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大賢者の弟子は、忘れられた魔法を拾いに行く  作者: Atelier Lotus文庫
第七章 異なる暮らし

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第34話 暮らしから読む

 滞在最後の日、エリアスは宿の部屋に帳面を何冊も広げていた。


 窓の外から朝の荷車の音が聞こえる。次の町へ出る前に、昨日持ち帰った織物と焼き物の記録を並べ直すことにした。


「……増えたな」


 机の上には、雪国で取った記録、エルフ族の町で取った織物の記録、そしてドワーフ族の町で取った焼き物の記録が並んでいる。


 旅の初めに書いた頁にも、術式だけでなく、その土地の使い手や暮らしのことは残っている。ただ、比較するときはまず魔力の流れや発動方法、出力を見て、似た術式を隣に並べていた。今もその方法は役に立つ。


「これはこれで必要なんだよな」


 エリアスは、焼き物の町で使われていた熱操作の記録を開く。


 熱を移し、偏りを減らし、急激な温度変化を防ぐ術式には、構造の似たものがある。アウローラで学んだ方法で同じ系統に並べれば、共通する部分と異なる部分が見やすくなった。


「でも、これだけじゃ足りない」


 隣へ、織物の記録を置く。


 織物の頁にも、似た術式がある。しかしミレナは使う工程や目的が違えば仕事を分け、術式が別でも一枚の布を仕上げる手順としてつなげていた。バルクもまた、器と窯を前にして別の分け方をしている。


「術式で分けるのと、仕事で分けるのは別……」


 エリアスは新しい紙を一枚出し、仕事や生活の場面、工程、使う順番の欄を作る。ミレナの言葉を写そうとして筆を止めた。


「あと……使う側がどう見てるか、か」


 同じ技術として扱う範囲と、別物だと区別する理由も欄に加えた。守りたいものと失敗したときに失うものは、バルクの器を思い出しながら書き込む。


「……多いな」


 思わず笑う。


 また帳面が厚くなるし、論文を書く手間も増える。魔導書にまとめるなら、なおさらだった。


「でも、こっちの方が面白いんだよな」


 術式だけを書いて終わるより、ずっと分かる。


 なぜその魔法がその形で使われているのか。なぜそれ以上強くしないのか。なぜ同じように見える魔法を、使う者は別物として扱うのか。


 逆に、なぜ違う魔法を一つの仕事としてまとめるのか。


 そこまで分かった方が面白いし、読む側にも役に立つはずだ。


「ちゃんと使い方まで分かる魔導書……」


 エリアスは少し考えた。


「売れそうだな」


 口元が緩む。


 読者が術式とともに現地の使い方まで読めれば、ただ魔法を並べた本より役に立つ。エリアスが旅先で苦労して聞いたことにも、値打ちがつくはずだ。


「大賢者の最後の弟子が、旅先で拾った魔法を暮らしごと書いた本を出す」


 悪くない。


「売れる。金になる。有名になる」


 そこまで言ってから、もう一つ指を立てた。


「モテる」


 完璧だった。


     ◯


 昼前までかけて、エリアスは記録を並べ直した。


 織物と焼き物では、仕事の内容がまったく違う。使う素材も道具も違えば、魔法が守っているものも違っていた。


 エルフ族とドワーフ族だから違う、と二つの帳面から結論づける気はない。ミレナは自分の仕事場しか知らないと言ったし、バルクが見せたのはあの窯での仕事だ。エリアスはそれぞれの町と使い手を記録の見出しに残した。


「じゃあ、種族の違いを見るんじゃなくて……」


 エリアスは筆先で紙を軽く叩いた。


「まず、その人がどう暮らしてるかを見る」


 そこから魔法を見る。


 誰が、どこで、何の仕事に使うのか。どの工程で使い、何を守り、どう使い分けているのか。


 それを見たうえで術式を解析する。


「こっちの方が順番いいな」


 新しい魔法を見たら、これからも術式へ目が向くだろう。ミレナにもバルクにも、そうして最初に声をかけた。けれど、頁へ書くときは、使う人の仕事や土地のことを先に確かめておきたい。


 エリアスは新しい記録用の紙へ項目を書き写していく。


 これから先は、この形で記録する。


 そう決めた。


 ふと、織物の町で使った帳面が目に入った。


 そこにはミレナの名前も残っている。


「ミレナか」


 仕事中に何度も面倒くさいと言われたことや、一緒に食事をしたこと、酒を飲んだことを思い出す。そして、今夜だけと互いに分かったうえで、一夜を過ごしたことも。


 楽しかったし、綺麗な女だった。


 もう少し一緒にいたかった、とまでは思わない。旅を止める理由にもならない。


「また会ったら、酒くらい飲みたいな」


 それくらいだった。


 次に会える保証もないし、それで困るわけでもない。


 良い夜だった。その記憶も、旅の中へ持っていけばいい。


 エリアスは帳面を閉じた。


     ◯


 荷物をまとめて宿を出る。


 町を出る前に、バルクの仕事場へ寄った。


 昨日焼いた器が、店先へいくつか並んでいる。


「もう行くのか」


「ああ。見たいものは見た」


「昨日あれだけ騒いで、今日はあっさりだな」


「旅人だからな」


「そうだったな」


 バルクは器を一つ布で拭いている。


 エリアスはそれを覗き込んだ。


「昨日の?」


「ああ」


「ちゃんと売れる?」


「売る。全部駄目になるよりずっとましだ」


「俺のおかげだな」


「半分くらいな」


「少なくない?」


「判断したのは俺たちだ」


「魔法使ったのは俺だぞ」


「じゃあ半分だろ」


 言われて、エリアスは笑った。


「それでいいか」


「珍しく素直だな」


「俺も昨日、同じこと考えてたから」


 あの短い時間には、バルクたちの窯を見る目と、エリアスの細かな魔法の両方が役立った。半分ずつという言い分にも、今なら笑って頷ける。


「じゃあな」


「ああ。また妙な魔法見つけてこい」


「そのつもり」


 仕事場を離れる。


 通りには人が多く、店先から料理の匂いがしてきた。


 エリアスは少し足を止める。


「……昼、食ってから出るか」


 急ぐ旅ではない。


 ちょうど近くの店から、若い女性が料理を運び出してきた。


 エリアスの視線がそちらへ向く。


 綺麗だった。


「…………」


 女性と目が合った。


「何?」


「いや。昼飯うまい?」


「自分で食べれば?」


「じゃあ食べる」


 反応まで悪くない。


 エリアスはそのまま店へ入った。


 料理を待つあいだ、エリアスは窯の記録を読み返した。書く項目は増えたが、腹が減ればまず飯を食いたいし、酒も飲みたい。金と名声も欲しい。目の前を綺麗な女が通れば、やはり目で追ってしまう。


     ◯


 午後、エリアスは町を出た。


 鞄の中には、新しく整理し直した帳面が入っている。以前よりずっと書く項目が多くなり、面倒にはなった。


 だが、これから見る魔法は、きっと今までよりもっと分かる。


 術式を読む手は止めない。その前後に、土地の暮らしと使い手の仕事を記す欄が加わった。次の土地で魔法を見つけたら、さっそく使ってみるつもりだった。


「よし」


 街道の先を見る。


 まだ知らない土地があり、知らない暮らしがあり、知らない魔法がある。


 次に待つのは、竜たちの暮らす土地だ。


 どんな魔法があり、どんなふうに使っているのか。


 考えただけで、少し足が速くなる。


「次は何があるかな」


 エリアスはいつものようにそう呟き、一人で次の土地へ向かって歩き出した。


 

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