↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の弟子は、忘れられた魔法を拾いに行く  作者: Atelier Lotus文庫
第九章 旅人の失敗

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/59

第42話 盗人の小魔法

「さっきの魔法、どうやった?」


 エリアスがそう聞くと、部屋の空気が妙な形で止まった。床へ押さえつけられている男たちは、何を言われたのか分からないような顔をしている。


 セラも同じだった。


「……何?」


「だから、これ」


 エリアスは金袋の紐を持ち上げた。


「どうやって緩めた?」


「今、それ聞くの?」


「今だから聞いてる」


「私たち、あんたから金取ろうとしたのよ?」


「知ってる」


「怒ってないの?」


「怒ってるというか、恥ずかしい」


 危険だったかどうかで言えば、大したことはない。だが、美人についてきて宿へ連れ込まれ、金まで取られかけた。その事実は何をどうしても消えない。


「それと魔法は別だろ」


「別なの……?」


「別」


 セラは理解できないものを見る目でエリアスを見た。


 その反応にはもう慣れている。雪国でも、海でも、竜族の土地でも、自分が夢中になる魔法に同じような顔をされた。


「まずこれ」


 エリアスは金袋を卓へ置いた。


「酒場で腰に触ったときに使ったんだよな?」


 セラは答えない。


 エリアスは床にいる三人を見る。


「別に言わなくても、術式自体はだいたい分かるけど」


「だったら聞くなよ……」


 一人が苦しそうに言った。


「術式が分かるのと、使い方が分かるのは別なんだよ」


 男がますます嫌そうな顔をした。


 エリアスは金袋を腰帯へ留める紐を結び直す。


 旅の途中で付け外しするものなので、結び方は単純だった。


「これくらいの結び目ならいける?」


 セラが少し迷ってから答えた。


「……いける」


「固く締めても?」


「限度はあるわよ。きつく締めすぎたら無理」


「二重に結んだら?」


「それも難しい」


「なるほど」


 エリアスは指先で紐を摘まんだ。


 残っていた魔力の流れを思い出す。


 力任せに引くのではなく、結び目の一部をわずかに動かし、締まった箇所をずらして緩みを作る。エリアスにも、似た現象なら今すぐ起こせる。


「名前は?」


「何が?」


「魔法」


「……紐ほどき」


「そのままだな」


「そういう魔法なんだから仕方ないでしょ」


 エリアスは少し笑った。民俗魔法には、用途がそのまま名前になったものが多い。嫌いではなかった。


「でも、これだけじゃ金は盗れないよな」


 セラの表情が少し変わった。


「どういう意味?」


「俺が立ってるところから離れた場所で使っても意味ないだろ。金袋の紐へ届かない」


「当たり前でしょ」


「だから近づく必要がある」


 エリアスは酒場での場面を思い返した。


 セラが笑った。


 肩が触れた。


 腕へ手を置いた。


 そして一度だけ、腰へ手が触れた。


「触れるのが自然な状況を作る」


 セラは黙っている。


「酒場でいきなり腰に手を伸ばしたら怪しい。でも、酔って距離が近くなってからなら気にされにくい」


「……まあね」


「しかも、触った瞬間に紐が落ちるほど緩めない」


「そんなことしたら気づくでしょ」


「だよな」


 そこが面白かった。


 強い拘束は解けず、遠くから金袋を奪うこともできない。それでも人の動きと一緒に使えば、この小さな術が金袋を狙う手段になる。


「どこまで緩める?」


「落ちないくらい」


「基準は?」


「見て分かるでしょう?」


「だから、それを聞いてる」


 セラが眉を寄せた。


「結び目と、袋の重さ。あと、その人がどう動いてるか」


「歩いてる最中は?」


「やらないこともある。揺れて落ちたら面倒だから」


「座ってるときの方がいい?」


「そうね」


 エリアスの目が少し細くなる。


 術式の外にある、使い手の判断だ。結び目だけでなく袋の重さや相手の動きまで見て、使わない時も決める。旅の初めから術式と使い手の両方に目を向けてきたが、こうして当人の判断を一つずつ聞くと、まだ書くべきことが出てくる。相手が盗人でも変わらなかった。


「俺のときは?」


「酒場で座ってたし、あんた、こっちばっかり見てたから」


「……」


「かなりやりやすかった」


「それは言わなくていい」


「聞いたのあんたでしょ」


 正論だった。


 エリアスは少しだけ顔をしかめる。


 研究としては重要な情報だ。


 自分の恥ずかしさとは別に。


「あと、使った直後に話しかけた?」


 セラが今度こそ驚いた顔をした。


「よく分かったわね」


「注意をそらすため?」


「それもあるけど、相手が腰を気にしないように」


「なるほど」


 エリアスは頭の中へ順番を並べていく。


 近づき、相手の視線を自分へ向けさせ、触れるのが自然になったところで結び目を緩める。その直後も会話や接触で意識をそらす。魔法だけを切り取れば小さいが、手順を聞いて初めて、なぜ気づけなかったのかが分かった。


