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大賢者の弟子は、忘れられた魔法を拾いに行く  作者: Atelier Lotus文庫
第九章 旅人の失敗

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第40話 向こうから来た美人

 竜族の土地を離れてから、三日。


 エリアスは夕暮れ前に、新しい街へ入った。


 石造りの門を抜けると、街道沿いに店と宿が並び、仕事を終えたらしい人々が行き交っている。荷車の車輪が石畳を鳴らし、どこかから肉を焼く匂いが流れてきた。


 肉の匂いを嗅いで、腹が鳴った。


「まず宿だな」


 知らない魔法がないか探すのも大事だが、寝床を確保する方が先だった。


 通りでは男が店先を掃き、若者が荷を運び、女が桶を抱えて歩いていた。気になる魔力は今のところ見えないが、この街の仕事の仕方もまだ知らない。宿と飯を済ませてから、明日ゆっくり見よう。


 エリアスは街道から一本入った通りで宿を見つけ、数日分の部屋を取った。


 荷物を置き、旅装を少し整える。


 帳面は鞄へ、金袋は腰へ収めてある。旅装も目立たないから、今は普通の旅人に見えるだろう。


 鏡代わりの小さな磨き板に自分の顔を映し、髪を手で直す。


「まあ、悪くない」


 誰に見せるでもなく言ってから、部屋を出た。


 目的は飯と酒である。


 それ以外は、あれば嬉しい。


 街の中心へ戻ると、昼間よりも人が増えていた。仕事帰りの職人や商人が酒場へ入り、通りでは屋台が湯気を上げている。


 エリアスはその中から、客の多そうな酒場を選んだ。


 旅先で店を選ぶとき、地元の客が多いところは大体外れにくい。


 中へ入ると、酒と焼いた肉の匂いが一気に押し寄せてきた。


 いい匂いだった。


 すぐに席へ座り、肉を煮込んだ料理と黒パン、それから酒を頼む。


 運ばれてきた皿には、柔らかく煮込んだ肉と豆がたっぷり入っていた。香草の匂いが少し強い。


 一口食べる。


「うまい」


 旅をしていて思うが、同じような肉料理でも土地が変われば味が変わる。


 使う香草も違えば、煮込み方も違う。


 魔法ほど帳面へ書き残す気はないが、こういう違いも嫌いではなかった。


 酒も悪くない。


 少し癖があるが、肉には合う。


 エリアスは機嫌よく杯を傾けながら、何となく店内を見回した。


 客を何気なく眺める。年配の夫婦、男たちの卓、女性二人。その向こうにいた女のところで、エリアスの視線が止まった。


 栗色の髪を肩より少し下まで伸ばした女だった。年はエリアスよりいくらか上だろうか。派手な服ではないが、身体の線がきれいに出る服を着ている。


 横顔だけでも綺麗だと分かる。


 エリアスは酒を一口飲んだ。


 竜族の土地ではネリスとキスをし、街を出るときには別の旅人へも目が行った。今夜も同じである。エリアスは女の方を見た。


 女がこちらを向いた。


 一瞬、目が合う。


 エリアスはそらさなかった。


 向こうもそらさない。


 それどころか、少し笑った。


 (お)


 悪くない。


 声をかけるか。


 そう考えて、杯を置く。


 だが、立ち上がるより先に女の方が席を離れた。


 こちらへ歩いてくる。


 (……ん?)


