悪魔信仰
◇
事件が発覚して、すぐにギルドの調査員がやってきた。
ギルドの調査員は現役の冒険者、あるいは冒険者あがりの人が多いらしい。
統一された制服というものはなく、各自で好きな格好をしている。
なかにはゴロツキみたいな見た目をした人もいるけど、昔の刑事ドラマのデカみたいで、それはそれで頼もしい。
無関係な生徒やお客さんたちは帰らされたけど、私やメルサたちはチューパーさんを知る者ということで、その場に残ることを許可された。
特に私はチューパーさんと最後に話した人間ということで、重要参考人というわけだ。
私たちは呆然としたまま、ホール中央の螺旋階段に腰かけて、声をかけられるのを待っていた。
「しかし、こんなベッピンさんにひでぇ殺り方だ。石像の剣に胸をひと刺したぁな」
調査員たちがチューパーさんの遺体を降ろして、現場検証を始めようとしたところで……。
「お待ちなさい。本案件は、我々で調査を行います」
「ん? なんだアンタらは……」
玄関ホールにぞろぞろと入ってきたのは、法衣をベースにした兵服を着た人たち。
彼らは……正教会所属の騎士たちだわ。
ゴロツキみたいなギルドの調査員に対して、騎士のひとりが説明を付け加えた。
「殺害されたプレティ=チューパーは、我々正教会の所属員です。彼女の死に関しては、我々が調査を行います」
「オイオイ、そんなこと急に言われてもよ。こっちだって、ギルドの要請で動いてるんだぜ? 上を通してもらわなきゃなきゃ困るな」
「いや、我からも引き下がり願いたい」
「!!」
前に出てきたのは、全身を碧い鎧で包んだ男の人だった。
ハスの花びらを象ったような形状の、独特な鎧。
静かだけど、圧倒的な強者の気配を身に纏わせている。
……もしかして、この人が話に聞いていたアルバ=ロータスさん!?
「プレティ=チューパーは我の直属の部下であった者。彼女の死の真相を知りたいのだ。申し訳ないが、調査は我々に行わさせてはいただけぬか?」
「ハッ、『聖輪騎士』サマのお出ましとあっちゃ、俺らの出番はねぇさ。好きにしな」
「かたじけぬ」
ゴロツキ風の男性が「野郎ども、行くぞ」と言うと、他のギルドの調査員たちもおとなしく立ち去っていった。
見た目は強面だけど、悪い人ではなかったみたいね。
アルバさんが1歩前に出てきたところで、気がついたら既に彼はチューパーさんの亡骸を抱きかかえていた(!)
一体いつの間に彼女の体を降ろしたのか、全く見えなかった。
さすがは聖輪騎士、動きがヤバい。
元の世界で見た刑事ドラマでは『現場保存の鉄則』というものがあるみたいだったけど、アルバさんは突き刺されたままだったチューパーさんを、早く降ろしてあげたかったみたい。
今は彼女の亡骸を大事そうに抱え、マントで包んであげている。
アルバさんは亡骸を部下が持ってきた棺にそっと納めると、おもむろに騎士の像の足元にひざまずいた。
彼がひざまずくのと同時に、床にうっすらと根のようなものが張られているのが見えた。
あれがメルサたちからの話に聞いた『魔力の根』なんだわ、きっと。
「悲しみはおろか、なんの感情も読み取れん。およそ人間の業とは思えぬな。ペルシカ、其方はどうだ?」
アルバさんにペルシカと呼ばれた女性も、前に出てきた。
占い師のようなロープを着た女性。
手には水晶玉を握っていて、内部では夜空の星屑みたいに光の粒がきらめいている。
物静かでミステリアスな雰囲気を漂わせていて、とても素敵だわ。
彼女も、アルバさんの直属の部下なのかしら?
ペルシカさんが念を込めると、水晶玉の光の粒が中心の一箇所へと集まった。
彼女は水晶玉を顔の高さまで掲げると、現場を見渡すようにゆっくりと動かしていった。
……でも、ひと通り見回したあと、彼女はあきらめたように水晶玉を下ろした。
「アルバさま、ダメですわ。私の『星の瞳』でも何も見えません。魔力によって、ここは一切の因果律から断絶された場所になってしまっているようです」
「因果を弾き飛ばすほどの魔力。これほどの能力の持ち主ともなれば、必然……」
そう言って、アルバさんはチューパーさんの亡骸を包んだマントをわずかにめくり、腹につけられた血の『手』形を見やった。
……この状況。
彼が考えていることが、私にも分かったような気がする。
『救い主の手』。
チューパーさんは、あの秘密結社の者によって殺められたのだ。
それも、組織の上位者。
あるいはもしかして、組織を束ねる者の手によって……。
そんなことを考えていたら、アルバさんが近づいてきて、私にも話しかけてきた。
「其方はサヤ=エルローズ殿だな。かつて幼きころ、王城で兄上殿に連れられて歩いているのを見かけたことがある」
「あ、ハイ! サヤ=エルローズです。パルレマインではみんなでお世話になりました」
「礼には及ばぬ。それより、チューパーが最後に話したのは其方であったと聞く。彼女は何か言っていなかったか?」
私は顎に手を当て、チューパーさんに言われたことを懸命に思いだした。
ルビエさんが組織に狙われた理由。
私も組織に狙われた理由。
『究極錬成』の正体。
私の召喚スキルと組み合わせることで実現できるであろう、『理想郷』の正体。
そして、王国側にいるかもしれないと推測されている『内通者』の存在……。
『理想郷』や『内通者』に関してまでは、深く触れないこととした。
なんとなく……知りすぎていることを周囲に悟られるのは危険なような気がしたから。
私は話の核心には触れないようにしつつ、チューパーさんと話したことの内容について説明した。
