


 旅先では使い手を探して話を聞き、実演してもらったうえで、魔力の流れを既存の理論に照らした。一つの小さな魔法に何日もかかることがある。アウローラなら、研究済みのものは資料から調べられるし、同じ分野の研究者と共通の言葉で続きを議論できる。


「便利だなあ……」


 思わず本音が漏れた。


 旅に出る前は、資料を探せるのが当たり前だった。外へ出れば、使い手自身が研究対象とも思っていない魔法に出会う。隣の土地へ行けば誰も知らないこともある。そうした術を調べるときにも、エリアスを支えたのはここで学んだ知識だった。


 エリアスは歩きながら、鞄の紐を掛け直した。


 泥を離す魔法から農村の生活魔法、冒険者の技法、海や雪国の術まで、魔力の流れと発動条件を追ってきた。使い手の話を聞き、現象を既存の魔法と比べ、組み直して確かめたからこそ、土地ごとに違う魔法を論文へできた。


「……師匠の体系、やっぱり便利なんだよな」


 ぽつりと呟く。


 師匠の体系があったから、旅先で出会った術を解析できた。そして土地で使われる姿を見たから、整理された式だけでは分からないことも知った。両方を使って書いた紙が、鞄の中にある。


 アドルフが整理した体系を頼りに、外の魔法を調べる。旅立つ前から持っていた考えを、今は鞄の重みとして確かめられた。


     ◯


 王立魔法学校が近づくにつれて、エリアスの足取りは自然と昔の速さへ戻っていった。


 通い慣れた道では学生たちが魔法の話をし、資料を抱えた研究者が考え事をしながら通り過ぎる。旅先では魔法の話の前に事情を説明することも多かったが、ここで説明しすぎれば「そこは分かっている」と言われるだろう。


「懐かしいな」


 校内へ入り、エリアスはしばらく歩いた。


 校内に掲示された研究題目も、分類された資料も、言葉と書き方が見慣れたものだった。何を研究し、どう整理して人に伝えるか。そのための形が、ここには最初からある。


 エリアスはそこで、ふと立ち止まった。


 自分の鞄の中にあるものを思い出したからだ。


 鞄には泥だらけの道で聞いた話も、船上の走り書きも、雪の中で確かめた式もある。老人の炉の話や酒場で聞いた使い方を、まだ余白に書き足したままの紙も混じっていた。


 あれらは、この場所へ持ち込めば、どこに並ぶのだろう。


 生活魔法、実用魔法、職業の技法。ここで付けられる分類はある。だが、その枠だけに収めれば抜け落ちるものもあった。


 火を残す魔法なら、術式だけを見れば小さな技術でしかない。


 けれど、冬の朝に火を起こす暮らしを一緒に書けば、なぜその魔法が必要だったのかが分かる。


 それを知ってしまった今では、術式だけを抜き出して終わる気にはなれなかった。


「まあ、だから紙が増えるんだけど」


 誰にともなく言って、エリアスは苦笑した。


 旅先で一つずつ増やした紙も、まとめて見ると相当な量だ。エリアスは整理する場所を探した。


 空いている机を見つけ、鞄を開く。


 論文を一束置き、次の束と帳面を並べる。


「……本当に増えたな」


 旅立ちの朝にも、似たことを考えた気がする。


 あのときは紙を余分に持っていくかどうかで悩んでいた。


 今なら言える。


 まるで足りなかった。


「何が?」


 すぐ後ろから声がした。


 エリアスは紙束を持ったまま振り返る。


 そこにいたのは、見覚えのある女だった。


 研究者らしい落ち着いた服装。こちらを見た目が、一瞬だけ驚きに開かれ、それからすぐに面白そうに細められる。


「……リリアナ?」


「やっぱりエリアス」


 彼女はエリアスの顔を見たあと、その手元へ視線を落とした。


 紙束。


 帳面。


 さらに、まだ鞄の中へぎっしり詰まっている記録。


「帰ってきたのね」


「ああ。ついさっき」


「そう」


 短く答えたリリアナは、もう一度紙の山を見る。


 エリアスの顔より、今は机の紙が気になるらしい。彼女の目の輝きには見覚えがある。面白い魔法を見つけた研究者の目だった。


「……何、その量」


「旅の成果」


「全部?」


「だいたい」


 リリアナは数秒、黙った。


 それから一歩近づいてくる。


「見せて」


「久しぶりに会った相手への最初の言葉がそれ?」


「帰ってきたのね、とは言ったでしょう」


「言ったけどさ」


 リリアナは気にした様子もなく、一番上の紙へ目を落とした。


 そして、そこに書かれた術式を見た瞬間。


 彼女の表情が変わった。


「……エリアス」


「ん?」


「これ、どこで拾ったの?」


 その声には、もう完全に研究者の熱が混じっていた。

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