4話
放課後の無人の進路指導室。
担任の寺井は、無言で一台のタブレットを俺へ差し出した。
「三隈君。これを見てください」
画面に映っていたのは、昨日のダンジョンでの映像の切り抜きだった。
俺がA級モンスターをワンパンで粉砕し、背を向けて去っていく姿が堂々と再生されている。
「俺に似てますね。ただ、髪型がちょっと違うように見えます」
すっとぼけて見せたが、寺井は冷ややかな目で俺を睨み据えていた。
「三隈君。私は君の要求には、できるだけ応えてきたつもりです。平穏な学生生活が送りたい、と言われればこうして環境を整えた『高校生活』を提供しています」
「もちろん感謝してますよ。寺井さんのおかげで、俺の周りは三年前のことに気付いていないみたいですし」
「当然です。国の諜報部が全力で情報統制をしましたので。ですがこれはもう、どうしようもできません」
寺井は頭が痛そうにこめかみを押さえた。
画面の向こうでは、映像を見た視聴者たちのチャットが凄まじい勢いで流れている。
『このバケモノ誰!?』
『画質荒くて顔見えないけど高校生!?』
『特定班はよ!!』
滝のように流れるコメントでは、俺への言及が多くみられる。
昨日は無駄な時間を取られた結果、制服の上にパーカーという姿でダンジョンに潜っていたのが仇になった。もっと本格的な装備で潜っていれば、少なくともここまで俺の素性に迫ろうとする奴も多くはなかったはずだ。
「まず聞きたいんですが、なぜ寺井さんがこの動画を?」
「『如月ジュリ』。聞き覚えは?」
「いえ、特には」
「本当に普通の高校生を目指しているのなら、人気のコンテンツはチェックした方がいいですよ」
「小言は結構です。それで、その如月ジュリって誰なんですか?」
「世界的な人気ダンジョン配信者ですよ。昨日の同時接続数は10万前後。つまりライブビューイングで、三隈君の姿は世界中に拡散されてしまったんです。この学校の生徒にばれるのも、時間の問題でしょう」
「あの子、そんな有名人だったのか。しくじったな……」
ダンジョンの封鎖を嫌った結果がこのざまだ。
平穏な日常に、特大のヒビが入ってしまったらしい。
「AIやCGだとデコイアカウントで世論を誘導していますが、その如月ジュリ本人が映像は本物だと認めている限り、効果は薄いでしょうね」
「周りにばれたらどうなりますかね」
「面倒なことになります。芋ずる式に過去の情報を掘り起こされて、三年前のことが露呈することも考えられます」
「それは、面倒だな。打てる手は……俺が転校するか、その如月ジュリを消すかですね」
最も手っ取り早い解決策を口にする。
しかし、寺井は即座に首を横に振った。
「前者一択です。数百万人のフォロワーがいるダンジョン配信者を消したら、そっちの方が目立ちます。本当に世間のことに興味がないんですね。仙人かなにかですか?」
「ダンジョン配信者って、そんなの興味がないのは当然でしょう。寺井さんは、自分が簡単にできることを、他人が苦労している姿を見て楽しめますか?」
俺にとってダンジョン探索など、庭を散歩するようなものだ。
他人が息を切らして庭を歩く動画を見て、何が楽しいというのか。
だがその問いかけに意味がないことを知る。
「えぇ、最高に楽しめますよ。でなければ教鞭は握っていません。うんうんと生徒が解答用紙を前に唸っている姿は美しくさえあります」
にっこりと微笑む女教師に、俺は心底呆れ果てた。
「このサイコ野郎が。いまのは聞かなかったことにしておきますよ。それでは」
「こちらも学校内を監視しておきますが、三隈君も気を付けてください。本当に、普通の生活を送りたいのであれば」
◆
面談を終えて、そのまま帰宅するために昇降口へと向かう。
すると見覚えのある……昨日の連中が待ち構えていた。
「おい、三隈。寺井先生から呼び出しを喰らってたんだろ? まぁ当然だよな」
昨日俺に凄まれて逃げ出した男子生徒が、調子に乗って再びニヤニヤと近づいてくる。
「俺達は心が広いから、昨日のこと許してやってもいい。ただな、ちょっと手伝えよ」
「ねぇちょっと、本当にやらせる気なの?」
取り巻きの女子が、青ざめた顔で男子の袖を引いた。
それを強引に振り払い、男は信じられない提案をしてきた。
「お前、金がないんだろ? だからいい稼ぎになる仕事を振ってやるよ。駅前に貴金属を扱ってる店がある。そこに押し入って、手早く――」
呆れて言葉も出ない。
ただの嫌がらせから、ついに一線を超えた犯罪の片棒を担がせようとしているのか。
俺が冷ややかにため息をつこうとした、その時だった。
「三隈大地君、だよね?」
背後から、澄んだ鈴を転がすような声が割り込んだ。
「誰だ……?」
振り向いた俺の視線の先。
そこには、周囲の生徒など全く目に入っていない様子で、一人の美しい少女が立っていた。
どこかで見覚えがある。その派手な髪色はたしか……。
「わたし、如月ジュリって言うの。少し、お話しを聞いてくれないかな?」