「そうですね……。ルビエさんが王国の保護下に入ったから、私も気をつけるよう、警告してくれました。チューパーさんも王国の保護下に入るって言って別れたんですけど、まさかこんなことになるなんて……」
「そうであったか。チューパーはすでに王国軍の保護下に入っていたはずだが、いつの間にか消えていたらしい。恐らく、彼女はここに来るためにわざわざ抜け出してきたのだ。其方に、危険が近づいていることを伝えに」
「そんな。それじゃあ、チューパーさんは危険を顧みず、私のために……!?」
チューパーさんは二重スパイであることが明らかになり、組織にとって報復の対象であることをよく分かっていた。
それでも、こうして危険を知らせるために安全な保護下から抜け出して私のところにやってきてくれたんだ。
アルバさんはチューパーさんの亡骸にそっと手を当て、悲しげにつぶやいた。
「……この者は、悪魔信仰の一族に生まれついた者だ。儀式で生贄に捧げられようとしていたところを私が救い、改心させ、育てた」
色欲、肉欲、情欲。
人間の根源的な快楽への追求を肯定する悪魔。
かつてチューパーさんは、夢魔を神聖なものとして崇拝する隠れ悪魔信仰の部落に生まれた。
両親は優しく、美しく生まれた娘を大層に可愛がったという。
チューパーさんは幼きときから両親に、悪魔信仰の素晴らしさについて説かれながら育った。
神への信仰によって抑圧された、人間性の解放。
神に背き、悪魔を崇拝することは、人間性の自由への讃歌なのだ。
でも、数年に1度の悪魔憑きの儀式の際、両親はまだ少女であるチューパーさんを生贄として差し出した。
彼女は部落じゅうの男たちに犯されたのち、殺害されて生贄として捧げられるはずだった。
儀式がいざ執り行われようとしたところで乗り込んできたのが、アルバさんが所属していた正教会軍の部隊だった。
隠れて反社会的な暴力活動を繰り返していた部落の者たちは、容赦なくその場で断罪されていった。
チューパーさんも、事情を聞かれることすらなく断罪されるところだったのだけれど……。
「……助けて……」
か細い声。
今にも消え入りそうな、悲しみに満ちた声。
アルバさんの『魔力の根』が、チューパーさんの心の声を感知した。
チューパーさんはアルバさんによって保護され、改心し、育てられた。
両親をも断罪された彼女が、アルバさんに抱く感情は複雑なものだったかもしれない。
でも、彼女はアルバさんを師として、父として慕い、最側近の部下にまでなった。
チューパーさんは持ち前の演技力を活かして、諜報活動を行った。
秘密結社の二重スパイという、死と隣り合わせの危険な任務に身を投じた。
彼女がアルバさんを呼んでいてくれなければ、パルレマインは滅び、私たちは全員死んでいただろう。
チューパーさんが、身を捧げてくれていなければ ……。
アルバさんはチューパーさんの亡骸に追悼の祈りを捧げたのち、私のほうへと向き直った。
「チューパーはまともに戦えばBランクを優に上回るほどの実力者だ。そのチューパーが、手出しすることすらできずに殺害されている。サヤ=エルローズ殿、如何に其方がファスマ殿の妹君と言えど、油断はできぬ。ただちに正教会の保護下に入ることを勧める」
……結局、そういう話になるのね。
保護、保護、ホゴホゴホゴ。
みんな一様に同じことを言う。
まるで何かにつけて魔法少女になる契約を迫る宇宙生物のように執拗だわ。
もしかして私を保護下に入れないと、最強最悪の魔女になるとでも思ってるんじゃないわよね……?
「サヤ、アルバさんの言うとおりなんじゃないか?」
「はや! 私、イヤだよ。サヤちゃんもあんなひどい目に遭うだなんて」
「正教会の保護下に入れば、安全なのデス」
メルサたちが、私のことを心配そうに見つめているのを感じる。
……そうだよね。
みんな、私のことを心配して言ってくれてるんだ。
それに何より、チューパーさんは命を賭けて私に危険を知らせてくれた。
彼女の犠牲を、私のワガママなんかで無駄にはできないわ。
「分かりました。アルバさん、私も正教会の保護下に入ります」
「ウム、それがいいだろう。ペルシカ、案内を頼む」
「かしこまりました、アルバ様」
ペルシカさんが、再び前に出てきた。
彼女は私の前まで歩いてくると、優雅な所作でお辞儀をしてくれた。
「私は正教会所属の占星術師、ヴェロニカ=ペルシカと申します。以後、お見知りおきを」
うわぁ、近くで見るとものすごい美人。
瞳が星の粒みたいにキラキラ輝いてて、完全無欠のアイドルみたいだわ。
雰囲気はひと言で言うと、ミステリアス。
こういうお姉さんって、プライベートはどんななのかしら。
知りたいような、踏み込んではいけないような……。
チューパーさんと言い、こんな美人ばかりそばに侍らせてるなんて。
アルバさんってもしかして……イケオジ??
「では、ご案内いたします。馬車を準備してありますので。どうぞこちらへ」
「あ、でも私、こんな格好……」
「大丈夫ですよ。聖都に到着したら使者を送って、サヤ様のお屋敷に身のまわりの品を取りに向かわせますわ」
なるへそ、それなら安心。
ゴスロリの格好で出歩くのは恥ずかしい限りだけど、背に腹は代えられないわね。
ペルシカさんが優雅に踵を返し、私がその後ろを付いて歩こうとした、そのときだった。
「おっと、待ちたまえ。サヤ君の身柄は僕たちに預からせてもらおう」
話がまとまり、その場を立ち去ろうとした私たちの前に現れたのは……。




