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エンシャント・クルーレ② ー『花』の章。冷徹イケメン最強騎士は実の妹である私にだけはデレデレ!? 幸せ宮廷生活に魔導女学院でほのぼの日常オホホホホ!!ー  作者: 藤村 樹
錬金術師と命の滴

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毒使いの女王

◆

 街の辺縁部、マグマ溜まりと毒の沼が混ざりあう窪地の底。 

 ウルミナスは究極とも呼べる調合『絶対なる死(アブソリュート・デス)』を受け、倒れていた。


 手足を大の字にして力なく横たわり、その目は虚空を見上げている。

 間違いなく、息絶えていた。


 そこに、人がひとりスッポリ収まるほどの大きさの金属球が、ゴロゴロと転がってきた。

 超金属の球体にスッポリ身を隠していた、ルビエだ。 

 

 ウルミナスの死を確認するとルビエは喜び、ラナの活躍を称賛した。

 自分は隠れていただけだというのに、実に偉そうである。

  

「ウヒャヒャ! よくやったぞ、ラナ=ベンダラよ! これでワシのウヒャウヒャ 生活は安泰じゃ。ツリーピオもよく頑張ったのぅ!」

「アリがたきオ言葉でス、ルビエサマ! クヒヒ!」


 大勝利にはしゃぐルビエとツリーピオ。

 対して、ラナは無言で横たわるウルミナスの遺体を、複雑な表情で見おろしていた。

 限界ギリギリの戦いを終えて、跪き、息を切らせながら。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ! ……お師匠さま……」


 彼女の表情に、勝利の喜びはなかった。


 長年の悲願を達成したというのに。

 因縁を果たすために、血の滲むような努力を続けてきたのだというのに。


 そこにあったのは、虚しさと、悲しさと、心にぽっかりと穴の開いたような、寂しさだけだった。


 しかし、ラナは自身のなかに湧いた感情を否定するかのように、頭をブンブンと横に振った。


 ーー私は成すべきことを果たしたんだ。

 かつての師の悪行を止め、弟子としての責任を果たした。

 私は正しく、弟子としての務めを果たしたんだーー。


 そう自分に言い聞かせ、彼女が立ちあがろうとした 、そのときだった。


 ドクンッ!


 ウルミナスの遺体から、強烈な力の波導が伝わってきた。


「えっ……?」


 ラナは何が起こったのか分からず、呆然とウルミナスの遺体へと目を向けた。

 力の波導は一定の間隔を刻んで 発せられ、段々と強さを増していた。


 ドクンッ! ドクンッ!! ドクンッ!!!


 横たわっていたウルミナスの体が、胸から引きあげられるように浮かびあがった。

 拍動とともに伝わってくるのは、魔力の波導。

 怖気が走るほどにおぞましい、独特の魔力。

 これは他に類を見ないほどに激烈な、毒性魔法の魔力だ。

 そして、こんな毒性魔法の波導を放つ者を、ラナはひとりしか知らなかった。

  

 ……そして とうとう、彼(・)女(・)は蘇った。


「……フフッ。フハハ! アハハハハハ!!!」


 浮かびあがっていた状態から地に足を付き、ウルミナスは高笑いをあげた。

 その顔には、血に飢えた狼のように残忍な笑みを顔いっぱいに貼りつけていた。


 ウルミナスの復活にラナは驚愕し、動揺を隠すことはできなかった。


「そんなッ……!! 『絶対なる死(アブソリュート・デス)』はどんな魔法でも薬でも抵抗(レジスト)できない『調合』のはずなのに……! どうして!?」

「アハハハ! 『調(・)合(・)』だって? 毒! 毒! 毒毒毒! お前が作ったのは薬なんかじゃない、人間を殺すためのただの毒じゃないか! 薬を作るはずの薬師(くすし)が毒を作りだすなんてお笑い草じゃないか、えぇ!?」


