命の滴
◇
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
私はコットリカとの戦闘後、ふらふらになりながらも昇降機の切り替えスイッチへと歩いてった。
ゼトレルミエルも、コスモパラメシアも、魔力の消費が桁違いだ。
もともとの脳震盪があったところに魔力切れが重なって、今にも意識がトんじゃいそうだわ……!
『↑ 上昇』
『↓ 下降』
私はレバーに全身でもたれかかるようにしながら押しこみ、なんとか『↑ 上昇』のほうへと切り替えた。
ガコッという感触とともに、重力で体が沈みこむ感じがした。
昇降機は緩やかに動きをとめ、下降から上昇へと転じた。
昇降機が上昇していくのを確認したところで、とうとう限界がきた。
……いや、とっくに限界なんか超えてて、私はその場で仰向けに倒れこんだ。
上を見あげながら、ボンヤリした頭で考える。
街にはまだゾンビたちが溢れてるけど、メルサたちは、街のドワーフたちは大丈夫かな。
コットリカは結局、私に何を求めてたんだろう。
あ、ノハナのおじいちゃんは?
『時空石』を譲ってくれるって人はどうなったんだろう。
あんなに街をメチャクチャにされたら、もう『精霊原石』を探すどころじゃなくなっちゃったかな。
そしたらノハナのおじいちゃんは……。
いろいろ考えてたら、泣きたくなってきた。
でも、もう1ミリだって動けない。
まぶたがもう、重くて仕方がない……。
私がなけなしの意識を手放そうとした、そのときだった。
真上から、私の顔を覗きこむ誰かの気配を感じた。
なんと、コスモパラメシアが長い茎を伸ばして、私の顔を覗きこんでいたのだ。
「あ、まだ帰ってなかったんだ」って思った。
私はとっくに魔力切れを起こしているから、私が頼んで留めてるわけじゃない。
もしかして私が泣きそうな顔をしてるのを見て、自主的に残ってくれてるのかな。サービス精神?
あるいは呼び主が弱ってるのを見て、食べようとしてたりして……。
そんなことを考えてたら、コスモパラメシアの顔となっている花から、煌めく雫のようなものが零れ落ちてきた。
それは……タネだ。
ダチョウの卵のような、おっきなタネ。
コスモパラメシアのお顔の花は大きいから、出てくるタネもビッグサイズだ。
タネはゆっくりと落下してきて、まるで時を止めたかのように、空中でピタリと動きを止めた。
『希望の種』
タネに、どこからか光の玉がヒュンヒュンと飛んできて、集まってきた。
魔鉱石に宿るさまざまな属性の魔力ーー精霊の光が飛んできて、集まってきてるんだ。
光は、昇降機が上昇する途中の土壁からどんどん集まってくる。
光が集まったタネは、やがて形を変えてーーひとつの綺麗な石となった。
これってまさか……『精霊原石』!?
『精霊原石』となったタネは、再びゆっくりと落ちてきて、私の手に収まった。
……石の内部で、さまざまな色の精霊の光が、自由気ままに飛びまわっている。
精霊たちのささやきや、笑いあう声が聞こえてくるようだわ。
こんなのアリ? とも思ったけど、嬉しすぎて思わず笑っちゃう。
コスモパラメシアはあのコットリカを圧倒してしまうくらい強いのに、こうして私の願いまで叶えてくれる。
さっき戦ってるときは「植物って怖いな」って思ったけど、今は「植物ってスゴイな」って思える。
コスモパラメシアは私が『精霊原石』を受け取ったのを見届けると、ゆっくりと消えていった。
顔がお花になってるから表情が分からないはずなんだけど、不思議と私に微笑みかけてくれているように思えた。
……ありがと、コスモパラメシア。
そこで、私の意識は途絶えた。
◇
私はあれから、数週間ぐらい眠りこんでいたらしいたらしい。
だから、これから先のことは全部、あとから聞いた話だ。
ゾンビ化しかけていた町の住民たちは、みんな アルバ=ロータスさんの固有スキルにして固有魔術『根源』によって状態異常を解除された。
ついでに、街に蔓延っていたゾンビたちも魔力の根の『浄化』の力で祓ってしまったらしい。
聖騎士団の本隊が到着したころには、緊急で解決しなければならない事案はすべて解決してしまっていたらしいわ。
メルサもゾンビ化しかけていたらしいけど(!)、ロータスさんに助けられたらしい。
