第27話 別ルートで買えるらしい
第三層の昇降機ホールに、紙が一枚貼ってある。
『第三ダンジョン第三層 区画A-7およびB-1における作物の販売・譲渡は停止されています(日本ダンジョン管理協会 環境保全部)』
その前に、探索者が三人立っていた。
「なんでだよ」
いちばん若いのが言った。二十代前半で、装備は中古の寄せ集めだ。
「なんかあったのか」
「知らねえよ。昨日はなかった」
「食って腹壊したやつがいるとか、そういうのか」
「聞いたことねえな」
三人とも、四か月のうちに何度か買いに来た顔だ。
いちばん年上の男が、貼り紙の下に書かれた小さい文字を読み上げた。
「食品衛生上の検査が完了していないため、って」
「検査すりゃいいじゃん」
「誰が金出すんだよ」
それきり、三人とも黙った。
◇
その日から、第三層に人が来なくなった。
もともと誰も来ない層だ。四か月だけ、少し人が通った。それが元に戻っただけとも言える。
だが、元に戻ったのは通行量だけではなかった。
◇
第五層。
午後三時、二十七歳の探索者が壁にもたれて座っていた。
名前は出さない。掲示板に書かれることもなかった。
彼は装備の留め具を外そうとして、三度失敗する。指が開かない。四か月ぶりの感覚だ。
春までは、これが普通だった。五層から上がるときは必ずこうなる。だから缶を開けるのに時間がかかる。それがこの仕事だと思っていた。
六月から、それがなくなる。
留め具が一度で外れるようになって、彼は自分が上手くなったのだと考えた。
九月になって、また指が開かない。
◇
彼は上手くなっていなかった。
消耗しなくなっていただけだ。
そのことに、彼は上がる途中で気づいた。
気づいたところで、どうにもならない。貼り紙には販売停止と書いてあって、いつまでとは書いていない。
◇
1187 名無しの探索者
三層の畑、販売停止になったの知ってた?
1188 名無しの探索者
マジか
なんで
1189 名無しの探索者
協会の掲示に貼ってあった
食品としての検査を受けてないからだと
1190 名無しの探索者
いや検査してねえのは知ってたけど
今さらか?
1191 名無しの探索者
>>1190
会見で名前出たろ
公になったから動いたんだよ
1192 名無しの探索者
役所ってそういうとこあるよな
誰も見てないうちは放置
1193 名無しの探索者
困るんだよなあ
俺、六月から五層の滞在時間二割伸びてたんだけど、今週戻った
1194 名無しの探索者
>>1193
俺も
プラシーボだと思ってたけど、無くなってから分かるやつ
1195 名無しの探索者
これ地味にやばくない?
浅層で稼いでる層が全員影響受けるぞ
1196 名無しの探索者
協会は分かってんのか
1197 名無しの探索者
分かってたら止めねえだろ
◇
1203 名無しの探索者
ところで
三層の野菜、別ルートで買えるらしいぞ
1204 名無しの探索者
は?
1205 名無しの探索者
通販
「第三ダンジョン産」で出てる
1206 名無しの探索者
>>1205
URL
1207 名無しの探索者
貼っていいのか分からんから伏せるけど
産地:東京都板橋区(第三ダンジョン浅層)って書いてある
1208 名無しの探索者
畑の人が自分で売ってんの?
1209 名無しの探索者
>>1208
停止されてるって貼り紙あるのに?
1210 名無しの探索者
値段が三倍なんだが
1211 名無しの探索者
三倍でも買うわ
指が動かねえほうが困る
1212 名無しの探索者
在庫ありって書いてある
停止されてるのに在庫あるのおかしくね?
1213 名無しの探索者
>>1212
言われてみれば
◇
大牟田源治は、その書き込みを第五層の休憩所で読んでいた。
彼の在庫は、まだあった。
規制が出る前に、割れたものや形の悪いものをまとめてもらっていた。冷蔵庫に入れて、一日一つずつ食べている。
残り四つ。
通販のページを開いた。
写真が出ている。木箱に入ったトマトが並んでいて、背景が白い。撮影スタジオの写真だ。
大牟田はその写真をしばらく見ている。
あの兄ちゃんの畑に、こんな背景はない。灰白色の地面と、単管の架台と、吊ったLEDしかない。木箱は使っているが、あれは八百屋からもらった中古で、角が欠けている。
それに、あの兄ちゃんが写真を撮っているところを、大牟田は見たことがなかった。撮るのはいつも、あの配信の子だ。
◇
「産地:東京都板橋区(第三ダンジョン浅層)」
嘘ではない、と大牟田は思った。
第三ダンジョンは板橋にある。浅層は一層から十層までだ。
嘘ではないが、あの兄ちゃんの畑は三層だけだ。
◇
大牟田は携帯を閉じて、缶コーヒーを買った。
昇降機で上がって、第三層に寄る。
畑には誰もいない。時間が遅い。トンネルの中でLEDだけが点いていて、豆の葉が三十センチの高さに並んでいる。
水路の音がしていた。四か月前は、この層は無音だった。
置き手紙をしようとして、紙を持っていないことに気づいた。
携帯を出して、メッセージを打った。
『兄ちゃん、通販で三層産って売ってるやつ、あんたのか』
送信して、しばらくホールで待つ。
返事は来なかった。
◇
その夜、俺は日雇いの倉庫にいた。
携帯は更衣室のロッカーに入れていて、見たのは二十三時過ぎだ。
メッセージに気づいて、通販のページを開く。
写真を見て、すぐに分かった。
ヘタの形が違う。俺のところのは、ヘタが五枚に割れて反り返る。品種のせいだ。写真のは六枚あって、反っていない。
もう一つ。断面の写真が載っている。ゼリー部分が多い。うちのは少ない。窒素をやっていないから、果肉の壁が厚くなる。
三つ目。並べ方だ。写真のトマトは大きさが揃っている。うちのは揃わない。同じ株の同じ房でも、日当たりで二割は違う。揃えるには選別するしかなくて、選別すると残りが出る。残りの行き先が書いていない。
別のものだ。
◇
返信を打った。
『違います』
打ってから、その三文字を消した。
違う、と書いたところで、俺には何もできない。
販売元に連絡する手段はある。だが「これは私の作物ではない」と主張するには、俺の作物であることを証明する何かが要る。証明する何かを、俺は持っていない。
産地を書く欄が、この国のどこにも存在しないからだ。
打ち直した。
『俺のではありません。ヘタの形が違います』
既読がついた。
しばらくして、返事が来た。
『じゃあ誰のだ』
◇
俺はその質問に、答えを持っていなかった。
持っていなかったが、心当たりはあった。
第八層に試験区画を借りたと、あの人は言っていた。
第八層の灰土を握ったかと聞いたら、そういうのは現場の子がやるだろう、と返ってきた。
携帯を伏せて、工程表を出した。
B-1三番畝の欄に、今日の含水率を書く。二十三パーセント。三日かけて戻ってきた。
根は、たぶん助かる。
助かるものと、助からないものが、同時に走っていた。




