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大賢者の弟子は、忘れられた魔法を拾いに行く  作者: Atelier Lotus文庫
第四章 冒険者の街

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第15話 冒険者の街

 丘を越えたところで、街が見えた。エリアスは足を止め、思わず目を細める。


 ここしばらく巡っていた農村や小集落とは、まず大きさが違った。高い外壁の向こうに屋根が幾重にも重なり、そのさらに奥では煙突から細い煙がいくつも伸びている。街へ続く道には荷馬車が列を作り、徒歩の旅人に混じって、剣や槍を背負った人間の姿が目立った。


 すれ違う一団の荷車には、巨大な獣の牙らしきものまで括りつけられている。


「おお……」


 最近は洗濯物だの鍋だの畑だのばかり見ていた。


 もちろん、それはそれで面白かった。旅鞄の中には泥離しについてまとめた論文だけでなく、布あおぎ、火均し、蔵風、畝ほぐしについて書き込んだ紙まで増えている。


 だが、ここは明らかに違う。武器、革鎧、傷だらけの盾に泥のついた長靴。武装した連中が、牙を積んだ荷馬車と一緒に妙に機嫌よく街へ帰っていく。


「冒険者の街か」


 悪くない。いや、かなりいい。


 知らない魔法がありそうだし、飯も酒もありそうだ。それに人がこれだけいるなら、旅費を稼ぐ仕事にも困らないだろう。


 エリアスは機嫌よく坂を下った。


     ◯


 街へ入った途端、耳に飛び込んでくる音まで変わった。


 金属を打つ音。馬のいななき。荷車の車輪。呼び込みの声。通りの端では、血の跡がまだ残っている毛皮を商人が値踏みしている。


 飲食店も多く、肉を焼く匂いにエリアスの足がそちらへ向きかけた。昼飯には少し早いが、食べてはいけない理由もない。


 それでも、まずは仕事だ。金を稼いでから食えば、もっと気分がいい。


 旅人や冒険者向けの依頼を扱う建物は、探すまでもなく見つかった。出入りしている人間の大半が武装している。


 中へ入ると、壁には紙が何枚も貼られていた。


 採取、荷運び、周辺の警戒、魔物討伐、護衛。エリアスは一通り眺め、自然と報酬額の大きい紙で目を止めた。


「これ、悪くないな」


 街道を進む隊商の護衛だった。


 この先にある危険区域を抜けるまで同行する仕事で、最近は大型の魔物が周辺に出ているらしい。遭遇した場合には、安全確保または討伐も求められる。


 報酬も悪くない。


 旅の方向とも大きくずれていなかった。


「これにするか」


 申し出ると、単独での依頼ではなく、その場で他の冒険者と組むことになった。


 エリアスとしても異論はない。


 護衛の経験などほとんどないのだから、経験者がいるならありがたい。


 待ち合わせ場所へ行くと、先に三人ほど集まっていた。


 一番目についたのは、肩幅の広い男だった。使い込まれた剣と盾を持ち、装備にも余計な飾りがない。


 男はエリアスを見ると、まず杖と荷物へ目をやった。


「魔法使いか?」


「そう」


「護衛は?」


「ほとんど初めて」


 正直に答えると、男は少しだけ眉を上げた。


「ずいぶん堂々と言うな」


「知らないものを知ってるふりしても仕方ないだろ」


「それはそうだ」


 男は短く笑った。


「ガレス。今回は俺が前をまとめる」


「エリアス」


 握手を交わす。


 その横から、別の声がした。


「ねえ」


 振り向く。


 女だった。


 旅装の上から軽い防具を身につけ、腰には短めの刃物。長い武器を振り回すタイプには見えない。身軽さを優先した格好で、立っているだけでも周囲をよく見ているのが分かった。


