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大賢者の弟子は、忘れられた魔法を拾いに行く  作者: Atelier Lotus文庫
第四章 冒険者の街

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第19話 またどこかで

 その夜の酒は、予想どおり美味かった。


「だから、あそこで俺が言っただろ。まだ撃つなって」


「聞いてたよ」


「聞いてた顔じゃなかった」


 ガレスが杯を置きながら睨む。


「今にも撃ちそうな顔してたぞ」


「でも撃たなかっただろ」


「そこは褒めてやる」


「偉い」


「自分で言うな」


 テーブルの向こうで、イネスが笑った。酒場には仕事を終えた冒険者たちの声が飛び交っている。


 肉の焼ける匂いと酒の匂い、笑い声に椅子を引く音。ついさっきまで危険区域を歩いていたのが、遠いことのようだった。


「それより、あの魔法よ」


 イネスがエリアスを指さした。


「三つ一緒に使って、そのあと普通に別の魔法撃ってたでしょ」


「普通ではないと思うぞ」


 ガレスが言う。


「俺もそう思う」


 別の冒険者も頷いた。


「大賢者の弟子って、みんなああなのか?」


「みんなって、俺以外知らないけど」


「参考にならねえな」


「師匠ならもっとすごいよ」


 一瞬、全員が黙った。


「……もういい」


 ガレスが酒を飲む。


「比べる相手を間違えた」


 エリアスも杯を傾けた。


 喉を通る酒が気持ちいい。大型魔物を倒したのも悪くないが、仕事を終えて皆で飲めるのがよかった。全員が無事で荷物も届き、報酬は明日出る。飲む理由なら十分すぎる。


「でも本当に助かったわよ」


 イネスが言う。


「あなたがいなかったら、あれを倒すんじゃなくて、隊商を逃がすことだけ考えてたでしょうね」


「それでも仕事は成功?」


「全員生きて荷物を通せれば成功」


「魔物を倒さなくても?」


「討伐依頼じゃないもの」


「やっぱりそこなんだな」


 エリアスは頷いた。


 冒険者たちは最初から、魔物を倒せるかより、頼まれた仕事を果たせるかで動いていた。


「何よ。また何か考えてる?」


「魔法のこと」


「でしょうね」


「足跡拾いも、火守りも、草鳴らしもさ」


 エリアスは指を折る。


「別に強い魔法じゃない」


「失礼ね」


「褒めてる」


「そう聞こえないけど?」


「でも残ってる。今も使われてる」


 足跡を追い、夜を越し、周囲を見張って危険を避ける。戦う前にも、生きて帰るための仕事はいくつもある。そのために魔法は削られ、足され、使いやすい形で残ってきたのだろう。


 家や畑、家畜のそばで使う農村の魔法とは、道の上で必要になることが違った。


「仕事の中で形が決まってるんだな」


 エリアスが呟く。


「また難しい顔してる」


「面白い顔」


「そんな顔ある?」


「今してる」


 イネスが笑った。


 エリアスも笑う。


 今すぐ紙を取り出したかったが、酒場の真ん中で始めれば怒られそうだった。今日は飲もう。記録は明日でも逃げない。


     ◯


 夜が深くなるにつれて、一人、また一人と席を立った。


「俺は寝る」


 ガレスも立ち上がる。


「明日の手続き忘れるなよ」


「分かってる」


「お前に言ってるんだ、エリアス」


「なんで俺だけ?」


「金の話は忘れないだろうけどな」


「絶対忘れない」


「だろうな」


 ガレスは呆れながら酒場を出ていった。


 気づけば、テーブルに残っているのはエリアスとイネスだけになっていた。


 酒はまだ少し残っている。二人とも飲んでいたが、話す声も目つきもはっきりしていた。


「みんな帰ったわね」


「帰ったな」


「あなたは?」


「まだ飲める」


「私も」


 イネスが杯を持ち上げる。


 軽く触れ合わせた。


 乾いた音が鳴る。


 それから二人で飲み、今度は仕事以外の話をした。エリアスが歩いた土地、イネスの好きな依頼、まずい飯や虫の出た宿。綺麗な景色を見た帰りに、雨でずぶ濡れになった話には二人で笑った。


