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大賢者の弟子は、忘れられた魔法を拾いに行く  作者: Atelier Lotus文庫
第七章 異なる暮らし

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第32話 土と窯の町

 ミレナの町を離れてから、エリアスはまた一人で街道を進んだ。


 鞄の帳面には、糸の張りを整える術、湿り気を動かす術、素材にかかる負担を逃がす術が記してある。魔法式は難しくない。けれど記録を開くと、ミレナがどの工程で使い、何を別の仕事として扱っていたかまで思い出せた。


「次も同じとは限らないよな」


 歩きながら呟く。


 ミレナはあの仕事場の布と糸について教えてくれた。別の土地なら素材も道具も違うだろうし、何を必要とするかも変わる。エリアスは次の町で確かめるつもりだった。


     ◯


 次に入った町では、土の匂いがした。


 正確には、濡れた土と、焼けた土と、薪の煙が混ざった匂いだった。


 町の中を歩くと、店先や家の前に皿や壺、杯、水差しといった器が並んでいる。飾りの少ないものもあれば、表面へ細かな模様が刻まれたものもあった。


「焼き物か」


 通りにはドワーフ族の姿が多い。エリアスは店先の器を眺めながら、この町では焼き物が仕事になっているらしいと考えた。なら、その手元に魔法があるかもしれない。


 エリアスは一軒の仕事場の前で足を止めた。


 戸口の向こうには、棚いっぱいに成形途中の器が並んでいる。その奥で、一人の男が器の縁を整えていた。


 ドワーフ族の男だった。


 年齢までは分からない。太い指で器を持っているが、動きは驚くほど細かい。そして、その手元から魔力が流れた。


「……水分か?」


 エリアスが呟くと、男が顔を上げた。


「何だ?」


「今、器に魔法使っただろ?」


「使ったが」


「見せてもらっていい?」


「もう見てるじゃねえか」


「あ」


 前の町でも似たようなことを言われた。エリアスは戸口へ一歩戻った。


「仕事場、入っていい?」


「順番がおかしいぞ」


「最近それをよく言われる」


「だろうな」


 男は鼻で笑った。


「邪魔しねえなら勝手にしろ」


「助かる」


 エリアスはすぐに帳面を取り出した。


「名前は?」


「バルク」


「俺はエリアス」


「それで、何が見たい」


「今の魔法」


「本当にそれだけか」


「今のところは」


「変な奴だな」


 それも最近よく言われる。


 バルクは作業台の上から、まだ柔らかさの残る器を一つ取った。


「こいつは、このまま乾かすと場所によって水の抜け方が偏る」


「割れる?」


「割れることもある。歪むこともある」


 バルクが器の側面へ指を当てる。


 弱い魔力が流れた。


 エリアスはその構造を見る。水分を抜く魔法だが、作用は本当にわずかだった。


「この強さなのは理由があるんだろ?」


 バルクが片眉を上げた。


「もっと強くできると思ったか?」


「できる」


「じゃあ、なんでやらねえ」


「壊れるからだろ」


「分かってるじゃねえか」


「前に似たようなの見たからな」


 エリアスは帳面を開いた。


 乾燥を急がせるのではなく、場所による乾き方の差を減らし、必要以上に水分を奪わない。その働きなら術式から読めた。


「いつ使う?」


「今みたいなときだ」


「もっと詳しく」


「面倒な奴だな」


「それもよく言われる」


 バルクは器を棚へ戻した。


「形を作ってすぐ全部にやるわけじゃねえ。土の具合を見る。厚さも見る。天気でも変わる」


「同じ器でも?」


「同じ形でも同じ土とは限らねえだろ」


「なるほど」


 エリアスはすぐに書き込んだ。


 エリアスは術式と出力、対象に加えて、土の状態、器の厚さ、乾燥段階を聞きながら記した。工程の欄にもすぐ筆を走らせる。


 バルクが帳面を覗き込んだ。


「そんな細かいことまで書くのか?」


「細かいところが面白い」


「魔法使いってのは分からんな」


「俺を基準に魔法使い全部を考えない方がいいぞ」


「自分で言うか」


「大事だからな」


 エリアスは笑った。


     ◯


 仕事場の奥に、火を落とした窯があった。その周りにもいくつか魔法の痕跡が残っていて、エリアスは足を止めた。


「ここでも使うのか?」


「ああ」


 バルクは窯の側面を軽く叩いた。


「焼いてる途中で熱が偏ることがある」


「それを動かす?」


「必要ならな」


「どのくらい?」


