二者択一
◇
「おっと、待ちたまえ。サヤ君の身柄は僕たちに預からせてもらおう」
話がまとまり、その場を立ち去ろうとした私たちの前に現れたのは……。
桜色の鎧に身を包み、清々しい爽やかさのイケメン。今は大仰にポーズを取り、己の美しさに自惚れてしまっているかのよう。
『聖輪騎士』のひとり。『輝けし桜花』、ザグラス=ブリアント!!
ザグラスは自身の直属の部隊を率いて、現れた。
彼が登場するのと同時に、その場に居合わせた人たちからどよめきが巻き起こった。
「聖輪騎士がふたり、だと……!?」
「どうしてこんなところにザグラスまでいるんだ……?」
周囲の動揺など気にする素振りもなく、ザグラスはいつも通りのマイペースだ。
あたりを見回しつつ、人々に優雅に挨拶をしている。
まるで、オーディエンスにカーテンコールを求められているオペラ歌手みたいだわ。
「ここで、重大な事件が起きていると聞いてね……厶?」
ザグラスは私に目を留めると……
「おぉ、レディー! これはなんと美しい姿なのか!!」
「!?」
いつの間にか目の前にいて、私の顔に手を添えていた。
あー、もうっ!
聖輪騎士の人たちはどうしてどいつもこいつも瞬間移動みたいな動きをするのかしら。
履修科目なわけ?
ザグラスはどうやら、私がゴスロリの格好をしていることが大層お気に召されたらしいわ。
「この美しさ……。頽廃的で背徳的、血・傷・髑髏、これは少女の純潔とエロスの融合だ!」
……あれ!?
この文言、どっかで聞いたことある!
こういうのが好きな人の脳内は、みんな同じ構造をしてるのかしら。
呆れて、私が冷静にツッコミを入れようとしたところで……。
すでにザグラスの首元に剣の刃先をツッコんでいる人がいた。
アルバさんだ。
この光景にも見覚えがある。
王城の謁見の待ち合いで。
前はお兄さまとナルさんに突きつけられていた。
よく首元に剣を突きつけられる人だ。
でも、前の光景とは決定的に違うところがある。
殺気だ。
アルバさんは明らかに殺気を放ち、ザグラスへと向けていた。
お兄さまとナルさんも怒ってて怖かったけど、本気じゃなかった。
怖い。
私まで震えて、鳥肌が立つ。
全身を針のむしろで刺されてるみたいだわ。
どこか優しげな雰囲気のただようアルバさんから、同じ人物だとは思えないくらい。
でも、ザグラスは首元に剣を突きつけられているというのに、平然とした顔で澄ましている。
勇敢なんて言葉では済ませられない。
これは、そう……狂ってるとしか思えない。
「おや、アルバ氏。これは、どういうおつもりかな?」
「今すぐサヤ=エルローズ殿から手を離されよ。然もなければ、このまま首を断つ」
「アルバさん……!?」
そんな。
私の顔を触っただけで首を断つだなんて。
もしかして私、顔面国宝!?
って、そんなわけないか。
ザグラスはアルバさんの剣幕に物怖じすることなく、飄々とした様子で手を引っ込めた。
「これは失礼。たしかにいきなりレディーの顔を触れるのはデリカシーに欠ける行為だったよ。だが、それで首を断つなんてのはいささか大袈裟じゃないかな?」
「……ザグラス、なぜ其方がここにいる? 王国軍に調査の依頼は行っていないはずだが」
「フフッ。事件の匂いを嗅ぎつけたのさ。人の集まるところでは事件が起こる。王国随一の名門、ルーフェリア魔導女学院ともあれば尚のこと人が集まる。春先には怪事件もあったと聞いてるしね」
春先の怪事件。
……コットリカの事件のことだ。
「そういうわけで、学院の周囲を巡回して警戒していたところ、案の定事件は起こったというわけさ」
「警戒していたのにも関わらず、事件は起きたと?」
「敵も然る者というわけさ。アルバ氏こそ、被害者は君の部下だろう? 自身の部下を守れなかったのを、僕の不始末だとでもいうつもりかい?」
「…………」
アルバさんは何か言いたげではあったものの、剣を降ろした。
代わりに、チューパーさんの亡骸を覆っていたマントをほんのわずかだけめくってみせた。
「もうひとつだけ問おう。チューパーの腹に付けられていたこの手形と、貴殿の手を照らし合わせていただけぬか?」
「おっと、ナンセンスな試みだね。それは明らかに魔法効果で付けられた手形だろう? 僕の手と合うわけがない。それとも何か? もしかして僕を犯人だと疑っているとでもいうのかい?」
チューパーさんのお腹についている、血の『手』型。
確かにそれは、人間の手と比べるとひと回り以上大きい。
ザクラスの言うとおり、魔法やスキルで付けられたものだとしか思えない。
でも、手形がつくだなんて、一体どんな魔法なのかしら?