 そのまま、エリアスの向かいで足を止めた。


「ここ、座っていい?」


「もちろん」


 断る理由がなかった。


 むしろ大歓迎である。


 女は椅子を引いて座った。


 近くで見ると、やはり美人だった。目元が少し涼しげで、笑うと印象が柔らかくなる。


「一人?」


「今のところは」


「今のところ?」


「誰か一緒に飲んでくれるなら、一人じゃなくなる」


 女が笑った。


「そういうこと言う人なんだ」


「嫌だった?」


「嫌なら座ってないわ」


 エリアスはすぐ店員を呼び、女の分の酒も頼んだ。


「旅の人?」


「分かる?」


「服見ればね。この街の人じゃないでしょう」


「今日着いたばっかり」


「やっぱり」


 酒が届く。


 女は杯を持ち上げた。


「じゃあ、旅人さんがこの街に来た記念に」


「何の記念だよ」


「理由があった方がお酒はおいしいでしょ?」


「なくても飲むけどな」


「私も」


 杯を合わせる。


 気が合う。


 少なくとも酒については。


「名前は?」


 エリアスが聞くと、女は少しだけ首を傾げた。


「セラ」


「俺はエリアス」


「エリアス。何しに来たの?」


「魔法を探しに」


「魔法?」


「この土地で使われてる、変わった魔法。大げさなやつじゃなくていい。むしろ小さい方が面白い」


 セラは意外そうに瞬いた。


「魔法使いなの?」


「かなり優秀な」


「自分で言うんだ」


 また言われた。


 少し前にも似たようなことを言われた気がする。


「本当だからな」


「へえ」


 セラは面白そうにエリアスを見る。


「じゃあ、すごい魔法も使える?」


「大体は」


「自信あるのね」


「ある」


 実際、魔法について遠慮する理由はない。


 エリアスは自分が強いことも、知識があることも知っている。


 それをわざわざ隠して謙遜する方が面倒だった。


「一人でずっと旅してるの?」


「そうだな」


「寂しくない?」


「町に着けば酒場がある」


「それだけ?」


 セラが身を乗り出す。


 エリアスは少し笑った。


「美人もいる」


「今も?」


「目の前に」


 今度はセラが声を上げて笑った。


 笑ってくれるし、向こうから話しかけてきた。旅先で女に好意を示されたこともあるエリアスには、それだけで怪しむ理由はなかった。むしろ今夜は運がいいと思った。


 (俺もなかなか捨てたもんじゃないな)


 そう思う程度だった。


 酒が進む。


 セラはよく笑った。


 旅の話を聞きたがり、雪国の話には寒そうに肩をすくめ、海の話では船酔いしなかったのかと聞いてくる。


 竜族の土地のことも少し話したが、ネリスのことまで詳しく話す必要はない。


 代わりにエリアスも、この街について聞いた。


「酒はここが一番?」


「好みによるわね。強いのが好きなら別の店もある」


「飯は?」


「肉ならここ。魚なら川の方」


「魔法は?」


「それを酒場で聞く?」


「俺は聞く」


「変な人」


「よく言われる」


 話すうちに皿が空き、杯も何度か替わった。セラは笑った拍子に肩を触れさせ、話しながらエリアスの腕へ手を置いた。そのたび距離が少し近くなるのを、エリアスも楽しんでいた。


 店員が酒を運んできたとき、セラの手が一度エリアスの腰に触れた。避けた拍子に当たったのだろう。彼女はそのまま杯を取ったので、エリアスも気に留めなかった。


「ねえ」


「ん?」


「ここ、ちょっとうるさくない?」


 言われてみれば、店はさっきより騒がしくなっていた。


 奥では酔った男たちが大声で笑い、別の卓では歌まで始まっている。


「まあ、酒場だからな」


「もう少し静かなところで飲まない?」


 セラが言った。


 エリアスは彼女を見る。


 セラはすぐ近くから、声を落として誘っている。エリアスが想像した行き先は一つだった。


「いいな」


 即答した。


 セラが笑う。


「決めるの早いのね」


「こういうところで迷う必要ある?」


「ないかも」


 二人で席を立つ。


 エリアスは代金を払い、酒場を出た。


 夜風が少し冷たい。


 酒で温まった身体にはちょうどよかった。


 大通りにはまだ人が多い。


 セラは自然にエリアスの腕へ自分の腕を絡めた。


 柔らかな感触が触れる。


 エリアスは口元が緩みそうになるのを、特に隠そうともしなかった。


「どこ行く?」


「こっち。静かな宿を知ってるの」


「詳しいな」


「この街の人だもの」


 当然の答えだった。


 大通りから脇道へ入る。


 人の声が少し遠くなる。


 さらに曲がると、明かりの数も減った。


 知らない街だ。


 昼ならともかく、夜の細い道に土地勘はない。


 声をかけられて酒を飲み、今度は二人で静かな宿へ向かう。さすがに出来すぎていないかと、エリアスは一度だけ足元の暗い道を見た。


 エリアスは隣を歩くセラを見る。


 目が合う。


 彼女は笑った。


「どうしたの?」


「いや」


 まあ。


 自分が女に誘われることくらい、別におかしくもない。


「何でもない」


 エリアスはそのまま歩いた。


 知らない魔法を見つけたときなら、使い手が何を見て動くのか聞きたくなる。けれど今夜は、セラが自分へ笑いかけ、腕を引いていることばかり考えていた。


 セラに腕を引かれ、エリアスはさらに人気の少ない通りへ入っていく。


 その先に、小さな宿の明かりが見えていた。


 

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