 ウルミナスが死を免れるために自身にかけたのは、抵抗するための治癒魔法でも、ましてや薬でもなかった。

 ……それは、毒。

 それも、人間を数万人殺しても余りあるほどの、強力な毒だ。


 心臓を凍りつかせる『絶対なる死(アブソリュート・デス)』の効果に対して、ウルミナスが用いたのは心臓を強引に拍動させる毒だった。

 通常の状態であれば心臓が沸騰し、破裂するほどに拍動し、体内から爆発を起こして死に至らしめる恐ろしい毒物である。


 ウルミナスは『絶対なる死(アブソリュート・デス)』を喰らったときにその効果を瞬時に解析、治癒魔法では抵抗(レジスト)不可能と判断し、毒性魔法で体内に毒を発生させた。

 相反するふたつの毒性は互いに拮抗し、結果として、ともに打ち消されることとなる。

 まさしく、『毒を以て毒を制す』の言葉どおりである。

 

 ……死を逃れる方法がほかになかったとは言え、自身の体内に致死量の毒を浴びせるという、常軌を逸した思考。

 この思考をいっさい躊躇うことなく実行することこそ、ウルミナスを『毒使いの女王(ポイズン・マスター)』たらしめている由縁であった。

 

「いいか? 人間を治すように使えば薬、害するように使えば毒。薬と毒は表裏一体なんだよ。そしてお前は薬師の分際で毒を用いた。私の領域(フィールド)に踏みこんだ時点で、お前の負けなんだよ! アハハハ!」

「ッ……!!」 


 ラナは言葉を失い、何ひとつ言い返すことができなかった。


 ーーそんな。

 あれだけ苦労して準備してきた必殺の『調合』が、こんなにも容易く打ち破られるなんて。

 それに、稀少な調合薬はもうほとんど使いきってしまったというのに……!


 ウルミナスが復活したことを見て取り、ルビエは慌ててツリーピオに指示を出した。


「ツリーピオ、ただちに戦闘態勢に入れ! さっきよりヤバそうじゃ!」

「クヒヒ! 了解でス、ルビエサマ! 『呪殺核(カースド・マーダー)』!!」


 ツリーピオが再び戦闘形態に形態変化(フォーム・チェンジ)しているあいだにも、ウルミナスは莫大な毒の魔力を蓄え続けていた。

 倒れる前とは、比較にならぬほどの魔力量。

 これまで、ウルミナスは欠片も本気など出していなかったのだ。

 そして、この場を制圧するのにじゅうぶんなだけの魔力が溜まったとき、彼女はラナへと語りかけた。

 

「毒に興味を持ってくれたようで、うれしい限りだよ。それでは私も、少し本気を出すこととしよう。かつての弟子に指導をせねば。命を余すことなく喰らい尽くす、本物の毒を以てな!」


『死毒魔(ポイズンウルフ)狼陣(・フィールド)』!!!


 ウルミナスの足元から、毒の茨を模した魔法陣が広がり、広大な窪地を隅々まで埋め尽くした。

 