「そのとき次第だ」


「それじゃ分からない」


「お前、そればっかりだな」


「知りたいから仕方ない」


 バルクがため息をつく。


 それでも追い出しはしなかった。


「強く動かせばいいってもんじゃねえ。急に熱を変えりゃ、中のもんが駄目になる」


「少しずつ?」


「少しずつだ」


 エリアスは術式の痕跡を追った。


 熱を移し、局所的な温度差を小さくする。構造だけを見るなら、それほど特殊な魔法ではない。だが、重要なのはどの時点で使うのかということらしい。


「乾かしてる途中にも熱を触る?」


「触ることはある」


「焼いてる途中にも?」


「ああ」


「焼き終わったあとも?」


「必要ならな」


 同じような熱操作が何度も出てくる。エリアスは筆を止めた。


「全部、似たような魔法?」


「似てるって何がだ」


「熱を動かすところ」


「仕事は違うぞ」


 すぐに返ってきた。


 エリアスは思わず笑った。


「やっぱりそうか」


「何がおかしい」


「前の町でも似たこと言われた」


「前の町?」


「織物を見てた。術式が似てても、使う工程が違えば別の仕事だって」


「そりゃそうだろ」


 バルクにとっては当然らしい。


 エリアスは窯を見る。


 乾燥中なら水分の抜け方を整え、焼いているあいだは熱の偏りを抑える。焼き終えてからは、器が急に冷えないようにする。魔法式を並べれば同じ系統だが、窯の前では使う時点ごとに判断が要った。


「じゃあ、逆にこれ」


 エリアスは棚の器を指した。


「乾かすとき、水分も触るし、熱も触るだろ?」


「ああ」


「魔法としては別だけど、仕事としては?」


「乾かす仕事だ」


「やっぱり」


 水分と熱では術式の系統が違う。それでもバルクには、一つの器を乾かすための仕事だった。ミレナの織物でも似た区別を見たが、扱う素材も道具も、失敗したときに壊れるものも違う。この二つの仕事場を見ただけで種族の習慣とは言えない。エリアスはバルク自身の言葉として帳面へ書いた。


「面白いな」


「さっきからそれしか言ってねえぞ」


「面白いんだから仕方ないだろ」


「安上がりな奴だな」


「酒と飯と女には金かかるぞ」


 バルクが手を止めた。


「急に何の話だ」


「安上がりじゃないって話」


「知らん」


 呆れたように言われた。


 エリアスは笑いながら帳面へ書き続ける。


 魔法式と出力に続けて工程を書き、バルクが一つの仕事と考える範囲にも印をつける。帳面の項目がまた増えた。面倒だが、器がどうできるかまで追えるのは面白かった。


「で、窯を実際に使うのはいつ?」


「明日だ」


 エリアスが顔を上げる。


「明日?」


「ああ。朝から焼く」


「見ていい?」


「また一日いる気か」


「そのつもり」


「暇なのか?」


「旅の目的だよ」


 バルクはしばらくエリアスを見た。


「お前、何者だ?」


「旅の魔法使い」


「それだけじゃねえだろ」


「大賢者アドルフ・ヴァイスの最後の弟子」


 バルクの眉が上がった。


「……先に言え」


「聞かれなかったから」


「普通は言うだろ」


「言ったら仕事見せてくれる?」


「別に変わらん」


「じゃあ同じだろ」


「そういう問題か?」


 バルクは頭を掻いた。


 それから窯を見る。


「明日は火を入れるところからだ。途中で帰るなら見る意味ねえぞ」


「帰らない」


「熱いぞ」


「魔法使いにそれ言う?」


「窯仕事を知らねえ奴には言う」


 エリアスは少しだけ黙った。


 それから笑う。


「なるほど。じゃあ聞いとく」


「素直なのか生意気なのか分からんな」


「両方じゃない?」


「自分で言うな」


 また同じようなことを言われた。


 エリアスは帳面を閉じる。


 今日は器を作り、乾かし、状態を整えるところまで見た。明日は火が入った窯の前で、バルクが何を見て魔法を使うのか確かめられる。


「じゃあ、明日。朝から来る」


「遅れるなよ」


「最近それも言われたな」


「知らん」


 仕事場を出ると、夕方の町に薪の煙が漂っていた。


 エリアスは宿へ向かいながら、今日の記録を頭の中で並べ直す。


 織物と焼き物。どちらの仕事でも、術式の類似だけでは使い手の区別が分からなかった。窯で火を扱う瞬間、バルクが何を見て決めるのかは、まだ聞いていない。


「明日だな」


 窯へ火が入れば、もっと分かる。


 そう思うと、もう明日の朝が楽しみだった。



 

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