悲しみの根源
◆
リブ=レグラントは、まもなく第2の人生の終焉を迎えようとしていた。
メルサによってダークアメジストを破壊されたうえ、胴体を分断されていたからだ。
薄れゆく意識のなかで、彼は今までの人生を振りかえっていた。
……しみったれた場所で、つまらない死に方はしない。
それが彼の目標だった。
英雄として身を投げだし、命を引き換えとして国を救い、全国民からその死を悲しまれる。
巨万の富を築き、名声と地位を得て、死んだ暁には国葬が催される。
100人の美人妻を娶り、1000人の自身の子たちに囲まれて死を看取られる。
世紀の大魔王になって、その死を世界が祝福するのだって面白い。
どんな死に方でもいい。
ただ、特別で、満足のいく死に方をしたかった。
それが、現実はどうだろう。
人間に戻るという目的は果たせないまま。
奇しくも、彼が再び死を迎えるのは再びパルレマインの地だ。
陽の光も届かず、暗く湿った地の底。
なんと哀れで、みじめな死に方だろう。
今となっては、こんな自分の欲望のために理不尽に殺された人々が可哀想なほどだ。
リブは虚空を見つめたまま、メルサとシドに語りかけた。
誰でもいい。自身の悲哀に満ちた呟きを、誰かに聞いてもらいたかっただけだ。
「なァ、お前らァ。人生の良し悪しってのは、死にざまで決まるんだ。人生の先輩からのありがたいお言葉だ、よぉく心に刻みこんでおけよ」
これからを生きる者たちに残す、彼の唯一の言葉。2度の人生を生きた者からの、精いっぱいの餞だ。
だが、メルサは彼のこの言葉を、一瞬で切り捨てた。
「何バカなこと言ってんだよ。どう死ぬかより、どう生きるかのほうが大事に決まってるだろ」
自分より遥かに若い彼女からの言葉に、リブは呆気に取られた。
だが、彼は特に言い返すでもなく、静かに笑った。
「……ハッ。違ぇねぇ」
もともと屍であったリブの体はあっという間に風化し、ダークアメジストもろとも消滅した。
代わりにそこに残ったのは、美しく清く輝く、『時空石』のみであった。
リブが消滅したのを確認したのち、メルサはその場にひざまずいた。
「ぅぐッ……!!」
「!! お嬢さん、大丈夫かッ!?」
崩折れるメルサを、シドは抱きかかえた。
……メルサはすでに、虫の息だった。
血の気を失った右腕の青みは今や全身に広がり、代わりにその瞳には赤く怪しい光が宿っていた。
激しい戦闘により、『不死者化』が著しく進んでいたのだ。
「こりゃいけねぇ! お嬢さん、早く薬を探しに行こうぜ!!」
「もう間に合わないよシドさん。だってホラ、シドさんがもう、美味しそうな獲物に見えてるもの」
「ダメだ、お嬢さん! 気をしっかり持て!!」
「シドさん、お願い。私が理性を失ったら、そのハンマーで頭を叩き潰して。サヤたちに、醜いゾンビになった私を見られたくないんだ……」
「そんなことできるワケねぇだろ。……オイ! オイッ!!」
シドがメルサの体を揺さぶったが、彼女は返事をしなかった。
か細かったメルサ の呼吸が、今にも止まろうとしていた。
その呼吸が止まった瞬間から、メルサは動く屍として紛いものの命を生きることとなるのだ。
「チクショウ……チクショウチクショウチクショウ! あのゾンビ野郎め! こんなのってアリかよッ……!!」
シドが絶望の涙を流しながらも、ハンマーの柄を握りしめた、そのときであった。
……彼の背後に、新たに現れた人物がいた。
「!? アンタは……!?」
◆
メルサたちのいた箇所からほど近くの道具屋のなか。
ここではノハナとリコが『救い主の手』のスパイであるプレティ=チューパーの体にのしかかり、彼女の両手両足を押さえつけていた。
「さぁ、観念して降伏するのデス!!」
「そうそう! あなたたちのボスが誰なのか、教えなさいよ〜!」
ふたりは初めての大捕物にいささか興奮しつつ、チューパーを問い詰める。
だが、チューパーは何かの気配を察知したのか、まるで明後日の方向を振りむいた。
「! 来たわね……」
自分たちの尋問などどこ吹く風で無視するチューパーに対し、ノハナとリコはさらにいきりたって問い詰めた。
「助けが来ただなんて、そんな安っぽいハッタリに乗るものデスか!」
「はや! そうだよ、そう都合よくあなたの仲間なんか来ないわよ!」
「敵じゃないわ。あなたたちと私、みんなの味方よ。だって私、あなたたちの味方だもの」
「「??」」
ノハナとリコはチューパーの言っていることが理解できず、互いの顔を見合わせた。
チューパーは両腕を拘束されながらも、手をヒラヒラさせながら、こう続けた。