「…………」
アルバさんは否定も肯定もせず、押し黙ってしまった。
でも、アルバさんの質問と態度は、ザグラスと事件との関与を疑っているとしか思えない。
そこで、私はあることを思い出した。
——『内通者』の存在。
王国側の情報が漏れているのは、組織側にもスパイ、あるいは王国を裏切って情報を渡している者がいるから。
そうした『内通者』の存在が疑われていると、チューパーさんは亡くなる前に私に教えてくれいた。
そんな。
それじゃあ、もしかしてアルバさんはザグラスが『内通者』だと疑ってるってこと……!?
ということは、チューパーさんを殺したのももしかして……。
考えたくない。
ザグラスはたしかにちょっと軽薄そうなところもある人だけど、お兄さまの仲間だ。
聖輪騎士として認められるくらいの実力の持ち主だし、身近に裏切り者がいるだなんて信じたくないわ。
「さぁ、レディー。僕がこの手で君を守ってあげよう。僕の手をお取り」
そう言ってザクラスは、なんの 衒いもない、キザな笑顔を私に向けた。
スーパースターのようなスラリと長い手を私に差し出して。
あたかも自身の手が、『救い主の手』であるとでも言うかのように……。
でもそこで、ザクラスと私の間に割って入った人がいた。
ミズ・ミステリアスのペルシカさんだ。
彼女が歩いたあとには、星屑のような光の粒がサラサラと振り落ちる。
「お言葉ですがザグラスさま、あなたのお力を借りるには及びませんわ。ここは私たちがサヤさまの護衛をいたしましょう。星の瞬きも、それがいいと言っておりますわ」
星の瞬きというのは、ペルシカさんが持っている水晶玉のことかしら。
内部の光の粒が、星座のように次々と配置を変えている。
リアタイで占星術ができるとしたら、めちゃくちゃ便利よね。
「おや、星占いかい? レディーは占い好きで困るね。それじゃあ星座の導きで今、僕らは見つめ合うことになったのかな?」
「あなたと見つめ合っているつもりはございません。今大事なのは、サヤさまをいかにお守りするかです。サヤさまの御身は私たち正教会がお守りいたしますので」
「あら、ワタクシたち王国正規軍のことが信用ならないというのかしら。ヴェラ?」
「!!」
今度は紫の衣を身にまとった女性が間に入ってきた。
気品ただよう貴婦人って感じ。
でも、ちょっとタカビーな感じもするかも。
話の流れ的には、ザグラスの部下かな?
ホント次から次へと、なんなのよ〜。
ペルシカさんは名前がヴェロニカだから、ヴェラ。
自分のことを愛称で呼ぶ女性の出現に、ペルシカさんは表情を険しくさせた。
ミステリアスで超然とした雰囲気を漂わせる彼女が、感情を露わにしているのは意外なことであるように感じられた。
よほどの因縁がある相手なのかしら?