「……面白いな」


「褒められてる気がしない」


「褒めてない。魔法の使い方が面白いって言ってる」


「同じじゃない?」


「違う」


 騙された側として、犯罪を褒める気はない。それでも、魔法の使われ方には興味があった。


 エリアスは今度は扉へ向かった。


 床にかけていた魔法は維持したまま、男たちの横を通る。


「次、こっち」


「まだやるのかよ……」


「やる」


 扉の蝶番へ指を近づける。


 残っていた魔力は、もうかなり薄い。


 それでも流れは追える。


「これは何て呼んでる?」


 誰も答えない。


「じゃあ勝手に名前つけるぞ」


「戸鳴り止めだ」


 床の男がすぐに答えた。


「あるんだ」


「勝手な名前つけられるよりましだ」


「戸鳴り止め」


 エリアスは蝶番を見る。


 こちらも術式は単純だった。


 音そのものを消すのではなく、扉が動くとき、蝶番や木と金具の擦れる場所へほんの少し力を加えている。軋みを出にくくする術だ。


「ずっと効く?」


「そんな便利なもんじゃねえ」


「扉を開ける前だけ?」


「ああ」


「毎回かけ直す?」


「必要ならな」


 やはり弱い。


 だが、弱いから駄目なわけではない。


 エリアスは扉を一度動かした。


 きい、と小さく鳴る。


「普通ならこれくらい鳴る」


 もう一度、蝶番を見る。


「男たちはどこにいた?」


 セラが部屋の奥を指した。


「あっち」


 小さな扉がある。


 さっき、男の一人が立っていた場所だった。


 エリアスが開けると、狭い隣室へつながっていた。


 椅子と小さな卓だけが置かれている。


 三人で待つには狭い。


「ここで待ってた?」


「そう」


「合図は?」


「壁を二回叩く」


「それだけ?」


「それだけ」


 エリアスは壁を見る。


 セラが相手を連れ込み、頃合いを見て壁を叩く。隣で待つ男たちは戸鳴り止めを使って入り、セラに注意を向けた相手は、扉の動きに気づきにくい。


「……そういうことか」


 術式だけ見れば、夜中に家族を起こさず扉を開けるのにも使えそうな魔法だ。待機場所と壁の合図、相手の視線まで組み合わせて、彼らはそれを犯罪の道具にしていた。


「これ、この辺じゃよく使うの?」


 エリアスが聞くと、男の一人が顔をしかめた。


「俺たちみたいなのが使うことはある」


「みんな?」


「知らねえよ。他所の連中まで知るか」


「この街では?」


「似たことやってる奴なら知ってるやつもいるだろうけどな」


「それでいい」


 少なくとも、彼らと、この街で似たことをする者の一部は知っているらしい。他所まで広げて書く根拠はない。


 エリアスは頷いた。


「紙ない?」


「は?」


 セラが聞き返す。


「紙。あと書くもの」


「……何するの?」


「忘れる前に書く」


「ここで?」


「ここで」


 自分の帳面は、最初に取った宿の鞄へ入れたままだ。


 戻ってから清書すればいい。


 セラはしばらく無言でエリアスを見たあと、隣室の卓を探った。


 使いかけの紙と、短い筆記具が出てくる。


「これでいい?」


「十分」


 エリアスは椅子へ座った。


 床には美人局の男たち。


 壁際にはセラ。


 そして自分は、その真ん中で紙へ文字を書き始める。


「紐ほどき。対象は単純な結び目。強く締めたもの、複雑な結び目には不向き……」


「本当に書くのかよ」


「静かにして。忘れる」


「忘れねえだろ、こんなの」


「細かいところは忘れるんだよ」


 紐ほどきについては術式、届く距離、失敗する結び方から、接触の位置、使う時機と直後の会話まで記す。戸鳴り止めには扉の構造と軋みの出る箇所、隣室で待つ位置、合図と相手の注意を書き加えた。


 書けば書くほど、今回自分がなぜ気づかなかったのかも見えてくる。


 魔法が高度だったからではない。小さく、目立たない術だったから、人の動きの中へ紛れ込んだのだ。


「なるほどな……」


 エリアスは筆を止めた。


 暮らしや仕事を助け、海や雪の中で生きるために使われる魔法を、これまで数多く拾ってきた。今回の使い道は褒められたものではない。それでも、誰かが必要として使っている小さな魔法であることは確かだった。


「こんな使い方もあるのか」


 エリアスが呟く。


 セラが呆れたように息を吐いた。


「あんた、本当に変な人ね」


「よく言われる」


「普通、騙された相手から魔法習おうとしないわよ」


「俺も普通ならそう思う」


「じゃあ、なんで?」


 エリアスは紙を見る。


「面白いから」


 それ以上の理由は、今のところ必要なかった。


 知らなかった魔法と使い方があった。だから知りたいし、魔導書へ書けるくらい正確に理解したかった。


 エリアスは最後まで書き終えると、紙を折った。


「よし」


「終わった?」


「とりあえずな」


 きれいに整理するのは宿へ戻ってからだ。


 術式も、自分でもう一度組み直して確かめたい。


 特に紐ほどきは、結び方による差を試す必要がある。


 戸鳴り止めも、扉の材質や蝶番の状態で効き方が変わるだろう。


 まだ調べることはいくらでもある。


 その前に。


 エリアスは折った紙を懐へ入れた。


 自分がなぜこんな場所で、この連中から魔法の話を聞くことになったのか。


 そこだけは、研究ではごまかせない。


 美人に誘われて浮かれ、ついてきた結果、騙された。


「……帰ったら、それも考えるか」


 小さく呟く。


 研究成果は拾えた。


 だが、失敗まで成果に変わったことにはならない。


 そこは別だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。