↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の弟子は、忘れられた魔法を拾いに行く  作者: Atelier Lotus文庫
第八章 竜たちの土地

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/59

第35話 人の姿で暮らす竜たち

 山道を抜けた先に町が見えたとき、エリアスは少しだけ足を止めた。


 竜族の土地と聞いて、翼の影が空を横切るところを想像していた。だが町へ入って最初に目についたのは、通りの端で果物を選ぶ女だった。


「こっちの方が甘い?」


「昨日のよりはな」


「じゃあ二つ」


 人の姿をした女が、店主から果物を受け取って金を払う。


 その横では男が木箱を担いで歩き、道の向こうでは老人二人が立ち話をしている。


 食堂らしい建物からは焼いた肉の匂いが流れてきた。


 子供が通りを走り、その後ろから母親らしい女が名前を呼ぶ。


「……普通だな」


 思わず口から漏れた。


 よく見れば人間族とは違いがあり、魔力の感じ方も異なる。それでもエリアスの目には、まず果物を買い、荷を運び、子供を呼ぶ人々の暮らしが入った。


 エリアスは旅の荷を背負ったまま、ゆっくりと通りを歩く。


 竜族の魔力や身体の違いは気になるし、術式が見えればすぐにでも調べたい。旅の初めから土地と使い手も見てきたが、織物と窯の仕事を記録してからは、魔法が使われる順番も気になるようになった。エリアスは通りに並ぶ店と、そこへ出入りする人々を見ながら進む。


「まず宿だな」


 腹も減っていた。


 研究には頭を使う。


 頭を使うには飯がいる。


 ついでに酒もあればもっといい。


 そして美人がいれば、なおいい。


 このあたりは旅を始めた頃から何も変わっていない。


 宿へ荷を置き、簡単に食べてから通りへ戻った。商店や食堂を過ぎると作業場と倉庫が増え、町の端では大きな荷を扱う人の姿が目立った。


 そこでエリアスの足が止まった。


 広い作業場に、いくつもの木箱と革袋が並べられていた。


 人の姿をした竜族たちが、その間を行き来している。


「それ、北行き」


「こっちは?」


「西。先にまとめといて」


 何人かが荷札を確認し、縄を締め直している。


 行き先ごとに荷をまとめる運送の仕事らしい。見ているうちに、エリアスは眉を上げた。


 一人の女が木箱の横へしゃがみ、手をかざした。


 小さく魔力が動く。


 箱の周囲をかすかな風がなぞり、すぐ消えた。


 女は箱を一度押し、それから別の荷物へ向かう。


 少し離れた場所では男が指先に弱い光を灯している。


 光そのものが目的ではない。


 位置を確かめる類の術式に近い。


 さらに別のところでは、積み上げた荷の横で小さな魔力の揺れが起きた。


 箱がほんの少しだけ動き、元の位置へ戻る。


「……なんだ?」


 エリアスは作業場の端へ移動した。


 邪魔にならない場所から見る。


 もう一度。


 さっきの女が今度は大きな革袋の前へ立った。


 手をかざす。


 風が動いた。


 弱くて簡単な、風の流れを拾う術式だ。ところが次の荷には使わない。見たところ大きさも重さも近く、隣に置かれているのに。


(なんでだ?)


