10話
「きりがないな。あとどれだけ潰せばいいんだ」
花弁の内側から湧き出し続ける触手を無造作に引きちぎり、俺は軽く舌打ちした。
延々と続く連撃だが、致命的という訳ではない。
だが本体を叩かなければきりがない。
「三隈君……?」
「気が付いたなら、手伝ってくれるか? 量が量なだけに、ひとりで処理するには骨が折れる」
「む、無理だよ! だってお母さんがそこにいるんだよ!」
如月の目に映るのは、母親の姿をした疑似餌なのだろう。
文字通り、目の前にぶら下げられた僅かな希望。
それを断ち切る覚悟が、まだ如月にはないのか。
だが、このままでは再びあの幻覚に呑まれないとも限らない。
時間的な猶予も、残されていない。
「俺も、家族の声で呼ばれた。だがあの化物は家族じゃない。ただのまがい物だ」
「わかってる! わかってるけど――」
「それを使え。そのサングラスみたいな機械」
俺は如月が身につけていた配信用機材を指差した。
「スマートグラスのこと?」
「機材を通した映像を見るんだ。そうすれば、なにも問題はない」
カメラのセンサーを通せば、幻覚の類は無効化される。
如月は震える手でグラスをかけ、そして息を呑んだ。
『ジュリちゃん、それただの肉の塊だよ!』
『騙されないで!』
『カメラ越しだと化け物の本体が見えてるぞ!』
「お母さんじゃ、ない……」
「そうだ。あれは過去の事象を模倣する、ただの化物だ。ここで俺が殺すこともできる。だがそうすれば、お前は永遠に復讐の相手を失うことになる」
あの化け物は、如月自身の手で終わらせるべき因縁そのものだ。
俺の言葉に、如月は覚悟を決めたのか、自らの武器を強く握り直した。
「そう、だね。もう終わらせなきゃ。お願い三隈君、手を貸して」
「もともと、そのつもりだ!」
俺が突進して本体の触手を一網打尽に薙ぎ払う。
その隙を縫って、如月が空中に高く飛び上がった。
「さよなら」
決別の言葉と渾身の一撃が、その疑似餌を真っ二つに両断した。
◆
崩れ落ちる化け物の残骸を見届け、空洞に静寂が戻った。
「立てそうか?」
「うん、どうだろう。なんだか、腰が抜けちゃって」
「未知のモンスターだったからな。特性も……精神的な負荷がかかるような」
その場にへたり込んだ如月に、静かに歩み寄った。
「なんかさ、心のどこかで諦めてたんだよね。五年前のことだし、自分では割り切ってるつもりだったの。けどメッセージが来た時、心臓が跳ね上がって、胸が締め付けられて、それで……」
如月は両手で顔を覆い、ポロポロと涙をこぼした。
俺は少しだけ思案し、柄にもないことを口にした。
「これは……俺の身勝手なアドバイスだ。だから聞き流して欲しいんだが、俺は自分が逆の立場だったらと思うようにしてる」
「逆の立場って?」
「俺達は今、思いを残された側だ。だが思いを残す側になった時、俺は自分のことを引きずって欲しくはない。たまには思い返して欲しいが、それでも生きている家族の重荷や足かせには、なりたいとは思わない」
言葉にしながら、俺自身にも言い聞かせていた。
「そんなの、わからないよ。家族だって、わたしを恨んでいるかもしれない」
「あぁそうだ、わからないんだ。だからこそ、今は亡き人達の思いじゃなくて、自身の意思で生きる道を見つけるしかない」
これは誰へのアドバイスなのか。
まるで自分への言葉のようだ。
短くない沈黙の後、涙を拭った如月は少しだけすっきりしたような顔で俺を見上げた。
そして、小さな右手をこちらへ差し出す。
「ねぇ、手を貸してよ」
その手をしっかりと握り、如月の体を引っ張り上げた。
「なんだか、お腹減っちゃった。帰りに、なにか食べていこうよ」
「……それなら、甘い物が良いな」
俺たちは日常に帰るための小さな約束を交わした。