「私は正教会所属の『二重スパイ』。諜報員として『救い主の手』に潜入捜査していた者よ」
「「ッ!?」」
二重スパイ。
ということは彼女は王国側の人間であり、組織の諜報員のフリをし、その実、組織の情報を収集していたということになる。
「でも、潜入捜査も今回で終了ね。私だけ無傷で帰ったら、ごまかしの仕様がないもの」
「そ、そんなの、信じられるわけがないのデス!」
「別に信じなくてもいいわよ? じきに正教会の聖騎士団が到着して、私の無実を証明してくれるでしょうから」
「はや! それじゃ、ホントに……」
「もちろん、本当よ。サヤ=エルローズが標的のひとりにあがった時点で追跡を買って出たけど、組織がこれほど表立って破壊活動を行うとは思わなかった。計画の実行が決まったのも急だったし、対策が間に合わなかったの。ノハナちゃん、あなたの故郷がボロボロになるのを防げなくてゴメンなさいね」
「そんな……。それは、仕方ないのかもしれないデスけど……」
「せめてもの償いとして、聖騎士団に救援を要請してあるわ。もうすぐ本隊が到着するころよ」
「はや! でも、街はゾンビであふれてるわよ? こんな地下深くに、大部隊は入ってこれないんじゃ……」
「たしかにそうなのデス。転移輸送陣を作るにしても、転送先用の大魔法陣を作るのは時間がかかるはずなのデス」
「それもモチロン大丈夫よ」
「「??」」
チューパーはいかにも自信満々、と言いたげな顔で答えた。
「私の直属の上司はもう到着してるわ。思念通話で連絡があったの。彼ひとりさえいれば全て解決するわ。多分ね」
「え……」
「はや! そんなにスゴイ人なの??」
「ええ、安心していいわ。だから、私のオッパイから手を離してくれる?」
「……え゙ッ!?」
ノハナとリコはチューパーにのしかかって腕を押さえたときに、思わずその豊満な胸を片乳ずつ鷲掴みにしていた。
同じ女ながら、ノハナとリコは真っ赤に赤面して手を離したのであった。
◆
街の辺縁部、窪地の底。
ウルミナスがラナにとどめを刺そうとした、そのときであった。
「待て。その者を殺すことは許さぬ」
ウルミナスの背後に立つ者がいた。
驚異的な危機察知能力と、野生の勘を持つウルミナス。
その彼女ですら、そばに近づくまでその者の接近には気がつかなかったのだ。
ウルミナスは背後を振り返り、その者の姿を認めた。そして、瞠目した。
「なぜ、貴様のようなヤツがこんなところにいる……!?」
そこにいたのは、全身を碧い鎧で包んだ男。
ハスの花びらを象ったような形状の、独特な鎧。
顔は全覆の兜で隠されており、見えない。
……この鎧に身を包んだ者こそが正教会所属の騎士団のなかで最強の男。
ファスマ=エルローズたちと同じ『聖輪騎士』のうちの最後のひとり、アルバ=ロータス!
圧倒的強者である ウルミナスをも脅かす存在。
ウルミナスは反射的に大きく後ろにさがり、戦闘態勢へと入る。
かつて王国正規軍所属であった彼女は当然、彼が『聖輪騎士』の一員であるということを知っていたからだ。
「フン、驚きだな。聖輪騎士サマともあろうものが、こんな地の底をウロついているとは。お行儀よく王都で竜退治か、せっせと他国に侵略でもしに行ったらどうなんだ?」
「其片ら『救い主の手』がこれだけ大掛かりな破壊活動を行ったとなれば、じゅうぶんに国家の一大事であろう。そして、大いなる悲しみの気配をたどってみれば、ウルミナス=ベラドンナ、其方のような国家謀反の重罪人がいたというわけだ」
「フッ、悲しみの気配だと? 大切な魔人形を破壊された錬金術の嘆きか? それとも敬愛する師に裏切られた薬師の悲哀か? 貴様が来て、壊れたものが元に戻るとでも言うつもりか? アハハ、お笑い草だな!」
「いいや、違う。この悲しみの主は……ウルミナス、其方だ」
「……なんだと……?」
余裕を装っていたウルミナスの表情に、険が差す。額に青筋を浮かせ、ロータスを睨みつける。
だが、彼は気にする様子もなく話を続けた。
「混乱、絶望、怒り。其方の心にはさまざまな負の感情が渦巻いている。助けを求めることもできず、自身の心を救おうとして、己が爪で傷つけてしまっている。あたかも、哀れな獣のようだ」
「……ハッ! この私を哀れもうというのか? 心配御無用、見当はずれもいいところだ。そして私は貴様みたいな分かった顔して話しかけてくるようなヤツが……1番大ッ嫌いなんだよ!!」
ウルミナスは怒りに任せ、再び莫大な魔力を練りあげ始めた。
魔力全開、いよいよ真の本気を出した。
『死毒魔狼陣』!!