「ずっと旅してるの?」


「今のところは」


「飽きない?」


「知らない魔法がある限りは」


「本当にそればっかりね」


「金も女も好きだよ」


「知ってる」


「酒も」


「それも知ってる」


 イネスが頬杖をつく。


「じゃあ今、何が一番気になる?」


「難しい質問だな」


「そう?」


 エリアスは少し考えた。


 酒も魔法も明日の報酬も大事だ。けれど、今は。


「今はイネスかな」


 イネスの目が少し細くなった。


「それ、口説いてる?」


「今度は全部」


「さっきは半分だったのに?」


「増えた」


「何が?」


「色々」


 イネスは少しだけ笑った。


 だが、今度は軽く流さなかった。


「私も」


「何が?」


「最初は、女の顔ばっかり見てる変な魔法使いだと思ってた」


「ひどいな」


「今もそこは変わってない」


「もっとひどい」


「でも」


 イネスの指が、テーブルの上をゆっくり滑った。


 エリアスの手のすぐ近くで止まる。


「思ってたより、ずっと一緒に仕事しやすかった」


「それは褒めてる?」


「かなり」


 エリアスが手を動かすと、指先が触れた。どちらも退かなかった。


「そろそろ店、閉まるって」


 イネスが店の奥を見る。


「みたいだな」


「帰る?」


 問いかけながら、彼女の手は離れない。


 エリアスは少し笑った。


「一人で?」


 イネスも笑った。


「そこまで言わせる?」


「確認は大事だろ」


「冒険者らしくなったじゃない」


「見習いだからな」


 イネスが立ち上がった。


「じゃあ、来る?」


「行く」


     ◯


 夜の街は、昼より静かだった。それでも酒場の多い通りにはまだ灯りが残り、遅くまで飲んでいる声がどこかから聞こえてくる。


 イネスはエリアスの隣を歩いていた。


 歩くたびに肩が触れたが、避けるどころか、どちらからともなく少し近づいていた。


「ねえ」


「ん?」


「本当に分かりやすいわよね、あなた」


「何が?」


「美人が好き」


「好き」


「即答」


「嘘つく理由ないだろ」


「じゃあ私は?」


 エリアスは足を止めた。


 イネスも止まる。


「美人」


「それだけ?」


「腕がいい」


「それから?」


「一緒にいて楽しい」


 イネスが黙る。エリアスも言葉を継がず、彼女の顔を見た。


 少しだけ距離が縮まる。


 イネスがエリアスの胸元を軽く掴んだ。


「合格」


「何の?」


「知らない」


 そのまま引かれた。


 唇が重なる。


 いったん離れて顔を見合わせると、どちらも笑っていた。


「もう一回?」


「聞くの?」


「確認」


「いらない」


 今度はイネスから口づけた。


 エリアスの腕が彼女の背へ回る。


 昨夜、装備の留め具を直されたときとは違う。仕事中ではなく、互いに近づきたくて触れていた。


 少し長い口づけのあと、イネスが額を肩へ預けた。


「宿、どっち?」


「あっち」


「近い?」


「かなり」


「それはいいわね」


 二人はまた歩き始めた。


     ◯


 宿の部屋へ入ると、イネスが扉を閉めた。


 装備を外す音が、小さく響く。


 エリアスも杖を壁へ立てかける。


「それ置くんだ」


「今はいらないだろ」


「やっと魔法より私が勝った?」


「今だけなら」


「そこはずっとって言いなさいよ」


「嘘になる」


「最低」


 言いながら、イネスは笑っていた。


 エリアスも笑う。


 また距離がなくなる。


 今度の口づけは、酒場を出たときより長かった。


 腕を回して互いを引き寄せるうちに、笑い声は静まり、言葉も途切れた。やがて灯りが落ちる。


 その夜は、誰かへの礼でも仕事の報酬でもない。二人が望んだから、一緒に過ごした。


     ◯


 翌朝。


 目を覚ましたエリアスは、隣から伸びてきた腕に顔を押された。


「重い」


「朝から失礼ね」


「起きてたの?」


「今起きた」


 イネスが腕を引っ込める。