街に到着したロータスさんは、まず『救い主の手』の幹部であるリブ=レグラントを倒したメルサのもとへと向かった。
魔力の根で、メルサのゾンビ化を解除。
メルサを救った彼は、続けて悲しみの気配をたどり、瞬時にウルミナス=ベラドンナのもとへと移動。
彼女を倒したのち、街のみんなも助けた。
……スゴイなぁ、ロータスさん。
普通なら聖騎士団の本隊が数百人がかりでも解決できるかどうかって事件を、ひとりで一瞬で解決してしまった。
強力な魔法陣を、パルレマインの街全体を覆うほど広域に展開できてしまうのも凄まじいわ。
これが王国最強戦力・『聖輪騎士』の力なのね。
聖騎士団に残された仕事は、傷病者の手当、壊された街の復興、そして死者の弔いだ。
街には3日間、死者を悼み、邪を祓い清めるための聖歌が歌われ、響きつづけた。
『時空石』を譲ってくれるって言ってたグライラドさんも、亡くなってしまったんだってね。
そうしていなくなってしまった人たちのことを考えると、胸が張り裂けそうになる。
いなくなってしまったと言えば、ノギンメイデスもいなくなってしまったのだけど、『筋力強化』系の魔法は使える状態のままだった。
私が不思議に思ってると、『魂珀のピアス』からヒヅキちゃんが現れて、解説してくれた。
ヒヅキちゃん曰く。
『召喚獣との接合によって開かれたあなたの魔法回路は、召喚獣が消えてもなくならないわ。それに、召喚獣は精神生命体。魂の核さえ破壊されなければ、いずれ復活するわ』
「え、そうなの!?」
『ええ。ノギンメイデスの魂の核は生き残ってるから、必ず復活するわ。時間はかかるけどね』
やった!
ノギンメイデスは死んだわけではなかったのね。
またあの「ムッフォイ!」という力強い掛け声が聞ける日が来ると思うとうれしい。
復活してくれる日が待ち遠しいわ。
ラナさんは、敵のウルミナスと深い因縁があったみたい。
ウルミナスは、永き眠りについた。
ラナさんは自分の手で宿敵であるウルミナスを止めることができなかった訳だけど……。
今は、スッキリした顔をしてた。
ウルミナスがどうして王国を裏切ったのかは謎のままだけど、いつか眠りから覚めて、ラナさんと和解できる日がきたらいいな。
そして……。
今回の旅の1番の目的、ノハナのおじいちゃんを不治の病である『働き者の病』から救うこと。
私が手に入れた『精霊原石』と、メルサたちが手に入れた『時空石』を、ルビエさんに手渡した。
ルビエさんは腕を組んで難しそうな顔をしてみせてるけど、イヤそうではなかった。
「ヤレヤレ、仕方ないのぅ。メンドくさくてやりたくないが、今回は命を救ってもらった恩義があるから、それを報酬ということにしといてやる。死んだらウヒャウヒャできんくなるからの、ウヒャヒャ!」
「セカイ初! 呪いノ『賢者の石』ノ出来上がリデすネ〜。クヒヒ!」
そう言って、ルビエさんは愛魔人形のタンボ=ツリーピオといっしょに自分の屋敷に籠りはじめた。
あ、そうそう!
ツリーピオも、魂の核となるパーツが残ってたから、ほかの部品は錬金術で再生できたみたい。
ルビエさんはコッソリ、涙を流して喜んでたらしいわ。ホントに大切なパートナーなのね。
「『賢者の石』の錬成は極めて繊細で、わずかな振動も許されぬ。生成もメチャクチャゆっくりじゃから、気長に待っとれ。片時も集中を乱せぬから、絶対に入ってくるなよ?」
その言葉を最後に、ルビエさんは屋敷にひき籠もった。
同時に、ラナさんも準備を始める。
休息によって体力・魔力を回復しつつ、文献の最終チェック。
自身の研究所から調合のための道具を至急で取り寄せた。
ラナさんにとってもほぼ未知の調合レシピとなるため、固有スキル『薬秘の真言』もサポートとしてしか使えないらしい。
ルビエさんは三日三晩ひき籠もったあと、屋敷から出てきた。
ルビエさんはすっかり痩せこけていて、飲まずくわずで一睡もせずに錬成を行なっていたらしかった。
彼女が手に持っていたのが、完成した『賢者の石』である『命の滴』。
涙滴のような形状の石。
『精霊原石』は内部をさまざまな属性の精霊の光が自由気ままに飛びまわっていたけど、今は『時空石』の効能で光がゆがんで混じりあい、揺らめきながら流動している。
余りの美しさに、その場にいた人たちはみんな息を呑んだらしいわ。(私も見たかった……!)
