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大賢者の弟子は、忘れられた魔法を拾いに行く  作者: Atelier Lotus文庫
第七章 異なる暮らし

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第33話 同じ魔法ではない

 翌朝、エリアスが仕事場へ着いたときには、窯の前ですでに何人かが動いていた。


「今日は遅くねえな」


 バルクが言う。


「昨日、遅れるなって言われたからな」


「言われなきゃ遅れるのか」


「場合による」


「信用ならんな」


 そう言いながらも、バルクは窯の前を顎で示した。


「今日は中を見るだけじゃねえぞ。火を入れたら、途中で勝手に開けたり止めたりできねえ」


「分かってる」


「本当に?」


「そこまで馬鹿じゃない」


「昨日、仕事場へ入る前に許可聞くの忘れてた奴が言うか」


「それは別問題だろ」


 バルクは鼻で笑った。


 窯の中には、すでに器が並べられている。皿や壺、杯など、大きさも形も違い、厚みのあるものもあれば薄いものもあった。


 置くだけでも、考えることがありそうだった。


「置き方も関係ある?」


「当然だ」


「どこでも同じじゃない?」


「同じなわけあるか」


 即答だった。


 エリアスは帳面を開く。


 バルクが器の厚みや形、土の具合を確かめながら置き場所を指す。火の入り方と熱の溜まり方が場所ごとに違うという。エリアスは窯に魔力が流れる前から帳面を開いていた。


「これ、全部覚えてるのか?」


「毎回同じじゃねえ」


「じゃあ経験?」


「経験だけでもない。今日の窯は今日の窯だ」


「面白いな」


「お前、それ言っとけばいいと思ってるだろ」


「本当に面白いんだよ」


 バルクはもう何も言わなかった。


 慣れたらしい。


     ◯


 火が入ってしばらくすると、窯の周囲には熱が溜まり始めた。近づきすぎれば肌が焼けるように熱い。それでもバルクたちは窯の様子を見ながら、何度も位置を変えている。


 エリアスは職人たちの動きと魔力の流れを交互に追った。バルクは昨日話したとおり、局所的な操作だけで熱を逃がし、別の場所へ流し、必要なところには留めている。


 魔法式だけならすぐに分かるし、再現もできる。


 だが、使う瞬間までは読めなかった。


「今の、なんで?」


 エリアスが聞く。


「何がだ」


「右側だけ熱を逃がしただろ」


「上がりすぎた」


「どこ見て判断した?」


「窯の熱の回り方」


「だから、それをどこで」


「全部だ」


「全部?」


「火も見る。音も見る。煙も見る。中の置き方も覚えてる」


「魔力は?」


「それも見る」


 エリアスは少し黙った。


 エリアスなら魔法で内部の熱の分布を探れる。だが、分布が見えても、いま熱を動かすべきかは分からない。海では風を読み、雪道では方角を確かめた。そのときと同じように、窯で得た情報を仕事へつなぐのはバルクたちだった。


「……なるほどな」


「今度は何だ」


「いや。やっぱり同じだなと思って」


「何が同じなんだ」


「情報が分かっても、判断までは勝手についてこない」


 バルクは一瞬だけエリアスを見た。


「当たり前だろ」


「そうなんだよな」


 その当たり前を、何度も旅先で突きつけられている。


 エリアスは帳面へ書き込んだ。


     ◯


 昼を過ぎた頃だった。


「……待て」


 バルクの声が低くなる。


 空気が変わった。


 さっきまで軽口を返していた職人たちも、一斉に窯を見る。


「どうした?」


「流れが変だ」


 バルクが窯の横へ回る。


 別の職人がしゃがみ込み、壁際を確認した。


「石がずれてる」


「どこ?」


「下だ」


 エリアスも視線を向ける。


 窯の通風に使われている石の一つが、わずかに位置を変えていた。


 崩れてはいないが、片側へ熱が溜まり始めているのはエリアスにも分かった。


「動かす?」


 すぐに聞いた。


「待て」


 バルクが止める。


「でも、このままだと偏りが広がるぞ」


「分かってる」


「なら――」


「今動かしたら、もっと崩れるかもしれねえ」


 エリアスは口を閉じた。


 石を動かし、壁を支え、溜まった熱を逃がすことはできる。しかし、どこを先に触り、どこまで熱を逃がせば器が無事で済むのか。窯を見ているバルクの返事を待つあいだ、エリアスは手を下ろした。


