兄妹喧嘩
◇
小一時間ほど忙しく働いたあと、休憩の順番がまわってきた。
上に軽くカーディガンだけ羽織って、お店の外へ出る。
ちょっくら他のお店でも見てまわっかな、と思って出たところで……。
「ハァイ。元気にしてるかしら?」
「あっ。チューパーさん」
聞くだけで鳥肌が立っちゃう、オトナの色気たっぷりのセクシーな声。
プレティ=チューパーさんが、私のことを出待ちしていた。
「休憩? ちょっと私と話してまわらない?」
「ええ、いいですよ」
私は誘われるままにチューパーさんと並んで歩きだした。
どこに行くというわけでもなく、ブラブラとお祭りを見て歩く。
「ずいぶんと格好、エッチな格好してるわね。ついに大人の色気に目覚めたのかしら?」
「こ、これはデザイナーのコの趣味ですよ!」
最初に出会ったときは国営新聞の記者を名乗っていたけど、実は正教会所属の『二重スパイ』であったとノハナたちから聞いた。
今は記者のフリをする必要もなく、フランクに話しかけてくれる。
「お店、大繁盛じゃない。さすがは国民のニュー・ヒロインを擁するお店ね♥」
……と思ってたら、ウインクしてそんな風にイジられた。
「んもうっ、そんなんじゃないですったら。みんなで頑張って切り盛りしてるお店ですよ。……ところで、今日は何か私に用ですか?」
「ふふ、そうね。……ちょっとこちらに来てくれるかしら?」
そう言って、チューパーさんな私を人気のない廊下の隅に連れて行かれた。
この学園は広いから、学園祭でたくさん人が訪れていても、物陰になるような場所はたくさんある。
やっぱり、チューパーさんは私に何か話があってここへ訪れたのだ。
「今回のパルレマインでの事件、『救い主の手』との戦いを通じて、色々なことが分かってきたの」
「色々なこと……ですか?」
「ええ。偉大なる錬金術の末裔であるルビエ=モズクォズが狙われた理由。そして……サヤ、あなたが狙われた理由よ」
今回の戦い、ルビエさんが敵の標的になっていたと聞いた。
そして、コットリカは私のことも標的のひとりであると言っていた。
私の召喚スキルが、『理想郷』の実現に必要であるのだとも……。
「ルビエは今まで隠居していて、王国政府には非協力的な人物だった。でも、今回の事件を受けて、自分がいかに危険な立場であるかということをようやく自覚したのね。彼女が抱えている 秘密について話してくれたわ……『究極錬成』についてね」
「!!」
『究極錬金』……について、私にとっては初耳だ。
でも、『霊薬』の原料となる『賢者の石』をも超える錬金術。
とんでもない代物であることだけは、間違いないわ。
ルビエさんは王城へと招かれ、事情を聴取されたそうだ。
そして、自身の身を守ってもらうことと引き換えに彼女は『究極錬成』とはどんな物であるかを明らかにしたそうだ。
「ここから先は 仮説にすぎないけれど、『究極錬成』で生成される秘宝の効果。そして、あなたの『召喚』スキルを組み合わせたときに実現しうること。そこから導きだされた、『理想郷』の正体。それは……」
ーー
ーーー
ーーーー
「そんな……そんなことが可能なんですか?」
「ええ。『究極錬成』が完成し、あなたの『召喚』スキルが発展した、その先にはね」
「私の『召喚』スキルに、そんな力が……」
そこで、私はハッとした。
「だから、お兄さまは私にあんなことを……?」
「アラ、ファスマ=エルローズ氏が、何かあなたに言ったのかしら?」
「あっ。う、ううん! 何でもない!」
慌てて手を振ってごまかした。
チューパーさんは不思議そうな顔はしつつも、それ以上は深くツッコまずにしてくれた。
「……現在では、私が王国側のスパイであったのと同じように、敵側にも『内通者』がいると目されているわ」
「内通者!?」
「シッ、声が大きいわ。あまりに情報が漏れすぎている。私が敵側のスパイをして渡していた情報以上に、ね」
「そんな……。『救い主の手』は今度は、いったい何をやらかそうとしてるんですか?」
「さぁね。ただ、錬金術師ルビエ=モズクォズはあなたたちの手によって守られた。次にヤツらが狙うとしたら……『巨像』」
「巨ゾウ? おっきいゾウさんですか?」
「違うわよ。この国には、2体の『巨像』を保有されていると言われているわ」
ーーこの世界に8体存在するとされる、『巨像』。
『超古代円盤石』とのつながりを持ち、地表で発現する『接続点インターフェース』であると言われている。
8体の巨像を集めた者は、この世界を支配する力を得ると言われている。
そしてそのうちの2体は、この王国ドルジェオンが所有しているというのだ。
……どこかで聞いたなこの話、と思ったら、女王の間で聞いた話だった。
改めて聞いてみて、めっちゃヤバそうな話だわ。
まさか8体集めたらシェン□ンを呼びだせるとか言うんじゃないでしょうね。
「ルビエは王国の保護下に入ったわ。よっぽどウルミナス=ベラドンナが恐ろしかったのね。サヤ、あなたも依然として組織の重要な標的のひとりなのよ。くれぐれも気をつけてね」
「うん、分かった。チューパーさんは、これからどうするの?」
「私はもう組織には戻れない。ほとぼりが冷めるまで、私も王国の保護下に入っておとなしくしてることするわ」
そう言うとチューパーさんは、カツカツとハイヒールを鳴らして立ち去っていった。
いなくなる間際、彼女は一度だけこちらを振り返った。
ウエストからヒップにかけての美しすぎるラインを際立たせるように、セクシーに上体をねじらせて。
「しばしのお別れね。頑張ってね、ニュー・ヒロインさん♥」
投げキッスされた。
……いいなぁ、すごい色っぽいなぁ。
どんな人生を送ったらあんな色気が身につくのかしらん。
正教会所属だけど、彼女は悪魔を操る能力を持っていると聞いた。
聖輪騎士の一員であるアルバ=ロータスさんの直属の部下らしいし……。
もしかして、上司と部下でイケナイ関係……だなんてことないわよね??