 ーーそれは、ウルミナスの真の必殺である超絶魔法陣。

 彼女はありとあらゆる毒を調合し、この魔法陣上の空間でなら、いつ・どこに・いくらでも毒を噴出ーーすなわち、『死毒狼(ポイズンウルフ)』を放つことができる。


 結果として、戦場である窪地の空間内を、数百・数千という死毒狼が縦横無尽に駆けめぐることとなる。

 その毒の強さは使用者(マスター)であるウルミナス自身をも死に至らしめるほどのものであったが、そこでウルミナスのもうひとつの強さが発揮されることとなる。


 ウルミナスのもうひとつの強さ、それは自身も無類の強さを誇る武闘家であることである。

 高速で駆ける死毒狼が所狭しとひしめき、猫1匹すらまともに通行できない空間のなかを、ウルミナスは何の不自由もなく行動してみせる。

 自ら放った無数の狼をかいくぐり、独自の武術である『魔狼拳(まろうけん)』で鋭い一撃を放つ。

 数百・数千とひしめき死を運ぶ狼たちのなかで、最強・最悪の狼こそ、ウルミナス自身なのだ。


 この壮絶な攻撃に曝され、ラナとツリーピオはほぼ身動きを封じられることとなる。

 そしてまず最初に狙われたのは、ツリーピオであった。

 ウルミナスは無数の死毒狼をかいくぐり、瞬時にツリーピオの懐へと潜りこむ。


 ……ツリーピオがここまでの戦闘に付いてくることができたのは、彼自身が呪いの魔人形であり、類縁属性である毒に強い耐性を持つことが最大の要因であった。

 だが、ウルミナスの毒性魔法を直接にダイレクトに喰らえば、さすがの彼もタダでは済まない。


「人形の分際で、お前はよくやったよ。褒美として、私自身の手で制裁を下してやろう!」


『腐毒手(コロージョン・バイト)』!!


「グヒぃッ!!!」


 ウルミナスの右手から放たれるおびただしい量の毒素。

 ツリーピオは再び体をいくつものボールに分解して緊急回避を試みたが、間に合わなかった。

 彼はその体の大部分を溶かされて失い、戦闘不能へと陥ってしまった。


 続いて、ウルミナスの標的はラナへと移った。

 

 ラナは固有スキル『薬秘(やくひ)の真言(しんげん)』 によって師であるウルミナスをも超える解毒能力を獲得していたが、それでもすでに無数の死毒狼によって大ダメージを受けていた。


 そこにさらに、巧みな身のこなしで接近するウルミナス。

 地を這う獣のように低い姿勢で、ラナの足元に屈みこんでいた。

 低位置よりどんな狼の牙よりも鋭く、凶暴な一撃が放たれ、そして……。

『灰狼の牙』の凶刃が、ラナの腹へと突き立てられた。


「あ゙ぁッ!!」 


 ……勝負は、一瞬にして決着がついた。

 ウルミナスが魔法陣を解除したとき、ツリーピオの体を形成していた部品のごく一部が地に転がり、ラナは瀕死の状態で地に倒れ伏していた。


 組織の標的であるルビエだけは狙われず、無傷のまま残されていた。

 彼女は自身の目の前で繰り広げられた光景が信じられず、驚愕していた。


「ば、馬鹿な……! なんというバケモノじゃ……!!」


 予想のさらにその上を行く、ウルミナスの圧倒的な強さ。

 彼女の前では、超金属を幾層にも重ねあわせた球体の壁も、もはやなんの意味も成していなかった。

  

 ウルミナスは極端に低く屈みこんだ状態から、ゆらりと立ちあがった。

 不気味なうすら笑いを浮かべ、ルビエへと近づいていく。


「さぁて、ようやく邪魔者はいなくなった。こんなに手こずらされるとは夢にも思わなかったがね。だが、これでお前を守るのはその薄い金属の壁だけだ。早く出てこないと、内部を毒で満たして骨まで溶かし尽くしてやるぞ?」