ルビエさんは、ラナさんへと『命の滴』を手渡した。
ラナさんはそれを両手で受け取ると、大切そうに胸に抱えこんだ。
「ホレ、今度はお前の番じゃぞ。薬師、ラナ=ベンダラよ」
「ルビエさん、ありがとうございます」
「どれ、ワシも手伝ってやろう。錬成する過程で、その物質の組成についてできる限りの解析を行なった。相談に乗ってやれることもあるじゃろ」
ルビエさんは3日分の豪勢な食事を摂り、3時間だけ仮眠を取ったあと、ラナさんの手伝いに入った。
三日三晩徹夜で錬成を行なったあとだというのに、何気に面倒見のいい人だ。
そして今度は、ラナさんがひき籠もる番だった。
ノハナのおじいちゃんの工房に調合器具を運びこみ、臨時のラボとしていた。
『調合』といっても、今回は賢者の石を飲めるように液体にする作業、そして人(この場合はドワーフ)が拒絶反応を起こさず吸収できるようにする作業が主とのことだ。
ただ、それだけのことが非常にムツカシイ。
ラナさんも、三日三晩ひき籠もった。
文献による知識はあっても、ラナさんにとっては手探りの作業となる。
そんななか、物質への理解があるルビエさんの助言はとても助けになったそうだ。
この2人、とってもいいコンビになるかも!
とはいえ、霊的な作用が強いお薬。
物質的には説明がつかず、未解明な部分も多い。
調合にもガンガン魔力を持ってかれるみたい。
ラナさんは神経をすり減らし、体力も魔力も削られながら、頑張ってくれた。
そして……。
ノハナのおじいちゃんの家。
おじいちゃんたちは街のドワーフのなかでも1番強い戦士たちが守ってくれたから、無事だった。
でも、おじいちゃんは目をつむったまま、とうとう何もしゃべらなくなっていた。
ノハナたち一家が見守るなか、お医者の先生がおじいちゃんの容体を調べている。
「体力の限界です。もうじき呼吸が止まります」
「そんな……!」
おじいちゃんの命の灯火が消えようとしていた、まさにそのとき。
「先生、できました!!」
「待望の霊薬じゃぞ、ウヒャヒャ!!」
ドアを勢いよく開けて、ラナさんとルビエさんが入ってきた。
深いクマを作り、目をギンギンに血走らせて現れたふたりが持ってきたのは、ほんの指先に収まるほどの小瓶。
水銀のような金属とも液体ともつかぬ性状だけど、揺らめきながら流動する光はそのままだ。
お医者の先生は慌てて小瓶を受け取るも、決してこぼさぬように気を付けながら、霊薬をおじいちゃんの口のなかに1滴垂らした。
霊薬を口のなかに含んだ瞬間、おじいちゃんの体をさまざまな精霊の光が包みこんだ。
そして……おじいちゃんは、目を開いた。
「ム……?」
「おじいちゃんッ!!」
「おぉ、ノハナ。一体どうしたんじゃ?」
ノハナはおじいちゃんに抱きついて、涙をポロポロこぼしながら、泣きじゃくった。
ノハナのご両親も、見守っていた街の長老たちもみんな、泣いている。
メルサも、リコも、もらい泣き。
「おじいちゃん。病気が……病気が、治ってるのデス! うあああぁん……!!」
「病気……? おぉ、そうじゃ! ワシはたしか、『働き者の病』に……。これは一体、どういうことじゃ??」
ノハナは泣きじゃくりながら、ステッキをおじいちゃんに見せた。
「おじいちゃんにもらったステッキが、私を守ってくれたのデス。だから、だから、私は戦って……えぐっ。ひぐっ!」
「……そうか、ノハナ。お前が 、皆さんが、頑張ってワシを助けてくれたんじゃな。ありがとのぅ、ノハナ」
おじいちゃんはノハナの頭をなで、それから周囲のみんなにもお礼を述べた。
周囲が喜びの涙を流すなか、ひときわ感動を露わにする男がひとり。
「うおおおおん!!! よがった、よがったなぁノハナ!! 長老も無事でよがったあぁぁ……っ!!」
シドさんだ。
熱血漢の彼は感情の振り幅が大きく、人情話に弱くて、涙もろい。
彼があんまり大仰に泣くもんだから、隣にいたドワーフの涙が引っこんでしまったほどだ。
こうして、ノハナのおじいちゃんの命を救うこともできた。
それに図らずも、『救い主の手』の幹部ふたりをやっつけることもできた。
地下深くに落ちていったコットリカの行方は気になるけれども。
私たちは、パルレマインでの戦いの全てを終えたの。
……でも、私たちと『救い主の手』との戦いは、これで終わったわけじゃない。
国家の存亡をかけた『救い主の手』との戦いは、これから始まることとなったーー




