不死者の爪
◇
私は、コットリカからの攻撃から懸命に逃げまわっていた。
ノギンメイデスを殺されたショックで、気持ちが動転していた。
転がりまわるように、みっともなく逃げまわっていた。
宙に大量に浮かぶコットリカの『綿花』は、瞬時に繊維が編みこまれて強力な鞭となった。
幾筋もの鞭の威力は凄まじく、所狭しと暴れまわっている。
まるで禁○を思わせる手数と破壊力。
敵を打ち据えるというシンプルな攻撃であるからこそ破るのもまた難しいわ!
「きゃあっ!!」
「ミュウウゥ!!」
私とネネミュウは互いにゴチンと頭をぶつけてはくんずほぐれつ七転八倒、もんどりうっては転げまわっていた。
体のあちこちを周囲の鉄骨にもぶつけて痛い。
プリンケッツの『打撃耐性』、 そして『脚力強化』と『心肺強化』の効果が残ってるからなんとか持ちこたえてるけど、いつまで耐えられるかは分からない。
そして、綿の鞭の合間を縫って飛びかかってくるコットリカの直接攻撃。
スライディングでなんとか躱したけれど、私の後ろに佇んでいた掘削機を、右手の鋏でいとも容易く切断してしまった。
ドワーフ製の頑強な魔導式掘削機。上半分が横にずれ、そのまま重たい音を立てて床に落ちてしまった。
「ねぇねぇ、サヤ! そんなに逃げたら間違ってあなたをグチャグチャにしてしまうわ。お願い怖がらないで、逃げないように足を切るだけだカカカら、じっとしてててほしいの! ウフッ、ウフッ、ヴフフフゥッ!!」
怖がらないでなんて、ムチャ言わないでよ!
アンタ今、自分がどんな顔してるか分かってる?
眼球上転して白目剥いてんだから、もうっ!
ダメだ、このままじゃ訳わかんないまま殺されるか、足をぶったぎられて怖いトコに連れさられちゃう。
反撃して、やられる前にやっつけないと!
今の手持ちの攻撃で、コットリカを倒せそうな威力をもっているのはアクァークの『大海衝』くらい。
でも、アクァークを召喚して魔力を発動させるだけの時間と距離が必要だ。
大技だから、距離がないと私も巻きこまれちゃうし。
……そうだ!
今の私にはアクァークと接合して使えるようになった水魔法があるわ。
使えるものは試してみなきゃ損よね。
「争いを好まぬ水の精よ、まとわりつきて邪の者の足を奪え。『粘雨』!!」
粘性の強い雨を降らせ、敵の動きを鈍らせる。液体の『性質変化』を同時に行う、水の中級魔法。
あたりにネバネバの液体が降りそそぎ、宙にただよう『綿花』にまとわりつく。
ズッシリと重たくなった『綿花』は動きが鈍くなった。
……でも、効果は限定的だ。
以前に眠らせた粘性生物や泥男をぶっかけたときとは違って、あっという間に『綿花』に吸収されてしまって洗いあがりのような爽やかさ。
せっかく気合いを入れてネッバネバにしてやったというのに。
とはいえ、少しは時間を稼ぐことができたわ。
今一度冷静になって、周囲の様子を見回してみる。
ここはパルレマインのはずれにある魔鉱石の採掘場。
広大な岸壁に沿って、鉄骨の足場が延々と組まれている。
広めの足場はそのまま横堀りの洞穴へとつながっており、ツルハシなどの道具が無造作に転がっていたり、先ほどコットリカがぶった斬ったような重機が置いてあったりする。
ドワーフたちが陽気に働く姿が目に浮かぶようで、こんな状況でなかったらウフフとほほ笑んでいるところだわ。
今はそんな余裕ないけどね!
また、下を見おろすと、奈落のような大穴がポッカリと口を開いている箇所がある。
さらに地下深くへと進んでいけるように、大穴には昇降機で降りられるようになっていた。
大穴の底は真っ暗闇で先が見えず、怖い。
まさしく地の底ってカンジだわ。
ブラジルまでつながってたらどうしよう。
君子危うきには近寄らず、大穴のほうには近寄らないほうがよさそうね。
となると、行くとしたら横か上。
……ワイバーンキングをやっつけたときみたいに、高低差を使って重力を味方につけたらより効果的かもしれない。
そう思って、私は上へと昇っていくこととした。
『脚力強化』で強化したジャンプ力で、鉄骨を伝ってピョンピョン上へと駆けのぼっていったーー。
◆
パレルマインの中心部の高台。
メルサとシドが、リブの強力な腕の振りまわし攻撃を懸命にかわしていた。
地が揺れ、粉塵吹きすさぶ激しい攻撃だったが、メルサは持ち前の運動神経で少しずつリブとの距離を詰めていく。
今のリブは属性変化によって炎属性の魔法は効かない。
それならばと、手に持ったミスリル・ソードで斬りかかりに行くつもりなのだ。
身をかがめてリブの大振りの一撃をかわし、メルサは懐に潜りこんだ。
そして、鋭い太刀筋で斬りかかる。
「てぇいっ!!」
「ッ!!」
やや浅くなったものの、リブの首を半分ほどまで断ち切った。じゅうぶんに致命傷だ。
ミスリルがもつ対魔効果で、傷口の再生も阻害している。
メルサの勝利は確定……したはずであった。
だが、半分つながった首をぶらさげながら、リブはニタリと笑った。
「やるなァ、てめぇ。だが甘かったなぁ、その程度じゃ俺は殺れねぇよ!」
「えっ!?」
リブの背中の『紫魔鉱石』が妖しく明滅し、首はたちまち元通りにくっついてしまった!
