枝葉を持つものの主
◇
私はコットリカに背後にまわられ、上層の鉄骨の足場から叩き落とされていた。
綿の鞭による攻撃。
首と手足がもげるかと思った。
とんでもない速さで遠く、下の方へと吹っ飛ばされていく。
「うぁッ!!」
どこかの足場に着地したらしく、強く頭と体をぶつけて、倒れこむ。
と、同時に、足場がゆっくりと沈みこむのを感じた。
……そうか。
ここはあの奈落のような大穴の真上、昇降機の足場なんだ。
私が落ちてぶつかった衝撃で何かのスイッチが入ったみたい。
昇降機は底の見えぬ奈落へと向かって、重たい低温を響かせながら下降していく。
ところどころに魔鉱石が生えた土壁が、上へ上へと流れていった。
続いて、コットリカも飛び降りてきた。
相変わらず、華奢な見た目からは想像できないほどの重量感で足場がきしむ。
今は全身に『綿花』をまとわりつかせ、天女の羽衣を来ているみたいだ。
でも、可愛らしいのは見た目だけ。
綿毛は菌糸のように不気味に蠢き、全身からは測り知れないほどの殺意と狂気を漂わせている。
ヤバい。早く立ちあがらないと、殺される。
でも、立ちあがった瞬間、体がグラリと揺らめいた。
……この感覚、覚えがある。
生前、道場の娘だったころ。
何度かお父さんとガチの喧嘩をして、私があんまり聞き分けがないもんだから、最後は頭に上段回し蹴りを決めて沈められるのがお決まりだった。
頭に完璧に打撃を決められると脳震盪を起こして、平衡感覚を失ってしまう。
さっき足場に着地したときに、当たりどころが悪かったみたい。
その前の、綿の鞭で打たれたのもヤバかった。
プリンケッツの『打撃耐性』があるから生きてるというだけで、普通なら死んでてもぜんぜん不思議じゃない。
何箇所か骨が折れてる気がするけど、全身痛すぎてどこが折れてるか分からないわ。
ヤバい、マジで殺される。
脳震盪でボンヤリした頭でそう考えたとき……コットリカのほうにも異変が起きた。
彼女は突然、大量に吐血しだした。
「ウッ! ……ゲホゴホゲホ!! ガフッ!!」
「!?」
「アアアア゙ア゙アアアアァッ……!!」
え!? 苦しんでる……!?
コットリカは自分の胸を掻きむしって苦しみはじめた。
まとわりつく『綿花』が、今は彼女の体を蝕んでいるように見えるわ。
いったい、何が起きているというの……!?
「『理想郷』にッ……! 『理想郷』に私はたどり着くのよおぉ……!! ゴフッ!!」
「コットリカ……。あなた、どうしたっていうの? 『理想郷』って何なの? そんなに苦しんで、何がしたいの?」
「ア゙ア゙アアアアァ……!」
「あなた、500年前に消えた貴族の出身なんでしょ? いったいどこから来て、どうして今そんなことになってるの? 答えなさいよッ!!」
コットリカはうめき苦しむばかりで、答えない。
分からないこと、聞きたいことばかりなのに。
……怖くて、憎いヤツ。
コイツのせいでリコはひどい目にあったし、キャハルンたちは惨たらしく殺された。
私も夜、怖くて眠れなくて、ネネミュウを抱きしめてようやく眠りにつけた。
……それなのに、何なのよ。
苦しそうにあがいて、のたうちまわって、何かを手に入れようともがいてる。
そんな辛そうなところを見てたら……こっちまで泣きたくなるじゃない。
コットリカはひとしきり苦しんだあと、虚ろな目で何かをつぶやいていた。
「わ……わたわた、私ッはッ……」
そうしてつぶやくコットリカの顔は、迷子の子どものように不安と恐怖で満たされていた。
今は昇降機はすでに大穴の中に入っていて、このまま永遠に潜っていくような気がした。先の見えぬ、地の底へと。
「ひとりになりたくない。ひとりぼっちになりたくないの。だからサヤ、いっしょに来てよ゙おおおおおぉっ!!!」
肉体を取り込むようにまとわりついていた 『綿花』を、コットリカは振りはらった。
コットリカの体を離れた瞬間、大量の『綿花』はレースのように緻密に編みこまれた。
全方位に向けて放たれた綿の鞭。
コットリカの『綿花』は緻密に編みこまれるほど硬く、強くなり、放たれる鞭の威力も跳ねあがる。
今、あの鞭で打たれれば、いくら『物理耐性』で守られたこの体でもひとたまりもなく粉砕されてしまうだろう。
……でも、私の体にはすでに紋様が描かれていた。
新たな『必要性』、まだ見ぬ魔法陣式。
新たなる召喚獣との出会いだ。
さまざまな草木の枝葉や蔓を模した紋様。
紋様に触れれば、魔法陣を通して召喚獣の強大な生命力が伝わってくる。
「咲き誇れ、『コスモパラメシア』」
私を覆い隠すように、さまざまな草木の枝葉や蔓が、鬱蒼と生い茂った。
それは、召喚獣の腕。
新たな召喚獣は私の背後に立っていた。
……いえ、その場に生えていたというのが正しいわ。
丸太のように太い茎。
その太い茎の先を見あげれば、先端にはまるまると膨らんだ蕾が載せられている。
蕾の花弁は見る間にめくれていき、花開いた。
真紅の、巨大な薔薇の花。
薔薇の花は異様とも取れる存在感と、触れがたいほどの神秘性を湛えながら、私のことを見おろしていた。
……これが枝葉を持つものたちの主。
『植物』を司る女神、コスモパラメシア!!
