9話
第六異特級ダンジョンの最下層付近。
順調に攻略が進んでいた矢先、如月のポケットで電子音が鳴り響いた。
慌てて取り出した如月はその表示を確認して、声を上げた。
「ま、待って! 三隈君!」
「どうした?」
「で、電話がかかってきたの! お母さんから!」
震える手でスマホを見つめる彼女に、俺は冷静に促した。
「出てみろ。なにか掴めるかもしれない」
「わ、わかった! も、もしもし?」
『た、助けて! お父さん、どこに行ったの!? ジュリは……ジュリはどこ!?』
スピーカーから漏れ聞こえたのは、半狂乱になった女性の悲鳴だった。
「落ち着いて、お母さん! わたしだよ、ジュリだよ! どうしたの!? いま、どこにいるの!?」
『助けて、助けて! どこなの、ここ! お願い、誰か――』
「ねぇ、お母さん!」
通話は唐突に切断された。
青ざめるジュリを見て、俺は短く息を吐いた。
「急ごう。最下層に向かえば、答えが見つかるはずだ」
◆
最下層の大空洞に辿り着いた俺たちは、異様な光景を前に足を止めた。
巨大な花弁のような肉塊が蠢き、その中心から「何か」が突き出ている。
「如月、配信を付けられるか?」
「え……? も、もちろんだけど、どうして?」
「集合知が必要だ。あのモンスターは俺も見たことがない。どんな行動をしてくるかわからない以上、背に腹は代えられない」
深層のイレギュラー。
未知の脅威を前に、油断するつもりはない。
「でも、配信を付けたら三隈君も映っちゃうよ?」
「その時はその時だ。それにあのモンスターが、どういった行動をしてくるか、わかるだけでいい」
「わ、分かった。すぐに準備するからちょっと待ってて」
ジュリがドローンを起動しようと背を向けた、その時だった。
「大地」
俺の心臓が、ドクンと跳ねた。
その声は、真っ直ぐに俺の鼓膜を打った。
聞き間違えることはない。
それは、死んだはずの母親の声だった。
◆
「三隈君! これで配信が付いたよ!」
セッティングが終わると同時に、ドローンが宙に舞い上がる。
何度も繰り返した動作だ、さほど時間はかからない。
だが、その直後。
「ジュリ、ジュリ」
声を受けて顔を上げれば、そこは真っ白な空間だった。
振り返れば、電話の向こうで聞いた声が響き渡る。
視線の先には、もう二度とみられないと思っていた姿があった。
「その声……お母さん? ほんとにお母さんなの!?」
「やっと、やっと来てくれたのね。もう、誰も来てくれないんじゃないかって、不安だったの」
信じられなかった。
だが目の前の母は涙を流して両手を広げていた。
まるで再会を喜ぶかのように。
まるで抱擁を求めるかのように。
ゆっくりと近づき、そして確信する。
「生きてたの……? ずっと、私を呼んでいたの?」
「えぇ、そうよ。ジュリ、もっとこっちに来て、その顔をよく見せて」
「お母さん、おかえり――」
その瞬間。
なにかに首を掴まれ、そして視界は激しく入れ替わった。
装備のおかげで怪我はないが、受け身を取って顔を上げれば同行者の三隈が、母の前に立ちふさがっていた。
「目を覚ませ、如月」
「な、にを……」
「はっきりと見てみろ。あれが、お前の母親なのか?」
激しい衝撃で回る視界が、徐々に元通りになり始める。
そして母が立っていた場所にいたのは――
「なに、あれ……」
腰から下が存在せず、太い触手のような管で肉塊と繋がった女性の体。
その顔は、複数の人間のパーツを継ぎ接ぎしたような歪な作り物だった。
◆
『うわぁぁぁぁ! 何だこれ!?』
『グロすぎる! 吐きそう!』
『アルラウネの亜種じゃない!?』
『ジュリちゃん逃げて!!』
『あいつ、人間の声を真似てるぞ!?』
仮想スクリーンに流れていくコメントを眺めて、いくつか有用そうな物を見つけることもできた。
「なるほど、形状は違うが特性を見るに、アルラウネの一種とも言えるか」
元々は花弁の内側に隠れており、捕食の際にのみ姿を現すモンスターだ。
華をモチーフにしているだけあり、花粉を吸いこむと幻覚や毒といった状態異常を引き起こす。
「コイツのモチーフは食虫植物。あの疑似餌を使って人間を……探索者を誘いこむ。そして相手の過去の事象を具現化する。これが、メッセージの正体か」
五年前に犠牲になった人間の記憶や通信端末を、この化け物が取り込んで利用していたのだ。
だから如月の端末に、メッセージが送られてきたのだろう。
魔力濃度が高まり、その能力の範囲がダンジョンの外まで広まったことで。
「そんな、お母さんが……」
事実と絶望に打ちひしがれ、如月が床に泣き崩れる。
俺は、その前に静かに立ち塞がった。
「立て、如月」
あの化け物は、俺の母親の声まで騙った。
万死に値する。
「母親を冒涜した相手に、殺されてやるつもりか?」