足元に広がっていく、毒の茨を模した魔法陣式。
無数の死を運ぶ狼が縦横無尽に駆けめぐる究極の毒性魔法。
さしものアルバ=ロータスも、死毒狼の直撃を喰らってはタダでは済まない。
だが、ロータスはただ静かに剣の柄に手を添え 構えを取るのみ。
「たどってゆこう。其方の悲しみの根源へと」
ロータスもまた、魔法陣式を展開させた。
広く、長く伸びていくハスの根と葉を模した魔法陣式。
悠久の時を流れる緩やかな川に根を張り、どこまでもその根源をたどってゆく。
『根源』!!!
王国最強の騎士の一角であるアルバ=ロータスの固有スキルにして、固有魔法である。
「ハッ! なんだ、その蚊も殺せぬような魔法陣は! 殺意の欠片も感じられないぞ。それで戦う気はあるのか!?」
ウルミナスは手を差し伸べ、魔法を発動させた。
だが、死毒狼は1匹たりとも出てこない。
狼どころか、毒の1滴すら出てこないのだ。
ーー私の魔法が、発動しないだと……ッ!?
……いや、違う。
ウルミナスの魔法は発動していた。
正確には、発動したそばから全て吸収されていたのだ。
ウルミナスの『死毒魔狼陣』は、展開した魔法陣上でなら、いつ・どこに・いくらでも毒を放出することができる。
その時間的・空間的な自由さこそ、『死毒魔狼陣』の恐ろしさ。
本来であれば、魔法陣上にいる者はその攻撃の出どころを全く予想することができずに朽ち果てるのである。
対して、アルバ=ロータスの『根源』は展開した領域内に魔力の根を張り、
①敵や異能の存在を感じ取り、座標を特定する。
②敵を根で絡みとり、魔力を吸収する。
③『球根』を発生させ、任意の位置で上位魔法を発動する。
特に、彼の魔力の根は『悲しみ』の感情に強く反応するという特性を持つ。
『悲しみ』を持つ者に対して、より魔力探知が効果的に働き、戦闘を有利に進めることができるのだ。
ウルミナスの魔力は発動した瞬間から、まさしく根こそぎ吸収されていき、効果を成さないでいるのだ。
……対照的なふたりの能力。
効果が拮抗する魔法陣が同時に展開された場合、その効果は純粋な魔力量の勝負となる。
魔力量が多いほうの魔法陣の効果が優先され、場を支配することとなるのだ。
そして今、この場はアルバ=ロータスの支配するところとなった。
「かなりの術者と見受ける。だが、多少なりとも消耗があったようだな。今の其方では、我には勝てぬ」
ウルミナスは魔法すら発動させることができないことに驚愕し、立ち尽くしていた。
ラナの健闘は、決して無駄ではなかった。
かつての弟子との激闘は、確実にウルミナスの魔力を削っていたのだ。
「……ならば、私が直接手を下すまでだ。噛み殺してやる!!」
ウルミナスは『灰狼の牙』を握りしめ、ロータスへと斬りかかった。
魔力の根を躱し、音速をも超えて迫っていく。
対して、ロータスが鞘から抜きはなったのは両刃のブロードソード。
幅広で、戦車をもなんなく断ち切れそうな重量感を持った風貌をしている。
ロータスは剣を構え、ウルミナスが間合いに入るのを待っていた。
「そんな鈍重な剣で、この私を捉えられるものか! 死ねぃッ!!」
ウルミナスは武術の達人であり、極めて優れた敏捷性を持つ。
ウルミナスはロータスの剣を躱し、懐に入ってアサシンダガーの『灰狼の牙』で彼を仕留めるつもりだ。
……だが、ロータスの剣は早かった。
まさしく、閃光のひと振り。
さしものウルミナスも、その速度には反応できなかった。
『浄化の太刀』
一閃。
ロータスはウルミナスが間合いに入った瞬間、剣を振りぬき、彼女の胴体を両断していた。
ウルミナスの顔が、驚愕と苦痛の表情で歪む。
「カハッ……!!」
……意識を失うまでの、ほんのわずかな時間。
彼女の脳裏には、かつての記憶が走馬灯のように蘇っていた。
ロータスの魔力の根が、彼女の悲しみの根源をたどっていくーー




