第15話 行列の先頭が、探索者じゃない
畑の入口に、三人並んでいた。
全員が探索者で、全員が気まずそうにしている。先頭の男が、こちらに気づいて背筋を伸ばした。
「あの。ここで、野菜を」
「配ってはいますが」
「買いたいんです」
二番目の女性が、前の男の肩越しに顔を出した。
「三層の畑の人ですよね。掲示板の」
「掲示板は見ていないので、分かりません」
三人が顔を見合わせた。
◇
値段を決めていなかった。
トキさんの店には、向こうが決めた値で卸している。安く買い叩いたりしないと言われたときに、そのまま任せた。相場を知らないからだ。
だが、ここで直接売るとなると、俺が決めるしかない。
思い出したのは、まるとみの店先に出ていた値札だった。中玉トマト、四個で三百二十円。
「一個八十円です」
三人が固まった。
「……安すぎませんか」
「そうですか」
「いや、あの、これ、その辺のと違うでしょう」
「同じトマトです」
灯が横から割り込んできた。
「悠真さん、それ絶対安いです」
「相場が分からないので」
「じゃあ倍にしましょう」
「根拠がないので、やめておきます」
結局、八十円のままにした。
三人は千円札を出して、釣りは要らないと言って、押しつけるように置いていった。
残された千円札を、俺は三枚とも封筒に入れた。トキさんから卸で入る額の三倍だ。何かが間違っているのだが、どこが間違っているのかは分からない。
◇
その日から、人が来るようになった。
多い日で十二人。少ない日で四人。
全員が浅層で稼いでいる層の探索者で、装備が古い人ほど、まとめて買っていく。
俺は収穫のたびに、その場で選別している。
「これは三日以内に食べてください。実が柔らかいので」
「これは生で。加熱すると香りが飛びます」
「これは追熟させたほうがいい。二日、常温で置いてください」
一人ずつ、違うことを言っている。作物が違うから、言うことも違う。
灯がカメラを回しながら笑った。
「悠真さん、営業向いてないですよ」
「そうですか」
「値段より、その説明のほうが長いです」
◇
葉物が採れ始めた。
小松菜と、水菜と、サラダ用の葉レタス。カブの間に播いておいたものが、二十日で収穫サイズになっている。露地なら四十日はかかる。
葉物は魔素との相性がいい。生育期間が短いぶん、馴致から収穫までの回転が速い。
葉物を最初に抜いた日、灯がしゃがんだまま動かなくなった。
「どうしました」
「いや。緑が、増えたなと思って」
言われて区画を見渡した。二か月前、ここには色が一つもなかった。
欠点は、日持ちしないことだ。
「これ、どのくらい持ちますか」
「二日です」
「二日」
「地上に上げると、劣化が速いんです。層内では止まってるんですけど」
これは、ここ数日で分かったことだった。
収穫した葉物を層内に置いておくと、三日経ってもしおれない。地上に持って上がると、翌日には端が茶色くなる。
理屈はまだ分からない。魔素の濃い環境では、切り離された植物体の代謝も維持されているのかもしれない。
工程表の余白に書いた。『層内保管 劣化遅延 要検証』。
◇
夕方、トキさんの店に四十個を届けた。
店先に、行列ができていた。
俺は木箱を抱えたまま、五メートル手前で足を止めた。
並んでいるのは、十一人。
全員が、探索者ではなかった。
買い物かごを持った五十代くらいの女性。制服の高校生。スーツ姿の男。ベビーカーを押した若い母親。
この人たちは、ダンジョンに一度も入ったことがないだろう。魔素という言葉を、たぶんニュースでしか聞いたことがない。
「おう、来た来た」
トキさんが店の中から手招きした。
「早くしとくれ。うちのが売り切れちまう」
◇
木箱を渡すと、トキさんはその場で開けて、一番上の一つを取った。
包丁で割って、断面を客に見せる。
「見なよ。芯が白い」
並んでいた女性が覗き込んだ。
「ほんとだ。緑が入ってないね」
「入ってないんだよ。窒素をやってないから、葉に行かないで実に来てんの」
トキさんは割ったのを八つに切り分けて、爪楊枝を刺して、列に配り始めた。
「食べてごらん」
高校生が一つ取って、口に入れた。
噛んで、それから隣の連れの腕を掴んだ。
「え、なにこれ」
その声が、列の後ろまで届いた。
後ろのほうで、誰かが「あたしも」と言った。ベビーカーの母親が片手を挙げている。トキさんは切り分ける手を止めずに、次の一つに包丁を入れた。
四十個は、二十分で終わった。
最後の三個を、トキさんは自分の分として取り置きもしなかった。
◇
空になった木箱を抱えて、店の脇に立っていた。
「あんた」
トキさんが前掛けで手を拭きながら出てきた。
「明日、六十できるかい」
「無理です」
「じゃあ五十」
「四十が限界です」
トキさんは腕を組んで、俺の顔を見た。
「畑、狭いのかい」
「狭いです」
「広げりゃいいだろ」
「電気が足りないので」
言ってから、自分でその言葉を聞いた。
畝は二本。長さ八メートル。三十アールのうちの、〇・〇九アール。
借りている面積の、三百分の一しか使っていない。
使えない理由は、光がないからだ。光を足すには発電機が要る。発電機は中古で十八万する。
封筒の中を数えた。
この十日で入ったのが、六万八千円。トキさんからの卸が四万、直販が二万八千。
足りない。あと十一万ある。
◇
帰り道、灯が横を歩きながら言った。
「悠真さん。区画って、隣も空いてますよね」
「空いてます」
「借りたら、どうなるんですか」
「面積が二倍になります」
「じゃあ借りましょうよ」
「電気が足りません」
灯は少し歩いてから、また言った。
「あの。あたし、二十分の動画、四万回いったんですけど」
「はい」
「収益、出るんですよ。少しですけど」
俺は足を止めた。
「受け取りません」
「そう言うと思いました」
灯は先に歩き出して、振り返らずに続けた。
「じゃあ、貸します」
「同じです」
「同じじゃないです。返してもらいますから」
「利息は」
「取ります。トマトで」
「相場が分かりません」
「あたしも分かんないです」
灯は先を歩きながら、片手を振った。断られるのを分かっていて言った、という振り方だった。
◇
その夜、区画図を広げた。
A-7の東隣に、B-1がある。三十アール。同じく借り手はいない。
二区画で月額十一万。今の八万から、三万増える。
電卓を叩いた。
直販と卸を合わせて、月商はいま二十万に届くかどうか。固定費が十一万になると、日雇いを週三に増やさないと回らない。
ペンを置いて、天井を見上げた。
もう一台の発電機。あと十一万。
金の話ばかりしている。土の話をしていたはずなのに。
工程表の余白に、こう書いた。
『B-1 拡張 要検討/電力 三・〇 → 六・〇kW』
その下に、少し迷ってから、もう一行を足す。
『火野さんに、借りない』
書いてから、線で消した。
消してから、また書き直した。