「バルク」


「ああ」


「指示してくれ」


 バルクが振り向く。


「できるのか?」


「動かすのも、支えるのも、熱を触るのもできる。細かくやれる」


「どこまで細かい?」


「指一本分より細かくても」


「本当か?」


「試す?」


「今は冗談言ってる場合じゃねえ」


「俺も本気だよ」


 バルクは数秒だけ考え、それから窯を見る。


「まず、石は動かすな」


「分かった」


「こっちの熱だけ少し逃がせるか?」


「どこまで?」


「半分もいらねえ。ほんの少しだ」


「時間は?」


「ゆっくり。急に変えるな」


「了解」


 エリアスは窯へ向けて魔力を伸ばし、熱へ直接触れた。


 広く動かさず、指定された一部だけへ作用させる。


 じわじわと、熱の流れを変える。


「もっと弱く」


「これより?」


「そうだ」


「分かった」


 さらに絞る。


 弱く、狭く、その位置に留める。バルクの指示どおりに魔力の流れを細くすると、熱の動きがさらに緩やかになった。エリアスにはまだ十分な余裕がある。


 別の職人が窯の様子を見ながら声を上げた。


「戻ってきた」


「まだだ」


 バルクが言う。


「エリアス、そのまま」


「了解」


 しばらくすると、熱の偏りが少し緩んだ。


「次だ」


 バルクが石を指す。


「ここをほんの少しだけ戻す」


「どっちへ?」


「左。いや、待て」


 バルクが別の職人と短く言葉を交わす。


 エリアスは石に触れず、二人の判断を待った。


「……よし。左へ。これくらいだ」


 バルクが指で幅を示す。


「それだけ?」


「それだけだ」


「分かった」


 エリアスは魔力を石へ絡ませた。


 周囲へ余計な力をかけず、浮かせるほどでもなく、位置だけをほんのわずかにずらしていく。


「止めろ」


 バルクの声で、即座に止めた。


「そこだ」


「これで?」


「ああ」


 見た目では、ほとんど変化が分からない。だが、熱の流れは確かに変わっていた。


「次、下を支えろ」


「どこ?」


「そこ」


「範囲は?」


「石二つ分」


「分かった」


 エリアスは魔力を固定し、窯の壁へ余計な負担をかけないよう、必要な箇所だけを支える。熱も動かしすぎない。


 バルクたちが窯を見る。状態を判断し、必要な指示を出す。


 エリアスはその指示を受け、正確に魔法を使った。


 それを何度か繰り返したところで、バルクが長く息を吐いた。


「……よし」


「終わり?」


「今はな」


 職人たちの肩から力が抜ける。


 エリアスも魔法を解いた。


「器は?」


「まだ分からん。焼き上がるまでな」


「全部駄目ってことは?」


「たぶんねえ」


「ならよかった」


 エリアスは窯を見る。


 エリアス一人でも石は動かせたが、あの熱の中でどこまで触るかは決められなかった。バルクたちには判断があっても、短い時間に熱と石をあれほど細かく動かす手が足りない。窯の前には、両方が要った。


「便利だな、お前」


 バルクが言う。


「もっと褒めていいぞ」


「調子に乗るからやめとく」


「もう乗ってる」


「じゃあ意味ねえな」


 バルクが笑った。


     ◯


 焼き上がった器を確認できたのは、かなりあとになってからだった。


 すべてが無傷というわけではない。それでも、駄目になった数はバルクたちが最初に心配したほどではなかった。


「残ったな」


「ああ」


 バルクは器を一つ持ち上げ、光へかざす。


「助かった」


「俺も面白かった」


「普通はそこで、どういたしましてだろ」


「それも言っとく。どういたしまして」


「遅えよ」


 仕事が落ち着いたあと、エリアスは隅に座って帳面を開いた。


 今日エリアスが使ったのは、熱を移し、石を動かし、窯を支える三つの術式だ。それぞれ違う魔法でも、バルクの指示のもとでは、焼いている器を守る一続きの仕事になった。


 昨日までの帳面には、同じ熱操作を乾燥中と焼成中に使い分ける話もある。織物の記録を開くと、ミレナも似た術を工程ごとに別の仕事として扱っていた。エリアスは二冊の頁を並べた。


「……同じ魔法じゃないんだな」


「何が?」


 近くにいたバルクが聞く。


「俺から見れば、同じ系統の術式に見えるやつでもさ」


「だから?」


「暮らしの中じゃ、同じとは限らない」


 エリアスは帳面へ新しい線を引いた。


 術式と出力、使用環境、工程の欄に加え、使い手自身が一つの仕事として扱う範囲に印をつけた。なぜ区別するのかも、バルクに聞いた言葉で書く。失敗すれば器が割れるという話は、今日の窯を見たあとでは書き落とせなかった。


「増えたな」


 バルクが帳面を覗き込む。


「何が?」


「書くこと」


「旅に出た頃よりずっと増えた」


「面倒じゃねえのか」


「面倒だよ」


「じゃあ減らせ」


「嫌だ」


「なんでだ」


「その方が分かるから」


 エリアスは笑った。


 アウローラで学んだ体系があるから、二つの術式を比べ、構造の違いを説明できる。一方、窯を救ったときに三つの術をどの順に使ったかは、バルクたちの判断を聞かなければ記せなかった。両方を載せた頁の方が、エリアスにもずっと面白く見えた。


「よし」


 エリアスは帳面を閉じた。


「何がよしなんだ」


「また調べ方が増えた」


「お前、本当に面倒な奴だな」


「知ってる」


 窯の近くには、無事に焼き上がった器が並んでいる。


 それを見てから、エリアスは織物の帳面を隣に置いた。窯の熱がまだ肌に残っている。明日の朝、糸と器の記録を並べれば、また違いが見つかりそうだった。

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