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大賢者の弟子は、忘れられた魔法を拾いに行く  作者: Atelier Lotus文庫
第八章 竜たちの土地

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第39話 相手の側から書く

 翌朝、エリアスは宿の机いっぱいに紙を広げていた。


 机には荷の種類、風と魔素と地形、使われた術式と順番を書いた紙が並ぶ。使った場合と使わなかった場合を比較した記録もある。横には、最初に自分で作った分類を置いた。


「……間違ってはいないんだよな」


 エリアスは椅子にもたれた。


 風を見る術式。


 位置を確かめる術式。


 荷の揺れを抑える術式。


 構造だけなら、初日に見た段階でほとんど読めていた。


 発動条件も書ける。


 効果も説明できる。


 再現しようと思えばできる。


 だが、それだけを並べた紙を読み返すと、どうにも足りなかった。


 これでは、ネリスたちが何をしていたのかが分からない。


 例えば、風を読む魔法。


 最初の記録では、


 周囲の風向・風量を確認するための補助術式。


 そう書いてある。


 術式としては正しい。


 けれど、ネリスたちは風だけを見ていたわけではなかった。


 ネリスたちは風の来る方向から地形による変化を読み、魔素の偏りや荷の引かれる向き、次の風で揺れが崩れないかまで併せて見ていた。


「補助術式、だけじゃ駄目だな」


 エリアスは最初の一文へ線を引く。


 新しい紙を取った。


 今度は、魔法式から書き始めなかった。


 最初に仕事の流れを書く。人の姿で荷を仕分け、固定して状態を確かめ、竜の身体で集落まで運ぶ。飛行中は周囲と荷を見続け、必要なときに小さな魔法で調整する。そこまで書いたところで、エリアスは各術式の記録を添えた。


 風と魔素を読み、荷の揺れを抑え、方向を確かめる術が並ぶ。ただし術ごとに独立した使用条件を決めつけず、ネリスが併せて見ていた情報を横へ書いた。


「……よし」


 書きながら、ようやく昨日までの疑問が一つの形へまとまり始めた。


 同じ程度の風でも魔法を使うときと使わないときがあった。


 同じような荷でも調整の強さが違った。


 エリアスの分類で例外に見えたのは、書き出した条件だけでは足りなかったからだ。


 エリアスは次の紙へ移る。


 使う場合。


 使わない場合。


 調整を強める場合。


 弱める場合。


 その理由を、ネリスから聞いた判断と結びつけていく。


 たとえば荷が少し揺れても、ネリスはすぐには直さなかった。次の風で揺れが重なりそうなときは、その前に魔法を使う。エリアスは使わない場合の欄にも、彼女が何を見てそう決めたかを書いた。