「私ッ、のッ、邪魔を、しないでよオ゙オオオオォッ!!」
全方位に向けて放たれた綿の鞭はコットリカの頭上で再び収束、編みこまれ、巨大な織物となった。
巨大な織物は私を叩き潰すように、上から降りそそがれてくる。
『幾千層の綿織』!!
コットリカが振りまわす狂気・混乱・凶暴性とは裏腹に、上空いっぱいに広がる幾千もの綿織は、息を飲むほどに美しかった。
これが私に向けられた攻撃じゃなかったならば、私はそのまま見惚れて、潰されてたと思う。
でも、コスモパラメシアはすでにその攻撃に対して反応していた。
上空の綿織へと向けて、幾千・幾万もの蔓が伸びだしていた。
この世界には食虫植物どころか、食獣植物や、食人植物まであるわけで。
蔓の先端にはそうしたありとあらゆる食性植物の花がついており、上空の綿織へとかじりついた。
その計り知れぬ暴虐性を、さらに上まわる暴虐性。
食性植物が綿織を喰らい尽くす様はなんだか 現実味がなくて、「植物って怖いな」とボンヤリ思いながら眺めていた。
そして、コスモパラメシアはコットリカを滅ぼすための準備をも進めていた。
頭の花弁をパラボラアンテナのように広げ、ギュンギュンと力が蓄えられていくのが分かる。
この地下大空洞じゅうに満ちる大地の精気と、魔鉱石から放たれる光のエナジーが、強引に吸いあげられていく。
コスモパラメシアにとっては、マグマ溜まりで煮えたぎっているマグマですら、植木に与えるお水といっしょだ。
吸いあげられた精気とエナジーは合成され、コスモパラメシアの養分となり、すべてを破壊し尽くす光線として撃ち放たれた!
『超光合砲』
自動防御が発動され、コットリカの体を綿花が覆い隠した。
あらゆる魔力を吸収する働きをもち、高い魔法防御力をもつ綿花。
でも、破壊光線の威力は凄まじく、綿花は一瞬にして蒸発するかのように焼き尽くされた。
四方を土壁に覆われ、下にだけ奈落のように底なしの穴が続く空間に、新たな横穴が形作られた。
破壊光線によって形作られたその横穴は、下に続く穴と同様に、奥行きが遠すぎて先が見えない。
コットリカは綿花の高い魔法防御力によってかろうじて消滅を免れたものの、服は焼け、左腕と右脚を失っていた。
昇降機の足場からも弾き飛ばされ、奈落の底へと落ちていく。
「コットリカ!!」
「ゴフッ!! ……待っててね゙ぇッ、サヤ! 必ずまた迎えに行くからア゙ァァッ!!」
コットリカの悲痛な叫び声が、この奈落へと続く空間のなかで響きわたった。
声は下へ下へと落ちていき、やがて聞こえなくなった。
足場の端から下を覗きこんでも、底が深すぎて、ゾッとするほど何も見えない。
こんな地の底を落ちてくというのは、どんな気持ちなんだろう。
「コットリカ……」
こうして、私とコットリカの2度目の戦いは幕を閉じた。




