浄化の根
◆
……意識を失うまでの、ほんのわずかな時間。
彼女の脳裏には、かつての記憶が走馬灯のように蘇っていた。
ロータスの魔力の根が、彼女の悲しみの根源をたどっていく。
——
————
——————
ウルミナスは北のはずれの小国の出身である。
王国ドルジェオンとは大陸で陸続きだが、高原地帯にある別の国だ。
彼女が住むその土地では、狼を神の使いとして大切にし、家族の一員としてともに暮らす風習があった。
ウルミナスにも、大切な家族がいた。
彼女と同じ日に生まれ、彼女と同じ灰色の毛並みが美しい、牙狼。
名を、エルディという。
ウルミナスの一族は、狼から戦いの術や、身のこなしを学ぶ。
狼とともに獲物を狩って生計を立て、狼とともに魔物と戦って自分たちの身を守るのだ。
エルディは強く、誇り高い狼だった。
若くして群れを統一し、リーダーとなった。
ともに学び、戦うウルミナスも才能にあふれていた。
無数の狼たちが縦横無尽に駆けめぐるなかを、彼女自身が最強の狼となって走り抜けるのだ。
ウルミナスとエルディは最高の家族であり、友であり、仲間だった。
彼女らは無敵だった。
お互いいっしょなら、どこまで遠くへでも走りぬけることができた。
そんなある日のこと、ウルミナスの集落に珍妙な客人が訪れた。
ボロボロのローブに身を包んだ、魔女のような姿をした老婆。
彼女は名を、イェール=ベラドンナと言った。
集落を訪れた彼女は、しわがれた声で尋ねた。
「あたしゃ王国からやってきた薬師だ。この集落に病で苦しんでる者はおらんかね?」
イェールは、自分が王国での貴族同士の紛争に巻きこまれ、住んでいる土地を追われた者であると説明した。
病で苦しむものを助けてあげる代わりに、自分をこの集落で匿ってほしいと、そう頼んだのだ。
ウルミナスの集落に薬というものはなく、試しに病て苦しむ人や狼にイェールが調合した薬を飲ませたところ、たちどころに病は癒え、命を救われた。
イェールは集落に迎え入れられ、長く住むことになった。
イェールは集落の者たちにも薬の作り方を教えた。
多くの者たちは薬の作り方を習得することはできなかったが、若く賢いウルミナスだけはどんどんイェールの教えることを理解していった。
ウルミナスには、薬師としての才能もあったのだ。
ウルミナスはイェールの一番弟子として、長く彼女に師事することとなった。
集落の一員としてすっかり 定着したイェールであったが、彼女が長く住みにつれ、だんだんと奇妙なことが起こるようになった。
高熱を出していた者が凍てつくようにこごえたり、全身がむくんでいた者が干からびるようにしなびて死ぬようになったのだ。
それらは皆イェールが作った薬を飲んだ者たちだ。
なかには、ウルミナスがイェールに教えられて作った薬を飲んだ者もいる。
その日の夜、集落の者たちはイェールを問い詰めた。
イェールは言い逃れをするでもなく、すぐに正体を表した。
「ふぇっふぇっふぇっ! あたしゃお前ら狼に、夫と息子を噛み殺されたんじゃよ。その報いを、受けるがいい!!」
集落の者たちは直ちに戦闘態勢に入る。
だがそこに、狼たちがなだれ込んだ。
ともに戦うはずの狼たちは狂暴化し、集落の者たちに襲いかかった。
イェールが餌に混ぜた毒によって狼たちは脳を破壊され、体内に毒をもつ『毒狼』と化していたのだ。
人と狼の戦闘力は互角であったが、毒をもつ分、狼たちのほうが優勢であった。
集落の者たちは徐々に毒で弱り、噛み殺されていった。
集落の者たちはみんな殺され、最後に残るのはウルミナスのみとなった。
狼たちが、いっせいにウルミナスへと襲いかかった。
狼たちの数もだいぶ減っていたが、まだ十数頭は生き残っている。
ウルミナスは、一度に襲いかかってきた数匹の狼の攻撃を、なんなくいなしてみせた。
「ふぇっふぇっふぇっ! 小娘ひとりで何ができる! おとなしく死ぬがいい!!」
イェールは残忍な笑みを浮かべ、復讐が果たされる瞬間を心待ちにしていた。
……だが、屋内で薬の調合ばかりをしていたイェールは知らなかったのだ。
ウルミナスがあどけない少女にして、集落のなかでも最強の使い手となるまで成長していたことに。