「マジかよ!?」
「死死死死! 隙だらけだぜ!」
『不死者の爪』!!
「うっ!!」
強化されていない、左腕のほうの爪によるひっかき攻撃。
だが、メルサは意表を突かれ、かわしきることができなかった。
爪先が掠り、彼女の白い腕から血が流れた。
メルサは部が悪いと踏み、シドのもとへと引きあげた。
だが、その顔色は血の気が失われ、病人のように青白い。
「うぅ……」
「おい、大丈夫かよ? お嬢さん、まさか……!!」
メルサの様子を見て取り、シドは高笑いをあげた。
「死死死死死! 血! 血だ! お前、俺の爪で血を流したな? これでゾンビ化を免れねぇ。ゾンビになればお前は俺の言いなりだ。思う存分その体を弄んでやるぜ、死死死死死!!」
メルサは体が震え、その場に跪いてしまった。すでに『ゾンビ化』が始まっているのだ。
もうじき物言わぬアンデッドとなり、永遠にリブの傀儡となってしまう。
だが、メルサはまだ諦めていなかった。
「くそぉ……。ゾンビになる前にアイツを叩き斬ってやる!」
「オイ、お嬢さん。ここは逃げて回復する方法を探したほうがいいんじゃ……」
「そんな時間はないよ。それに、ここから降りてもゾンビだらけで、逃げられない。このままアイツをやっつけるしかないよ」
「たしかにそうかもしれないが……。だが、どうする? アイツの守りは硬いぜ?」
「今度はあの背中の宝石を狙う。でも、魔法は結界で弾かれてしまうから、もっかい近づかなきゃ。シドさん、アイツの右腕を押さえこんでてくれない?」
「あのぶってぇ右腕か……。長くは無理だが、なんとかしてみるぜ。任しときな!」
メルサとシドが話しあっているあいだに、リブは再び攻撃態勢へと入った。
「死死死死死! あとは男、てめぇを殺ればオシマイだなぁ! 蟻コロみてぇにブッ潰してやるぜ!!」
リブは再び、すさまじい勢いで右腕を振りまわしはじめた。
急所に掠りでもすれば、即死の破壊力。
受け止めることは敵わず、迎撃しようにも、しくじれば待っているのは確実な死である。
しかし、今のシドはひるまなかった。
高速で迫る凶悪な腕から一歩も逃げずに、死の恐怖へと立ち向かった。
「お嬢さんが命張ってんのに、俺だけビビってるワケにいかねぇだろうが! 喰らえ、『熱魂叩き込み』!!!」
シドは真っ赤に熱をもったハンマーを全身全霊で振りおろし、リブの右腕を地面へと叩きつけた!!
乾坤一擲、ドンピシャで命中したシドの命がけの一打。
人知を超えた強靭さをもつリブの右腕はそれでもちぎれることはないが、速度を殺し、一時的にでも動きを封じこめることに成功した。
そして、その隙をメルサは見逃さなかった。
リブの背後にまわり、背中に生えるダークアメジストへと思い切り剣を振りぬいた。
ゾンピ化の進行により、思うように腕から先に力が入らない。すっぽ抜けそうになる剣を懸命に握りしめ、彼女は振りぬいたのだ。
「オシマイなのはお前のほうだ、ゾンビ野郎オォォっ!!!」
「ッ!!」
魔法攻撃ではないので、角錐型の結界は発生しない。
メルサの剣が、リブの急所であるダークアメジストへと届く。
剣の切っ先がダークアメジストに触れた瞬間、とてつもないほどの衝撃があたりへと広がった。
強力な魔力をもつミスリル鉱石とダークアメジストが反発し、魔導波が発生したのだ。
その魔導波に煽られてアオテンされそうになりながらも、メルサは必死にふんばり、剣に力を込めつづけた。
「ぐぬぬぬっ……!!」
ーー硬ってぇ……!!
悪魔が丹精こめて邪気を注ぎつづけたダークアメジストは硬度も高く、容易に叩き割れる代物ではなかったのだ。
対して、右腕を封じられ、背中に生じる衝撃をじかに受けていたリブは身動きを取れずにいた。
しかし、リブはただちに取るべき行動としての最適解を導きだしていた。
「てめぇら、来やがれ!!」
「ッ!?」
リブの最終手段。
ダークアメジストの明滅。
高台の下で略奪行為に耽っていたアンデッドたちが全て集結し、メルサのもとへと飛びかかってきた。
その数、およそ数百体。
メルサは無数のゾンビたちによって、髪1本残さずに喰い尽くされるだろう。
彼女の体を弄ぶことを楽しみにはしていたが、自身の命には替えられない。
その判断に、いっさいの迷いは見られなかった。
リブ=レグラントとは、そういう男なのだ。
「死死死死死! てめぇらァ、この娘の命を貪り尽くせ!!」
ーーチクショウ。あと一歩だってのに……!
メルサに、理不尽かつ残酷な死が押し
迫っていたーー。