 それを術式へ戻せば、必要な出力の違いも説明できる。


「これならいけるな」


 エリアスの筆が速くなる。


 自分の魔法理論は使える。


 むしろ、ここから先は得意分野だ。


 小さな術式を分解し、魔力がどこを通り、何を捉えて作用するかを整理する。構造の横には、ネリスが荷と風のどこを見て、どの揺れを許し、いつ危険だと判断するかを書いた。


 術式の説明だけで頁を作るより、紙の量は増えた。


 だが、その分だけ意味は通る。


「本になったら、この方が面白いな」


 金になるかどうかは大事だ。


 売れるなら、なおいい。


 だが、読んだ人間が再現できない記録では困る。


 読めば術式が分かり、使われる場面も見える本にしたい。そうして面白く読めるなら、きっと売れる。


「完璧じゃないか」


 誰もいない部屋で一人頷いた。


     ◯


「で、私にこれを読めって?」


 昼過ぎ。


 作業場の脇で、ネリスが紙の束を持っていた。


「全部じゃない。お前たちの仕事を書いたところだけ」


「十分多いよ」


「大事なんだ」


「昨日まで、私の話を酒のつまみにしてた人が?」


「酒を飲みながら研究してただけだ」


「それを酒のつまみって言うんじゃないの?」


 ネリスは笑いながら紙へ目を落とした。


 エリアスは隣に立つ。


「魔法式の部分は俺が見る。そっちは気にしなくていい」


「じゃあ、何を見ればいいの?」


「俺が、お前たちのやってることを変に理解してないか」


 ネリスが顔を上げた。


「そこ?」


「そこ」


「大賢者の弟子なのに?」


「大賢者の弟子だからだよ」


「どういう意味?」


「俺は魔法を読むのが仕事。お前は、この仕事を実際にやってる」


 エリアスは紙を指した。


「術式として正しいかどうかと、お前たちが何のためにそれを使ってるかは別だ」


 ネリスは少しだけ目を細めた。


 それから、もう一度読み始める。


 最初は黙っていた。


 途中で一度、首を傾げる。


「ここ」


「どこ?」


「『荷の安定を優先する』って書いてるけど、ずっと荷が一番ってわけじゃないよ」


「昨日言ってたな。無事に着くこと」


「そう。荷を守るために危ないところへ入ったら意味ないし」


「じゃあ、そこ直す」


 エリアスはすぐに書き込む。


 ネリスが少し驚いた顔をした。


「本当に直すんだ」


「そのために見せてる」


「大賢者の弟子が、私の言った通りに?」


「魔法理論を決めてもらってるわけじゃないぞ」


「分かってるけど」


「俺が、お前の仕事を勝手に違うものにしたら駄目だろ」


「……変な人」


「知ってる」


 ネリスは笑った。


 そのあとも何箇所か指摘が入った。


 エリアスが「使わない条件」と書いた部分に、ネリスが「使わないというより、使うほどじゃない」と言う。


 風を避ける、とまとめた箇所では、「避けるだけじゃなくて、使えるなら乗る」と直された。


 術式に書き直しはない。それでも、作業場でネリスが何を選んでいたかを示す文章は、そのたびに正確になった。


「なるほど」


 エリアスは書き直した紙を眺める。術式の分類は残したまま、その横でネリスの選択を書き分けられた。


「これでいいと思う」


 ネリスが最後の紙を返した。


「助かった」


「それ、ちゃんと本に載るの?」


「採用する」


「売れたら私にも何かちょうだい」


「いきなり金の話?」


「昨日ずっと大金持ちになるって言ってた人に言われたくない」


「確かに」


 二人で笑った。


 エリアスは紙を揃える。


 術式の欄と、ネリスに直してもらった仕事の欄が並ぶ。エリアスは荷を仕分ける手、空から見た風、彼女が教えた判断を思い返した。竜族全体の話ではなく、この運送の仕事でネリスが使う魔法の記録ができた。自分の理論で整理した術式も、ここにきちんと収まっている。


     ◯


 翌朝。


 エリアスは宿で荷物をまとめた。


 帳面。


 完成した記録。


 旅道具。


 財布。


 全部確認する。


 町を出る前に作業場へ寄ると、ネリスはもう仕事を始めていた。


「行くの?」


「ああ」


「もう少しいればいいのに」


「そうすると本が完成しない」


「大金持ちにもなれない?」


「それも困る」


「モテなくなる?」


「一番困る」


 ネリスが声を上げて笑った。


「昨日、断られたばっかりなのに元気だね」


「昨日キスはしたからな」


「それはそれ」


「分かってる」


 昨日宿へは来ないと言われたあとも、二人は酒を飲んで話した。ネリスはここで仕事を続け、エリアスは旅へ出る。朝の挨拶に気まずさはなかった。


「じゃあな、ネリス」


「うん。また変な魔法探しに行くの?」


「それが旅の目的だからな」


「今度は、ちゃんと最初から人の話聞きなよ」


「聞いてるだろ」


「最初の頃のエリアス知らないから」


「今の俺だけ見とけばいい」


「それ、ちょっと格好つけてる?」


「ばれた?」


「見れば分かる」


「便利だな、それ」


 ネリスが手を振る。


 エリアスも軽く手を上げて、町を離れた。


 鞄には、ネリスが読んで直した記録が入っている。風の術式と、荷を運ぶ彼女の判断。その両方を記した頁を思うと、次の土地の仕事も見たくなった。


 山道へ入る前、向こうから旅人の一団が歩いてきた。


 先頭を歩いていた女性に、エリアスの視線が一瞬だけ向く。


 美人だった。


 エリアスは歩きながらもう一度、その女性の方を見た。


「……次の町、酒うまいといいな」


 できれば飯も。


 さらに言えば、美人もいるとなおいい。


 エリアスは上機嫌に歩き出した。

 

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