第34話 暮らしから読む
滞在最後の日、エリアスは宿の部屋に帳面を何冊も広げていた。
窓の外から朝の荷車の音が聞こえる。次の町へ出る前に、昨日持ち帰った織物と焼き物の記録を並べ直すことにした。
「……増えたな」
机の上には、雪国で取った記録、エルフ族の町で取った織物の記録、そしてドワーフ族の町で取った焼き物の記録が並んでいる。
旅の初めに書いた頁にも、術式だけでなく、その土地の使い手や暮らしのことは残っている。ただ、比較するときはまず魔力の流れや発動方法、出力を見て、似た術式を隣に並べていた。今もその方法は役に立つ。
「これはこれで必要なんだよな」
エリアスは、焼き物の町で使われていた熱操作の記録を開く。
熱を移し、偏りを減らし、急激な温度変化を防ぐ術式には、構造の似たものがある。アウローラで学んだ方法で同じ系統に並べれば、共通する部分と異なる部分が見やすくなった。
「でも、これだけじゃ足りない」
隣へ、織物の記録を置く。
織物の頁にも、似た術式がある。しかしミレナは使う工程や目的が違えば仕事を分け、術式が別でも一枚の布を仕上げる手順としてつなげていた。バルクもまた、器と窯を前にして別の分け方をしている。
「術式で分けるのと、仕事で分けるのは別……」
エリアスは新しい紙を一枚出し、仕事や生活の場面、工程、使う順番の欄を作る。ミレナの言葉を写そうとして筆を止めた。
「あと……使う側がどう見てるか、か」
同じ技術として扱う範囲と、別物だと区別する理由も欄に加えた。守りたいものと失敗したときに失うものは、バルクの器を思い出しながら書き込む。
「……多いな」
思わず笑う。
また帳面が厚くなるし、論文を書く手間も増える。魔導書にまとめるなら、なおさらだった。
「でも、こっちの方が面白いんだよな」
術式だけを書いて終わるより、ずっと分かる。
なぜその魔法がその形で使われているのか。なぜそれ以上強くしないのか。なぜ同じように見える魔法を、使う者は別物として扱うのか。
逆に、なぜ違う魔法を一つの仕事としてまとめるのか。
そこまで分かった方が面白いし、読む側にも役に立つはずだ。
「ちゃんと使い方まで分かる魔導書……」
エリアスは少し考えた。
「売れそうだな」
口元が緩む。
読者が術式とともに現地の使い方まで読めれば、ただ魔法を並べた本より役に立つ。エリアスが旅先で苦労して聞いたことにも、値打ちがつくはずだ。
「大賢者の最後の弟子が、旅先で拾った魔法を暮らしごと書いた本を出す」
悪くない。
「売れる。金になる。有名になる」
そこまで言ってから、もう一つ指を立てた。
「モテる」
完璧だった。
◯
昼前までかけて、エリアスは記録を並べ直した。
織物と焼き物では、仕事の内容がまったく違う。使う素材も道具も違えば、魔法が守っているものも違っていた。
エルフ族とドワーフ族だから違う、と二つの帳面から結論づける気はない。ミレナは自分の仕事場しか知らないと言ったし、バルクが見せたのはあの窯での仕事だ。エリアスはそれぞれの町と使い手を記録の見出しに残した。
「じゃあ、種族の違いを見るんじゃなくて……」
エリアスは筆先で紙を軽く叩いた。
「まず、その人がどう暮らしてるかを見る」
そこから魔法を見る。
誰が、どこで、何の仕事に使うのか。どの工程で使い、何を守り、どう使い分けているのか。
それを見たうえで術式を解析する。
「こっちの方が順番いいな」
新しい魔法を見たら、これからも術式へ目が向くだろう。ミレナにもバルクにも、そうして最初に声をかけた。けれど、頁へ書くときは、使う人の仕事や土地のことを先に確かめておきたい。
エリアスは新しい記録用の紙へ項目を書き写していく。
これから先は、この形で記録する。
そう決めた。
ふと、織物の町で使った帳面が目に入った。
そこにはミレナの名前も残っている。
「ミレナか」
仕事中に何度も面倒くさいと言われたことや、一緒に食事をしたこと、酒を飲んだことを思い出す。そして、今夜だけと互いに分かったうえで、一夜を過ごしたことも。
楽しかったし、綺麗な女だった。
もう少し一緒にいたかった、とまでは思わない。旅を止める理由にもならない。
「また会ったら、酒くらい飲みたいな」
それくらいだった。
次に会える保証もないし、それで困るわけでもない。
良い夜だった。その記憶も、旅の中へ持っていけばいい。
エリアスは帳面を閉じた。
◯
荷物をまとめて宿を出る。
町を出る前に、バルクの仕事場へ寄った。
昨日焼いた器が、店先へいくつか並んでいる。
「もう行くのか」
「ああ。見たいものは見た」
「昨日あれだけ騒いで、今日はあっさりだな」
「旅人だからな」
「そうだったな」
バルクは器を一つ布で拭いている。
エリアスはそれを覗き込んだ。
「昨日の?」
「ああ」
「ちゃんと売れる?」
「売る。全部駄目になるよりずっとましだ」
「俺のおかげだな」
「半分くらいな」
「少なくない?」
「判断したのは俺たちだ」
「魔法使ったのは俺だぞ」
「じゃあ半分だろ」
言われて、エリアスは笑った。
「それでいいか」
「珍しく素直だな」
「俺も昨日、同じこと考えてたから」
あの短い時間には、バルクたちの窯を見る目と、エリアスの細かな魔法の両方が役立った。半分ずつという言い分にも、今なら笑って頷ける。
「じゃあな」
「ああ。また妙な魔法見つけてこい」
「そのつもり」
仕事場を離れる。
通りには人が多く、店先から料理の匂いがしてきた。
エリアスは少し足を止める。
「……昼、食ってから出るか」
急ぐ旅ではない。
ちょうど近くの店から、若い女性が料理を運び出してきた。
エリアスの視線がそちらへ向く。
綺麗だった。
「…………」
女性と目が合った。
「何?」
「いや。昼飯うまい?」
「自分で食べれば?」
「じゃあ食べる」
反応まで悪くない。
エリアスはそのまま店へ入った。
料理を待つあいだ、エリアスは窯の記録を読み返した。書く項目は増えたが、腹が減ればまず飯を食いたいし、酒も飲みたい。金と名声も欲しい。目の前を綺麗な女が通れば、やはり目で追ってしまう。
◯
午後、エリアスは町を出た。
鞄の中には、新しく整理し直した帳面が入っている。以前よりずっと書く項目が多くなり、面倒にはなった。
だが、これから見る魔法は、きっと今までよりもっと分かる。
術式を読む手は止めない。その前後に、土地の暮らしと使い手の仕事を記す欄が加わった。次の土地で魔法を見つけたら、さっそく使ってみるつもりだった。
「よし」
街道の先を見る。
まだ知らない土地があり、知らない暮らしがあり、知らない魔法がある。
次に待つのは、竜たちの暮らす土地だ。
どんな魔法があり、どんなふうに使っているのか。
考えただけで、少し足が速くなる。
「次は何があるかな」
エリアスはいつものようにそう呟き、一人で次の土地へ向かって歩き出した。