ウルミナスは噛み殺されるどころか、次々と襲いくる狼たちを屠っていく。
しかし、最後の1匹となったところで、ウルミナスの動きが鈍る。
狼の動きもまた、どの狼よりも鋭く、俊敏なものであった。
その狼は……エルディだった。
エルディはウルミナスの懐に潜りこみ、彼女の肩に噛みついた。
牙から毒が注入されるのとともに、エルディとともに過ごした日々の記憶が流れこんでくる。
いつも、いっしょだった。
森の木漏れ日の下、いつもくっついてお昼寝をした。
強く恐ろしい魔物に襲われたとき、いつもともに戦い、互いの危機を救いあった。
薬だか毒だか分からぬが、ウルミナスは作り方を学びながら、その効果を打ち消す方法をも学んでいた。
聡い彼女は、自然に解毒魔法を体得していたのだ。
ウルミナスは自身の体内をめぐる毒を解毒した。
だが、すでに脳を破壊されているエルディを元に戻すことはできない。
毒は消えたが、悲しみは消えなかった。
「ごめんね、エルディ」
ウルミナスは自身に噛みついていたエルディを片腕で抱え、首の骨を折った。
骨が砕ける音と感触とともに、彼女のなかの大切な何かが壊れたのを感じた。
ウルミナスはエルディの亡骸を地に横たえると、イェールへと詰め寄った。
イェールは恐怖に顔を引き攣らせ、恐ろしいものを見るような目で、ウルミナスを見ていた。
「ヒイイイィ……! この、バケモノめぇ!!」
ウルミナスは、一撃でイェールを仕留めた。
その年老いてしなびた腹を、拳で撃ち抜いたのだ。
死の間際、イェールは虚空を見つめながらつぶやいていた。
「よくも、あたしの夫と息子を……。夫と息子を、返せぇ……」
死を迎えるその瞬間まで復讐の念に囚われながら、イェールは息を引き取った。
イェールが死んだことを確認し、ウルミナスは立ちあがった。
まわりを見渡せば、愛する者たちの亡骸が転がるばかりだった。
ウルミナスは、泣いた。
痩せ細り、飢えと渇きで死にかけるまで、泣き続けた。
ウルミナスは一夜にして家族を、故郷を、そして大切な友を失った。
残ったのは敵を殺すための技術と、薬だか毒だか分からぬものの作り方の知識だけ。
やがて、ウルミナスは王国へと旅立つこととした。
薬学を学び、自身が作れるようになったものが薬なのか毒なのかを、見分けられるようになろうと思ったからだ。
姓を問われたとき、とっさに『ベラドンナ』と名乗った。
ウルミナスの一族には姓をつける風習がなかったため、知っている姓がそれしかなかったからだ。
彼女にとっては忌むべき姓であったが、名乗るたびに自身を鞭打つ戒めとした。
もともと高い薬学の素養があった彼女はすぐに『薬師』として名声をあげ、王国正規軍に招き入れられることとなる。
図らずも彼女は『薬師』として、極めて順調な経歴を積みあげることとなったのだ。
……ウルミナスの目的はもうひとつ。
自身がなぜ、故郷も、家族も、大切な友までも失わなければならなくなったか。
その理由を知るためだ。
イェールは、死の間際まで怨念に囚われていた。
その怨念は、この王国と周辺国との小競り合いのなかから生まれた。
いわばウルミナスは、間接的な戦災孤児なのだ。
なぜ人は争い、戦争をしなければならないのか。
どうすれば戦争はなくなるのか。
彼女は、それを突き止めようとしたのだ。
ときには王立図書館に何日間も籠り、王国の、世界の歴史を調べた。
だが、戦争をなくす方法など見つからない。
悲しみの連鎖は止まらない。
ときには戦災孤児院を訪問し、戦争で家族を失った孤児や、職員の話を聞きに行った。
すでに『薬師』としての地位を確立し、富を得ていたウルミナスは、訪問したついでに莫大な寄付をした。
ウルミナスとしては特に使い道のない金を何の気なしに配ってまわっただけに過ぎないのだが、彼女は人格者として知れわたることとなる。
……しかし、やはり彼女の求める答えは見つからない。
人間が弱く、年老い、限りある寿命のなかで快楽を求める限り、争いはなくならないのだ。
薬を作って目の前の人間を病や傷から助けることはできても、すべての人間を作り変えることなどできはしない。
あるはずのない答えを求めて、出口のない迷宮をさまよい続ける。