「ヒ、ヒィッ!!」


 ルビエは恐怖におびえ、失禁した。

 元より戦闘を好まない彼女に、ウルミナスに抵抗を示そうなどという考えはない。

 しかも、ただ殺されるだけではない。毒によって、どんな苦しみを与えられるか分かったものではないのだ。

 それは、ほぼ跡形もなく溶かし尽くされたツリーピオを見ても明らかだ。

 ルビエはただただ、脅えるしかなかった。


 そんなルビエを嘲笑うかのように、歩を進めていくウルミナスであったが……。

 彼女の背後から、小さな声がした。

 今にも途絶えてしまいそうな、虫のようにか細い声。


「なんで……。どうして……?」

「!」


 ウルミナスの背中に呼びかけていたのは、ラナだった。

 ウルミナスは振り返らず、肩越しにラナのことを顧みる。


 ラナにはもう、立ちあがるだけの力も残されてはいない。

 ここから形勢を逆転されることもあろうはずがなかった。

 だが、ラナは地に腕を突き、起きあがろうとした。腹の刺し傷から血があふれ、地面に溜まりをつくっている。

 毒に冒された者の、黒く濁った血だ。


「ねぇ、どうしてなの? あなたは私の命を救ってくれたのに。誰よりも優しくて、誰よりも優れた薬師だったのに。どうして何も言わずに消えてしまったの? だから私はあなたのことを、人生を賭して追いかけると決めた……」



 ーーラナの故郷はパルレマインの外、森の奥深くのとある小さな村だ。

 人とドワーフがともに住む小さな村で、ドワーフの父と人間の母と、3人で幸せに暮らしていた。


 ラナが10歳になったばかりのころ、故郷の村を疫病が襲うこととなる。

 全身が黒く焼けただれて死に至る『黒皮病』。

 病は瞬く間に村じゅうに蔓延し、村人たちは片っ端から亡くなっていった。

 原因も治療法も分からず、村人たちはただ滅びるのを待つばかりとなった。


 ラナも、黒くただれた両親の遺体の傍らで、ただただ死が訪れるのを待っていた。

 彼女の皮膚も、ところどころ黒く色づきはじめている。

 お迎えが来るまでそう時間はかからないことを、ラナは悟っていた。両親がたどった成り行きを、なすすべなく傍らで見守っていたからだ。


 しかし、そうして死を待つラナのもとに、訪れてきた者たちがいた。

 その者たちは勝手に家の戸を開けて踏み入り、ラナの姿を認めると、大きな声で叫びたてた。


「ここにまだ生きてる子がいるぞ!!」

「早くウルミナスを呼べ!!」


 彼らは、たまたま近隣を通りかかった王国正規軍の部隊であった。

 彼らによって、隊に所属していた薬師であり、当時すでに若くして王国随一の薬師であると噂されていたウルミナスが呼びだされた。

 

「怖かっただろう。でも、もう大丈夫だ。これをお飲み」


 ウルミナスから差し出された薬湯を、ラナはその場で飲み干した。

 その白くトロリとした薬湯は、今までに飲んだどんな薬よりも甘く、優しい香りがした。


 幼くして親をなくしたラナをウルミナスは預かり、彼女を育てた。

 ラナは迷うことなく彼女に弟子入りし、薬師としての修行を始めた。

 命の恩人であり、育ての親であり、王国随一の薬師であるウルミナスのことを、ラナは誰よりも尊敬し、慕っていた。


 ラナのウルミナスを慕う気持ちは、何年経っても色褪せず、揺らぐことはなかった。

 そう。薬学研究所での裏切り事件が起こり、ウルミナスが突然彼女の前から姿を消すまではーー。



 ラナは残されたわずかな力を振りしぼり、叫んだ。

 絶え絶えの息を振りしぼって出される声は、あまりにも悲痛だった。

 彼女の両目からは、大粒の涙があふれだしていた。

  

「信じていたのに! 誰よりもあなたのことを尊敬していたのに!! どうしてあなたは私の前からいなくなっちゃったのよ゙ぉッ!!」

「…………」

「なんで。どうしてなの。どうして……」


 むせび泣くラナに対し、ウルミナスは再び『灰狼の牙』を鞘から抜いた。

 自身の過去とのつながりを、自ら断ち切ろうとしているかのようにも見えた。


「うるさい仔だ。私はハナからお前の思っているような人間じゃない。お前が勝手に私を慕っていただけだ。……だが、毒がまわって苦しいだろう。かつての弟子のよしみだ、お前から先に楽にしてやる」


 ウルミナスは踵を返し、ラナにとどめを刺すべく、歩みを進めていったーー。




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