今は、彼女の怒りを反映しているのか、手に持つ水晶玉がビカビカと点滅しているわ。
「レミス。久しく見かけないと思ったら、ザグラスさまの部隊に配属されていたのですね。てっきり、どこかで戦死でもしたのかと思っていました」
「アラ、あなたのほうこそ相変わらず胡散臭い占い師の格好を続けてるんですわね。あんまりみすぼらしいから、どうしてこんな所に乞食が混じってるのかと思いましたわ、オホホ!」
「……ッ! レミスこそ、その悪趣味な紫一色のローブ、変わらないですね。身をもて余した未亡人にしか見えませんけど」
「キィッ! 相変わらず口の減らない女ですわね。そんなだから男が寄ってこないんですわよ」
「男が寄ってこないのはレミスのほうでしょ。彼氏もできたことないくせに」
「キィーッ!!」
美人とうしのディスり合い、マジ怖い。
私は、コッソリとアルバさんに耳打ちし、質問してみた。
「アルバさん。あのふたり、何かあったの?」
「ペルシカとレミスは同じ魔導学校の卒業生だ。長年にわたって首席の座を争った好敵手の関係だが、すこぶる仲が悪い」
ヴィオラ=レミス。
ザグラスの第一の部下である女性魔導師。
上司のクセが強いだけに、彼女もまたかなりクセが強そうだわ。
彼女も魔導学校を卒業してしばらくはアルバさんの部隊に配属されていたらしいけど、何かのきっかけで正教会を出て、王国正規軍のほうに入隊したとのこと。
ペルシカさんが怒ると水晶玉がビカビカ光りだすのと同様に、レミスさんも見てるとなんだか目がチカチカしてきた。
もしかしたら、彼女が持つスキルにでも関係してるのかしら。
さて……。
で、結局私はどうすればいいわけ?
私はそれとなくアルバさんのほうを見つめた。
「サヤ=エルローズ殿。我としてはどうしても我らの手で其方をお守りしたいところだが……。最終的には其方の決断に委ねよう」
私の決断に委ねる。
自分のことは自分で決めろってことか。
うーん、どうしたらいいのかな?
アルバさんに付いていくか、ザグラスに付いていくか、はたまたどちらにも付いていかず、自由に動くか。
まともに考えるなら、信用できそうなのはアルバさんだ。
でも、正教会ってどんななのかよく知らないしな。
自分で決断するには、ちょっと情報が足りなすぎる気がするわ。
「レディー、僕の胸に飛びこんでおいで!!」
「星々のささやきが聞こえます。サヤさん、今日のあなたのアンラッキーカラーはピンクとパープルです……」
「こんな貧乏インチキ占い師の言うことなんて聞く価値はございませんことよ。ワタクシとザグラスさまが華麗にお守りいたしますわ、オホホホホ!」
あーもう、うっさいわね!
考えてるんだからちょっと黙ってなさいよ!
「サヤ……」
「サヤちゃん」
「大丈夫なのデスか?」
「ミュウ〜……」
メルサたちや、ネネミュウが心配そうに私のことを見つめている。
私が決断をくだすのを、待ってくれてる。
……やっぱり、アルバさんだな。
アルバさんは信頼できそうだし、命を賭けて危機を知らせに来てくれたのはチューパーさんだ。
よし、みんなにそう伝えよう。
そう思ったところで、『魂珀のピアス』からヒヅキちゃんの顔が現れて……。
私にしか見えない顔、映像。
私にしか聞こえない声で、ヒヅキちゃんは私に助言を与えてくれた。
「決めたわ。私、ザグラスさんに付いていきます」
私の決断に、周囲からざわめきが起こった。
「レディー、素晴らしい決断だ。君は聖輪騎士のひとりであるこの僕が、確実にお守りしよう!」
「やっぱりこの胡散臭い占い師は信じられないということですわね。さすがサヤさま、大正解ですわ。オホホホ!」
「ムッ……!!」
ザグラスたちに付いて立ち去ろうとしたとき、私は小声でアルバさんにささやいた。
「ごめんなさい、アルバさんのことを信じてないわけじゃないの」
「分かっている」
「ザグラスの暴走は、私が止めるわ」
「……頼む」
こうして、私はルーフェリア魔導女学院を後にした。