ウルミナスは長年にわたって、苦悩し続けることなった。
そんな彼女の前に、ひとりの男が現れる。
その男こそが 秘密結社『救い主の手』の首領。
——『理想郷』。
そこに答えが、あった。
誰しもが傷も、病も、老いも恐れずに済む世界。
恐れがなければ、争う必要もなくなる。
探して探しても見つからなかった答えが、そこにあったのだ。
ウルミナスは修羅となることを決めた。
たとえ今まで築きあげてきたものをすべてブチ壊し、人々から蔑まれることになろうとも。
たとえこの手で数多の人を殺め、一生涯ではとうてい償うことのできぬ罪を背負うことになろうとも。
彼女の偉大なる目標を達成するためには、小さな犠牲だ。
ただひとつ、心残りがあるとすればーー。
ラナ=ベンダラ。
自分のことを慕ってやまない 弟子の存在だ。
ウルミナスは、研究所を襲撃することを決めた。
ラナも研究所に出入りしていたが、彼女が他の用事でいない日に決行することにした。
「師匠! どちらへ行かれるんですか?」
まだ陽ものぼらぬ早朝。
ウルミナスは共同生活をするラナが起きてくる前に出かけようとしていた。
だが、ラナはその日に限って起きていて、声をかけてきた。
慕ってやまぬ師に対して、いつものように無邪気に、朗らかに。
「あぁ、ちょっとそこまでな」
「そうですか。私は町まで買い物に行ってきますから、今晩はシチューを作りますね。ちゃんとお腹を空かせて帰ってきてくださいね♪」
ウルミナスは何も言わず、ただ一度だけ振り返り 、ラナのことをじっと見つめた。
……疫病によって、ラナは家族を失った。
『理想郷』を実現すれば、ラナのように病で家族を奪われ、悲しみを抱え者もいなくなることだろう。
だが、ラナを連れていくことはできない。
真面目な彼女は、ウルミナスがしようとしていることを知れば、命に代えても師を止めようとするだろうから。
やがて、つながりを断ちきるかのように前を振り向き、ウルミナスは立ち去っていった。
「師匠……?」
それが事件が起こる前にラナが見たウルミナスの、最後の姿となったのであった。
——————
————
——
「師匠ォッ!!」
ウルミナスがロータスに斬り伏せられたのを見て、ラナは悲痛な叫びをあげた。
腹を刺された痛みと、疲労で動けなくなっていた体を強引に引きずり、ウルミナスのもとへと駆けよる。
そして、ラナは倒れたウルミナスの傍らに跪いた。
「え!? これは……!?」
ラナは驚きの声をあげた。
一刀両断にされたはずのウルミナスの体が、つながっていたからだ。
代わりに、ウルミナスの体には魔力の根が何重にも絡みつけられていた。
戸惑っているラナを見て、ロータスは静かに語りかけた。
「其の者は、『浄化の根』に包まれ、永き眠りについた。悲しみが癒され、魂が浄化されたとき。花が開き、その者は目覚める。それによって、その者の罪が許されるかどうかは分からぬが……」
……蓮華は、泥水の中で育ちながらも、汚れのない美しい花を咲かせる『浄化』の象徴。
ウルミナスは永き浄化の眠りに着いたのだ。
いつか目覚め、最後には花が咲くように。
「……うっ、うっ。ゔぅ〜!!」
喜び、悲しみ、あるいは悔しさ。
さまざまな感情が入り混じり、ごちゃごちゃになって自分でも分からなくなっていたが、ラナはウルミナスの体にすがって、むせび泣いた。
……こうして、魔鉱都市パルレマインでの死闘に、すべての決着が着いたのであった。
・ウルミナスの固有武器『灰狼の牙』はかつての友、エルディの牙から作られています。
・お気付きの読者の方も多いかと思いますが、第1部『鳥』の章は鳥の名前から、第2部『花』の章は花の名前からキャラの名前を作っています。
第2部は和名と英名を混ぜているので、じゃっかん分かりづらいかもしれません。
例:
ウルミナス=ベラドンナ(和名:オオカミナスビ 英名:ベラドンナ)
ウガオ=ボルゴー(和名:ユウガオ 英名:ボルドー)
ネタに困ったときは花言葉を参考にスキルを決めることなどもあります。
もし気になるキャラがいたら、お気軽にご質問ください。
次回、パルレマイン編の最終話です!




