↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/37

第27話 別ルートで買えるらしい

 第三層の昇降機ホールに、紙が一枚貼ってある。


『第三ダンジョン第三層 区画A-7およびB-1における作物の販売・譲渡は停止されています(日本ダンジョン管理協会 環境保全部)』


 その前に、探索者が三人立っていた。


「なんでだよ」

 いちばん若いのが言った。二十代前半で、装備は中古の寄せ集めだ。

「なんかあったのか」

「知らねえよ。昨日はなかった」

「食って腹壊したやつがいるとか、そういうのか」

「聞いたことねえな」


 三人とも、四か月のうちに何度か買いに来た顔だ。

 いちばん年上の男が、貼り紙の下に書かれた小さい文字を読み上げた。

「食品衛生上の検査が完了していないため、って」

「検査すりゃいいじゃん」

「誰が金出すんだよ」

 それきり、三人とも黙った。


  ◇


 その日から、第三層に人が来なくなった。


 もともと誰も来ない層だ。四か月だけ、少し人が通った。それが元に戻っただけとも言える。


 だが、元に戻ったのは通行量だけではなかった。


  ◇


 第五層。


 午後三時、二十七歳の探索者が壁にもたれて座っていた。


 名前は出さない。掲示板に書かれることもなかった。

 彼は装備の留め具を外そうとして、三度失敗する。指が開かない。四か月ぶりの感覚だ。


 春までは、これが普通だった。五層から上がるときは必ずこうなる。だから缶を開けるのに時間がかかる。それがこの仕事だと思っていた。


 六月から、それがなくなる。

 留め具が一度で外れるようになって、彼は自分が上手くなったのだと考えた。


 九月になって、また指が開かない。


  ◇


 彼は上手くなっていなかった。

 消耗しなくなっていただけだ。


 そのことに、彼は上がる途中で気づいた。

 気づいたところで、どうにもならない。貼り紙には販売停止と書いてあって、いつまでとは書いていない。


  ◇


  1187 名無しの探索者

  三層の畑、販売停止になったの知ってた?


  1188 名無しの探索者

  マジか

  なんで


  1189 名無しの探索者

  協会の掲示に貼ってあった

  食品としての検査を受けてないからだと


  1190 名無しの探索者

  いや検査してねえのは知ってたけど

  今さらか?


  1191 名無しの探索者

  >>1190

  会見で名前出たろ

  公になったから動いたんだよ


  1192 名無しの探索者

  役所ってそういうとこあるよな

  誰も見てないうちは放置


  1193 名無しの探索者

  困るんだよなあ

  俺、六月から五層の滞在時間二割伸びてたんだけど、今週戻った


  1194 名無しの探索者

  >>1193

  俺も

  プラシーボだと思ってたけど、無くなってから分かるやつ


  1195 名無しの探索者

  これ地味にやばくない?

  浅層で稼いでる層が全員影響受けるぞ


  1196 名無しの探索者

  協会は分かってんのか


  1197 名無しの探索者

  分かってたら止めねえだろ


  ◇


  1203 名無しの探索者

  ところで

  三層の野菜、別ルートで買えるらしいぞ


  1204 名無しの探索者

  は?


  1205 名無しの探索者

  通販

  「第三ダンジョン産」で出てる


  1206 名無しの探索者

  >>1205

  URL


  1207 名無しの探索者

  貼っていいのか分からんから伏せるけど

  産地:東京都板橋区(第三ダンジョン浅層)って書いてある


  1208 名無しの探索者

  畑の人が自分で売ってんの?


  1209 名無しの探索者

  >>1208

  停止されてるって貼り紙あるのに?


  1210 名無しの探索者

  値段が三倍なんだが


  1211 名無しの探索者

  三倍でも買うわ

  指が動かねえほうが困る


  1212 名無しの探索者

  在庫ありって書いてある

  停止されてるのに在庫あるのおかしくね?


  1213 名無しの探索者

  >>1212

  言われてみれば


  ◇


 大牟田源治は、その書き込みを第五層の休憩所で読んでいた。


 彼の在庫は、まだあった。

 規制が出る前に、割れたものや形の悪いものをまとめてもらっていた。冷蔵庫に入れて、一日一つずつ食べている。


 残り四つ。


 通販のページを開いた。

 写真が出ている。木箱に入ったトマトが並んでいて、背景が白い。撮影スタジオの写真だ。


 大牟田はその写真をしばらく見ている。


 あの兄ちゃんの畑に、こんな背景はない。灰白色の地面と、単管の架台と、吊ったLEDしかない。木箱は使っているが、あれは八百屋からもらった中古で、角が欠けている。

 それに、あの兄ちゃんが写真を撮っているところを、大牟田は見たことがなかった。撮るのはいつも、あの配信の子だ。


  ◇


 「産地:東京都板橋区(第三ダンジョン浅層)」


 嘘ではない、と大牟田は思った。

 第三ダンジョンは板橋にある。浅層は一層から十層までだ。


 嘘ではないが、あの兄ちゃんの畑は三層だけだ。


  ◇


 大牟田は携帯を閉じて、缶コーヒーを買った。


 昇降機で上がって、第三層に寄る。

 畑には誰もいない。時間が遅い。トンネルの中でLEDだけが点いていて、豆の葉が三十センチの高さに並んでいる。

 水路の音がしていた。四か月前は、この層は無音だった。


 置き手紙をしようとして、紙を持っていないことに気づいた。


 携帯を出して、メッセージを打った。


『兄ちゃん、通販で三層産って売ってるやつ、あんたのか』


 送信して、しばらくホールで待つ。

 返事は来なかった。


  ◇


 その夜、俺は日雇いの倉庫にいた。


 携帯は更衣室のロッカーに入れていて、見たのは二十三時過ぎだ。

 メッセージに気づいて、通販のページを開く。


 写真を見て、すぐに分かった。


 ヘタの形が違う。俺のところのは、ヘタが五枚に割れて反り返る。品種のせいだ。写真のは六枚あって、反っていない。

 もう一つ。断面の写真が載っている。ゼリー部分が多い。うちのは少ない。窒素をやっていないから、果肉の壁が厚くなる。

 三つ目。並べ方だ。写真のトマトは大きさが揃っている。うちのは揃わない。同じ株の同じ房でも、日当たりで二割は違う。揃えるには選別するしかなくて、選別すると残りが出る。残りの行き先が書いていない。


 別のものだ。


  ◇


 返信を打った。


『違います』


 打ってから、その三文字を消した。


 違う、と書いたところで、俺には何もできない。

 販売元に連絡する手段はある。だが「これは私の作物ではない」と主張するには、俺の作物であることを証明する何かが要る。証明する何かを、俺は持っていない。

 産地を書く欄が、この国のどこにも存在しないからだ。


 打ち直した。


『俺のではありません。ヘタの形が違います』


 既読がついた。

 しばらくして、返事が来た。


『じゃあ誰のだ』


  ◇


 俺はその質問に、答えを持っていなかった。


 持っていなかったが、心当たりはあった。


 第八層に試験区画を借りたと、あの人は言っていた。

 第八層の灰土を握ったかと聞いたら、そういうのは現場の子がやるだろう、と返ってきた。


 携帯を伏せて、工程表を出した。


 B-1三番畝の欄に、今日の含水率を書く。二十三パーセント。三日かけて戻ってきた。

 根は、たぶん助かる。


 助かるものと、助からないものが、同時に走っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。