ちなみに、アルバさんは全覆の兜の下は若いイケメンなのか、渋いオジサンなのか、あるいは老獪なジイサマなのか、誰も知らないらしい。
男なのか女なのかすら、定かではないらしいわ。
謎多き人物ってワケね。
「はぁ……」
チューパーさんと別れたらひとりぼっちになって、急に寂しさがこみあげてきた。
実は、気分が落ちてたの。
せっかくの学園祭だから、明るく振る舞っていたけれど。
どうしても、昨晩のお兄さまとのやり取りを思い出してしまう。
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お兄さまは仕事でいつも忙しくて家を空けていることが多いけど、昨晩は久々に帰ってきた。
執事軍団からお兄さま到着の知らせを聞いて、私は玄関に走ってお出迎えをした。
「お兄さま、お帰りなさい!」
「留守中世話をかけたな、サヤ。すぐに食事にしよう、爺」
「はっ、ファスマさま。ただちにご準備いたします」
お兄さまはいつも通り私にだけの優しい声、優しいほほ笑みを向けてくれる。
でも、なんだか少し疲れているような……?
こんなお兄さまの表情は、はじめて見たような気がする。
食事の準備は進められ、私とお兄さまは食堂で夕食をとった。
お互いの近況を話しはじめながら、楽しく食事をしていたの。
話はやがて、パルレマインでの戦いの話になった。
「そこでね、私はゼトレミエルを召喚したの。腕をまっすぐに伸ばして、ズキュウウウゥンって! ゼトレルミエルってスゴいのよ、ボールみたいでちっちゃくて可愛いのに!」
「…………」
厳しく、アブナイ戦いだったけど、新しい召喚獣2体と出会えた。
結果としては勝利だったし、久々にお兄さまと会ってつい見栄を張ってしまって、少々大げさに誇張して話してしまったかもしれない。
お兄さまはなんだか複雑そうな顔をしながら、私の話を聞いていた。
パルレマインの話に続いて、学園祭について話そうとしたところだった。
ゴスロリメイドの格好を見られるのは正直ハズいけど、せっかく明日のために準備してきたんだから、お兄さまにも遊びにきてもらいたかった。
自慢のお兄さまを、クラスメイトのみんなに見せびらかしたかったという気持ちもあった。
「それでね、明日は学園祭なんだけど……」
「サヤ、お前はもう外に出るな」
「…………へ?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
へ? 私、出禁ですか??
いや違う、この場合は禁固刑か。
でも、なして??
「今回の事件の顛末は聞いている。サヤ、外に出るのは危険だ。安全が確認されるまで、お前は外に出るな」
「出るなって……いつから? 明日から?」
「今、この瞬間からだ」
「少しくらいならいいよね? ちょっとお買い物とか。護衛も付いてもらうし」
「ダメだ、一歩たりとも外に出るな。用はすべて執事たちが済ませるように言っておく」
そんな。
明日は学園祭なのに。
みんな楽しみにしてるのに。
最近危険な目にばかり遭ってるのは分かるけど、私だって『召喚』スキルに目覚めてからはどんどん強くなってるのに。
なんか、だんだん腹が立ってきた。
どうして、たまにしか帰ってこない人に私の自由を制限されなきゃいけないワケ?
私が今、どれだけ強くなってるのかも知らないくせに。
「お願い、明日だけいいでしょ? 明日は年に一度の学園祭なの。そうだ、お兄さまも来てくれれば安心じゃない」
「私は明日からまた公務だ。護衛につくことはできない」
そこで、私のなかで何かがプツンと切れた。
「護衛って。たまには私の学校の行事を楽しもうとかないワケ?」
「サヤ……?」
「公務公務公務ってさ、そんなに仕事が大事? そんなに仕事が好きなら、もう帰ってこなければイイじゃない」
「サヤ、私はお前の身を案じて……」
「私がアブナイ目に遭ってるとき、あなたはいつもどっか行ってていないじゃないッ!!」
固まってるお兄さまの表情を見て、私はハッと口をつぐんだ。
食堂はシンと静まりかえって、執事たちが困ったようにオロオロしている。
……ビックリするくらい、大きな声が出た。
お兄さまが、私のことを心配して言ってくれてるのは分かってるのに。
こんな子どもみたいなワガママを言っちゃうなんて。
「ごめんなさい……」
「…………」
お兄さまは食事を中断し、無言で立ちあがった。
「私は明日、女王とともに『塒国』へと向かう。『塒国』で新政権が発足し、新たな首脳との会談に護衛としてつく予定だ。未明には発つ。また留守を頼む」
お兄さまはそれだけ言うと、食堂を出た。
その背中は、どこか寂しげに見えた。
私がこの世界に転生してから、初めての兄妹喧嘩だった。