 そして、美人だった。


 エリアスの視線が一瞬だけ止まる。


 女が片眉を上げた。


「今、装備見てた?」


「途中から顔を見てた」


「正直ね」


「美人だったから」


 ガレスが隣で小さく息を吐いた。


 女は呆れた顔をしたものの、怒ってはいなかった。


「イネス」


「エリアス」


「それはさっき聞いた」


「じゃあもう覚えてくれたな」


「忘れにくそうではあるわね」


 悪くない反応だった。


 エリアスは少しだけ口元を緩める。


 美人で、話も早い。


 かなり好みだ。


 ただ、今は仕事が先だった。


 ガレスが残りの面子も含めて役割を確認していく。


 イネスは斥候。追跡と索敵を担当するらしい。


 ガレスがエリアスへ向き直った。


「で、魔法は何が使える?」


「何が必要?」


「いや、だから得意なのを聞いてる」


 エリアスは少し考えた。得意と言われると、かえって難しい。


「大体は使える」


「一番信用しにくい答えが来たな」


「師匠に一通り叩き込まれたから」


「師匠?」


「アドルフ・ヴァイス」


 空気が止まった。


 ガレスが黙る。


 イネスもこちらを見る。


「……アドルフ・ヴァイスって」


「たぶん今考えてるやつで合ってる。俺、最後の弟子」


 数秒の沈黙のあと、ガレスが額を押さえた。


「先に言え」


「聞かれなかった」


「普通は言うだろ」


「肩書を言いながら歩く趣味はない」


 イネスが吹き出した。


「大賢者の弟子が、さっきから女の顔見てるんだけど」


「大賢者の弟子でも美人は見る」


「そこは変わらないのね」


「師匠から女を見るなとは習ってない」


「何を習ったのよ」


「魔法」


「でしょうね」


 ガレスが咳払いした。


「……話は分かった。ただ、肩書だけで隊商の役割は決められん。悪いが、一つ見せてくれ」


「いいよ。何をすればいい?」


 ガレスは足元に転がっていた拳ほどの石を拾い、少し離れた地面へ置いた。


「あれを割れるか?」


「それだけ?」


「まずはな」


 エリアスが石へ指先を向ける。


 ほんの一瞬、魔力が収束した。


 次の瞬間、細く絞られた風が石の中央を正確に打ち抜く。


 石は弾け飛ぶこともなく、乾いた音を立てて二つに割れた。


 ガレスは割れた石とエリアスを交互に見た。


「……十分だ」


「そう?」


「威力より、あれだけ絞って外さない方が分かりやすい」


 ガレスは改めてエリアスを見た。


「戦えるなら助かる。大型が出たら火力はお前に頼むことになる」


「分かった」


「ただ、道中はこっちの判断に従ってくれ。護衛は魔物をぶっ飛ばせば終わりって仕事じゃない」


 エリアスは素直に頷いた。


「そのつもり。護衛についてはそっちの方が詳しい」


 ガレスは少し意外そうな顔をしたが、すぐに頷き返した。


「なら問題ない」


 エリアスとしても、本当にそのつもりだった。


 魔法と戦闘には自信がある。だが、荷馬車の並べ方も、休む場所の選び方も、危険な場所での人の配置も知らない。そこは経験者に任せる方が早いし、楽だった。


     ◯


 出発前、隊商の荷馬車が通りへ並べられていった。


 エリアスは自分の荷物を確認したあと、少し離れた場所でイネスがしゃがみ込んでいることに気づいた。


 地面へ指先を近づけ、何かを探しているらしい。ごく小さく魔力が動いた瞬間、エリアスは足を止めた。


「今の、何?」


 イネスが顔を上げる。


「何って?」


「魔法」


「ああ、これ?」


 もう一度。


 地面へ弱い魔力が流れた。


 強い術ではない。土を動かすわけでも、何かを浮かび上がらせるわけでもない。それでも魔法式は確かに組まれていて、エリアスの知る探知魔法とは少し違っていた。


 エリアスの知っている探知魔法とは考え方が違う。


「何を見る魔法?」


「跡」


「跡?」


「荷車とか、人とか、獣とか。何がどっちへ動いたか見るときに使うの」


 イネスはそれだけ言って立ち上がった。


「詳しく知りたい?」


「かなり」


「仕事中に暇があったらね」


「絶対聞く」


「さっきまで私の顔見てたのに?」


「美人と魔法なら両方見る」


「忙しい人ね」


 イネスは笑って、隊商の先頭へ歩いていった。


 エリアスはその背中を見送り――すぐに地面へ視線を落とした。


 今の術は、戦闘用ではない。農村で見てきた家事や農作業の魔法とも違い、追跡という冒険者の仕事のために使われている。


「……そんなのまであるのか」


 思わず笑う。


 旅鞄の中には、すでに何枚もの記録が入っている。


 だが、まだ足りないらしい。


 隊商が動き始めた。


 エリアスは慌てて顔を上げ、イネスたちの後を追う。


 街門の向こうには、危険区域へ続く街道が伸びていた。


 その道の上にも、まだ自分の知らない魔法が落ちているらしかった。

 

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