5話
学校から離れた、静かな喫茶店。
向かいの席に座る如月ジュリは、申し訳なさそうにメニューを差し出してきた。
「好きな物、頼んでいいから」
「ハニートーストと、ホットコーヒーをミルク付きで」
メニューを見るまでもなく、ノータイムで注文を確定する。
この喫茶店はこれまでにも何度か来たことがある。
店員はすでに勝手知ったる様子で注文をメモに取っていた。
「わたしはアイスコーヒーをお願いします。それで三隈君は甘い物が好きなの?」
「あぁ、毎日でも食べたいぐらいだ。ただそんな話をする為に、待ち伏せしてたわけじゃないんだろ」
単刀直入に切り出すと、ジュリは少しだけ肩をすくめた。
「その件については、まずはごめんなさい。特定するような真似をして」
「真似じゃなくて、実際に俺の素性を特定して学校まで来たんだろ。俺が訴えれば勝てるレベルだ」
着替える時間が無かったせいで、制服のままダンジョンに潜ったのが間違いだった。
学校さえ特定できれば、後は迷宮管理庁のデータベースで該当する探索者を調べれば一発だ。
とは言えそれを実際におこない、相手の学校まで押しかける方にも相当に問題があるのは確かだが。
「お礼をしたかったの。命を救ってくれたから」
「お礼ってあれが? なにか別の理由があったんじゃないのか」
ただの感謝なら、学校まで押しかけてくる必要はない。
その結果この如月ジュリのファン達が群がり、俺もその巻き沿いを食ったのだ。多少の小言を言ったとしても許されるだろう。
そして俺の指摘に、如月は真剣な瞳でこちらを真っ直ぐに見つめ返した。
「押しかけてこんなこと言うのは、自分勝手だってわかってる。だけど、三隈君の力を貸してほしいの」
目の前で話始める如月を尻目に、運ばれてきたハニートーストを崩し、一口。
口の中に広がるはちみつとバニラアイスの風味は、全ての心の傷を癒してくれる。
「やっぱり美味いな。これを食べてる間は、話を聞く」
「私の家族は、迷宮災害で行方不明になってるの。だから家族を探すためにダンジョンを潜って、手がかりを探してきたんだけど、やっぱり見つからなくて。もう五年も前のことだから、心のどこかでは諦めてたんだけど……これが、届いたの」
彼女がテーブルの上に置いたスマホの画面。
そこには、一件の短いメッセージが残されていた。内容は、ただ『助けて』という一文だけ。
だが問題は内容ではなく、日付の方だ。
「2046年、11月……? 先月の日付だ」
「そう。そして送信主は、わたしのお母さんなの。おかしいと、思うよね」
迷宮災害は、迷宮が現れた際に人間が巻き込まれる災害のことだ。それに巻き込まれた、五年も消息不明だった人間からの突然の通信。
常識で考えれば、システムエラーだと切り捨てるところだ。
だが、俺はハニートーストを口に運び、ただ頷いた。
「そうか」
「そ、そうかって、わかってるの? 五年も行方不明だったひとから、メッセージが来たんだよ? だってこんなこと、普通に考えたら……」
「これを食べてる間は、話を聞く。口を挟むつもりもない」
コーヒーをすすると、ジュリは戸惑いながらも言葉を継いだ。
「送信元は、もうわかってるの。あの第六異特級ダンジョンの深層。そこにきっと、家族の手がかりが眠っている。けれど知っての通り特級ダンジョンは、並大抵の難易度じゃなくて。だからA級モンスターを片手で倒した三隈君の、その力を貸して欲しいの!」
彼女の必死な願いを聞き終え、俺は通りかかった店員を呼び止めた。
「このバナナクレープを追加で。チョコソース多めで」
「ねぇ、聞いてる?」
「あぁ、聞いてる。手伝ってもいい」
「ほ、ほんとうに!? 嘘じゃない?」
ジュリが身を乗り出して喜ぶ。
だが、安売りするつもりはない。
「ただいくつか条件がある。それを飲んでくれたらな」
「な、なんでも言って! なんでも……は出来ないけど」
「目立ちたくないんだ。だからあの動画を取り下げて欲しい」
「昨日の配信を、ってこと? もう配信された後だから、取り下げても拡散は防げないと思うけど……」
「その点は問題ない。もっと詳しいことは、後々伝える」
動画とアーカイブが消え、如月ジュリ本人が俺の存在を否定する。
そうすれば後は寺井が国の諜報部を使って、火種を残らず完璧にもみ消すだろう。
「わかった、もちろん条件を呑むよ! それならさっそく連絡先、交換しよ?」
「連絡先? なんでだ?」
「なんでって……詳しいことを伝えるなら、連絡先を知ってた方が便利でしょ?」
「……たしかに。それはそうだな」
言われるがままに端末を操作する。
ジュリは登録された俺のIDを見て、ふふっと嬉しそうに笑った。
「三隈大地君。これでわたし達、友達だね」
大袈裟なやつだ。
俺は残っていたコーヒーを飲み干し、席を立ち上がった。
「ならさっそく出かけよう」
「ど、どこに行くの!?」
「もちろん、ダンジョン攻略の準備に決まってるだろ」
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