 髪は少し乱れていた。


 エリアスはそれを見て、素直に言った。


「朝も美人だな」


「本当にぶれないわね」


「褒めてる」


「知ってる」


 互いに気まずさも後悔もない。何か約束を交わす空気でもなく、エリアスにはそれが心地よかった。


「今日、出るの?」


 イネスが尋ねる。


「報酬もらって、記録をまとめたら」


「早いわね」


「知らない魔法が待ってるかもしれない」


「そうだったわね」


「イネスは?」


「次の仕事探す」


「そっちも早いな」


「冒険者だから」


 顔を見合わせて笑った。


     ◯


 報酬の袋は、受け取ると気持ちのいい重さがした。


「よし」


「嬉しそうね」


「働いたからな」


「遠慮とかないの?」


「なんで?」


「ないわよね」


 イネスが笑う。


 ガレスたちもそれぞれ報酬を受け取り、一時パーティは本当にこれで終わりになった。


 エリアスはその場で旅鞄から紙を取り出した。


「まだ何かあるのか?」


 ガレスが嫌そうな顔をする。


「最後に確認」


「やっぱり始まった」


 足跡拾い、火守り、草鳴らし。誰から習い、どんなときに使い、使わないのはどんなときか。使い手によって変えるところも、何度か聞き直して記録を埋めた。


 そして最後に、少し考える。


 土地に合わせて形を変える魔法、暮らしに根づいた魔法、使い手ごとに少しずつ違う魔法。それらを見てきたエリアスの前に、今度は冒険者の仕事の中で使い続けられてきた魔法がある。


 エリアスは紙へ書き込んだ。


 ――職業の中で生まれた魔法。


「何それ?」


 横からイネスが覗き込む。


「今回のやつ」


「足跡拾いとか?」


「そう。強いから残ったんじゃなくて、冒険者が仕事をするのに便利だったから残った魔法」


「へえ」


「こういうの、他の仕事にもありそうだな」


 考えるだけで面白い。


 どんな仕事があり、そこでどんな魔法が使われているのか。


 まだ知らないものはいくらでもありそうだった。


 エリアスは満足して紙をしまった。


     ◯


 街門の前まで来たところで、イネスが足を止めた。


「本当に行くのね」


「行くよ」


「引き止めても?」


「困る」


「即答ね」


「イネスも来ないだろ?」


「行かない」


「だろ?」


 二人とも笑った。


 一緒に働き、大型魔物と戦い、酒を飲み、同じ夜を過ごした。それでも、これから同じ道を歩き続けると決めたわけではない。二人とも、それを分かっていた。


「じゃあ」


 イネスが手を上げる。


「またどこかで会ったら飲みましょ」


「今度も奢るの俺?」


「当然」


「じゃあ稼いどく」


「期待してる」


 エリアスも手を上げた。


「またな、イネス」


「またね、エリアス」


 悪くない別れだった。


 エリアスは街門を抜ける。


 背負った旅鞄には、また新しい紙が増えていた。


 足跡拾い。


 火守り。


 草鳴らし。


 そして、職業の中で生まれた魔法という新しい見方。


 少し歩いてから、エリアスは一度だけ振り返った。


 街はもう人混みの向こうに沈み始めている。


「さて」


 前を向く。


 街道はまだ先へ続いていた。


 どこへ行けば、次の知らない魔法があるのか。


 それを考えるだけで、足取りは自然と軽くなった。


 

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エリアスとイネスがこの夜、灯りを落としてから朝を迎えるまで、もう少しだけ何をしていたのか。


本編では描写を省いた成人向け部分を、ノクターンノベルズにて別作品として掲載しています。


『大賢者の弟子は、旅先の夜を拾っていく』


第2夜「共闘のあとの夜」


18歳以上で、二人の夜の続きが気になる方は、そちらもお楽しみください。


なお、成人向け部分を読まなくても、本編の物語には問題なく続けていただけます。

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