 帳面を出しかけた手が止まる。


 術式は読めるが、何を確かめるためにその荷へ使ったのかが分からない。エリアスは帳面を戻して、もうしばらく女の手元を見た。


 女が荷をいくつか確かめるあいだ、エリアスも一つずつ使い方を予想した。規則はありそうなのに、使うと思ったところで使わない。


「さっきから何見てるの?」


 声をかけられ、エリアスは顔を上げた。


 先ほど風の魔法を使っていた女が、少し離れたところに立っていた。


 年はエリアスより少し上だろうか。


 作業用の服を着て、腰には縄や金具を下げている。


 働いている途中なのだろう。片手には荷札の束があった。


「仕事」


「見れば分かるでしょ」


「そうじゃなくて、今の魔法」


 女が眉を上げる。


「魔法?」


「箱の前で使ってたやつ。風を見てただろ」


「ああ」


 反応が軽い。


 本人にとっては、その程度のものらしい。


「何のために?」


「運ぶから」


「それは分かる」


「じゃあいいじゃない」


「よくない。さっきの箱には使って、その横の袋には使わなかった」


 女が少し黙った。


 それからエリアスを見る。


「……そんなところまで見てたの?」


「気になった」


「変な人」


「よく言われる」


 本当によく言われる。


 魔法を追いかけて町の裏まで入り、畑で作業を眺め、船の上では船乗りに質問を浴びせた。


 今さらだった。


「旅の魔法使い?」


「ああ。エリアス」


「ネリス」


 女――ネリスは荷札を持ったまま名乗った。


「ここで働いてるのか?」


「見れば分かるでしょ」


「それ、気に入ってる?」


「使いやすいから」


 少し笑われた。


 エリアスも笑う。


 悪くない。


 顔も好みだった。


 仕事をしている女はいい。


 しかも魔法まで面白い。


 かなりいい。


「で、なんで使い分けた?」


「荷が違うから」


「その二つ、そこまで違わないだろ」


「違うよ」


「どこが?」


 ネリスが革袋と木箱を交互に見る。


「……どこって言われても」


「そこを知りたい」


「運ぶときに困るかどうか」


「何を見て決める?」


「見れば分かる」


「戻ったな」


 ネリスが吹き出した。


「だって、本当にそうなんだもの」


 仕事を続けるうちに覚えた判断を、言葉にするのは難しいのかもしれない。オスカーやバルクに聞いたときも、最初は何を尋ねられているのか分からない顔をされた。それでも、ネリスが風の術式を使う前に見ているものを知りたい。


「この荷、どこまで運ぶんだ?」


「周辺の集落。遠いところもあるよ」


「馬車?」


 ネリスは首を傾げた。


「私たちが運ぶ」


 エリアスも一瞬だけ黙った。


 それから納得する。


「ああ。飛ぶのか」


「必要ならね」


 町の中では人の姿で荷をまとめる。


 そして、運ぶときには本来の身体を使う。


 エリアスは作業場を見回した。


 人の手で荷札を確かめ、縄と金具でまとめた荷を、竜の身体で運ぶ。ここで見た小さな魔法がその飛行にどう関わるのか、少しずつつながり始めた。


「明日も仕事ある?」


「あるけど」


「最初から見せてくれ」


「最初から?」


「荷を選ぶところから。まとめて、確認して、運ぶまで」


 ネリスが怪訝そうにエリアスを見る。


「そこまで見てどうするの?」


「魔法を調べる」


「こんなのを?」


「こんなのがいいんだよ」


 即答すると、ネリスは目を丸くした。


「もっとすごい魔法、知ってるんじゃないの?」


「知ってる」


 大賢者アドルフ・ヴァイスの弟子として、大規模な術式も攻撃や防御、移動の魔法も学んだ。だが目の前の木箱に、ネリスが風を使った理由は知らない。


「俺が知りたいのは、これ」


 エリアスが木箱を指す。


「なんでそこで使うのか。なんで使わないことがあるのか。それを知らないまま術式だけ書いても、たぶん足りない」


 ネリスはしばらく黙っていた。


 それから、少しだけ口元を上げる。


「大賢者の弟子って、もっと偉そうな人かと思ってた」


「偉いぞ」


「自分で言うんだ」


「強いし、頭もいいし、そのうち本も売れて金持ちになる予定だ」


「最後だけ予定なんだ」


「そこはこれから」


 ネリスがまた笑った。


「分かった。明日の朝、ここに来て」


「何時?」


「朝から」


「雑だな」


「見れば分かるんでしょ?」


「それ俺に返す?」


 今度は二人とも笑った。


 ネリスは荷札を軽く振ると、仕事へ戻っていった。


 エリアスはその背中を見送る。


 美人だった。


 それはそれとして。


 視線を荷物へ戻す。


 風を読み、位置を確かめ、荷の揺れを抑える。どれも単独なら難しくないが、使う順番と条件はまだ分からない。明日は荷をまとめるところから運ぶところまで見て、ネリスに聞こう。


 エリアスは帳面を開いた。


 今日読めた術式は覚えている。その場では仕事の流れを一行だけ記して、帳面を閉じた。


 明日、最初から見る。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。