悲しき決着
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パルレマインの辺縁部、大魔術により地盤が陥没してできた大穴。
マグマ溜まりと毒の沼が混じりあい、地獄のような様相を呈する大穴の底で。
王国正規軍所属・ラナ=ベンダラはかつての師・ウルミナス=ベラドンナと相まみえていた。
ウルミナスは何気ない様子でラナへと語りかけ、近づいていく。
「フッ。こんな所で出くわすとは奇遇だな、愚かなる我が弟子よ。息災であったか?」
「ええ。息災どころか、あなたを探し求めて血反吐を吐きながら生きてきましたわ。薬草のひとつも生えない荒野を、彷徨いながら」
「おや、そんなに私に恋い焦がれていたのか? いじらしいヤツめ」
「ふざけるのも大概にしてください。あなたが私に……いえ、私たちに何をしたのかを、忘れたとは言わせないわ……!」
ーーそれは王国正規軍史上、最凶・最悪の裏切り事件。
王国正規軍管轄の薬学研究所。
世界歳大規模の研究所であり、数百人の研究者が日夜研究に明け暮れ、治療や戦闘に活用するための薬品が開発されていた。
8年前のある日、その研究所職員の全員が殺害されるという事件が起きる。
研究所の貴重な薬品と、研究データもすべて盗まれていた。
奇妙なのは、その研究者たちの死にざま。
毒にまみれた施設内で、研究者たちは全員、緑色のゲル状になって死んでいた。
人間が肉体を毒に冒された結果なのだ。
犯人は、当時すでに正規軍最高位の薬師であったウルミナス=ベラドンナ。
驚くべきことに、この残虐極まりない犯行は彼女ひとりの手によって行われた。
数々の新たな調合レシピを発見した優秀な薬師。
高い戦闘力をもち、貧しい者に熱心に寄付を行う人格家としても知られていた。
そんな彼女が、これほど猟奇的な事件を起こすとは、誰も考えていなかったのだ。
そして、彼女は姿をくらました。
一番弟子であったラナ=ベンダラを残して。
王国正規軍は全力をもってウルミナスを追跡・捜索したが、彼女の行方は杳として知れなかったーー
「あなたが失踪して以来、私はあなたを探しだすことにすべてを費やしてきました。捜索を続けるうち、どうやら『救い主の手』に加入し、暗躍しているらしいことは分かった。でも、どうしてもあなたのもとへはたどり着けなかった……」
ラナは戦闘態勢へと入る。
右手にレイピア、左手には彼女の固有装備である魔導書『薬秘の真言』が具現化されていた。
「けれど今、ようやくこうしてあなたを見つけることができた。再会を祝するつもりはありません。軍に戻るように説得するつもりもありません。私はここであなたを、始末します」
「フッ。しばらく見ぬ間に、ずいぶん可愛げのない口をきくようになったものだ。これは、たっぷりとお仕置きをしなければならないな?」
ウルミナスも戦闘態勢へと入る。
両腕を振りはらうような動作をとると、服の袖口から隠れていた武器が現れた。
彼女の得物は、アサシン・ダガー。
固有武器である『灰狼の牙』は、刃に毒をもつのはもちろんのこと、振るたびに死の灰を振りまく。
少しでも吸えば死に至り、抵抗できたとしても体力・魔力・戦闘力の低下は免れない。
互いに戦闘態勢に入った両者は、一瞬で距離を詰め、どちらからともなく斬りかかった。
国際標準危険度比較(ISRR)・Aランク上位にあたるウルミナスに対して、ラナはBランク。
正面からまともにぶつかりあって、ラナにはとうてい勝ち目があるはずはなかった。
だが、ラナは思わぬ奮闘を見せることとなる。彼女がウルミナスを倒すために長年積みあげてきた準備をすべて解きはなったからだ。
「ーー『調合』!!」
ラナの固有装備にして固有スキル『薬秘の真言』により、彼女の脳内にある調合レシピは自動、かつ超高速で実行される。
単独での戦闘でも、『調合』スキルを使用することが可能なのだ。
『調合』で造りだされる薬品は強力な魔道具でもあり、攻撃に使うこともできる。
『薬師』というと治癒と戦闘補助に特化した地味な職業である印象であるが、実際には極めて攻撃的な職業である。
魔導師のなかでも、上級職にあたるのだ。
『赤龍の牙』×『巨人の薬』=『炎龍王の吐息』!!
王国南部を走る山脈の高地にのみ住むといわれる赤龍。
『赤龍の牙』はさまざまな火炎属性の魔道具の原料となり、滋養強壮の秘薬にもなる。
その牙を粉にして飲んだ戦士は全身が燃え盛るように熱くなり、数年にわたって休まずに戦いつづけることができるという。
『巨人の薬』は飲めば一時的にであるが体躯が3倍となり、体力・物理攻撃力が跳ねあがる貴重な秘薬。
そして、『炎龍王』アスナゼルは歴史上最大・最強の体躯をもっていたとされる赤龍。
太古の昔、人里に降りて災害級の被害をもたらしたとされる伝説の個体である。
炎龍王の吐息を思わせる苛烈な炎。
ふたつの薬品を調合することで火炎エネルギーが溢れだし、上級~最上級火炎魔法に匹敵するほどの属性攻撃を実現するのである。
『雷神の簑』×『英雄の薬』=『裁きの雷槌』!!
『雷神の簑』の正体は、深海の海底にのみ生息する海藻である。
海中に流れる微弱な電流を半永久的に蓄えつづけ、莫大な電気量を溜めこんでいる。
深海には強い魔物も多く、入手難易度の高さから、S級素材とされている。
『英雄の薬』は人間の潜在能力を最大限に引きだし、英雄的な強さを発揮する秘薬である。
戦闘中のみ、レベルがプラス20となる。
ふたつの秘薬を調合して起こるのは、雷神の怒りをそのまま再現したかのような属性攻撃。
あまりの超極電圧のために周囲の空間にもプラズマを発生させ、数多の光の軌跡が虹色に輝き、飛散していく。
……これらの調合は超高難易度であり、全力の戦闘中に行うことなど、並の薬師にできるものではない。
また、調合の素材に用いている薬はいずれも超稀少薬。
Sランク冒険者が生涯に一度入手できるかどうかというシロモノばかりである。
それらの超稀少薬を、ラナはただウルミナスを倒すという目標それだけのために、集め続けた。
王国正規軍としてもウルミナスは重大な謀反人であるため、資金面で協力を得ることができた。
これらの破滅的な攻撃に対し、ウルミナスは自身の絶大な魔力をぶつけて防御し、驚異的な身体能力で回避した。
「フッ。私をいかに殺したいのか、本気の殺意がありありと伝わってくるよ。だが、ご自慢の蓄えもあとどれだけもつかな?」
「くっ……!」
惜しげもなく『調合』を行っていくラナ。
逆に言えば、温存をしているだけの余裕がないのだ。
出し惜しみなどしていたら、幾ばくたりとも保たない。
それほどまでに、ウルミナスは強い。
そんなふたりの戦いぶりを、ルビエは遠まきに眺めていた。
ルビエは自身の身を守るため、オリハルコン・アダマンタイト・ミスリル・マナ鉱石を幾層にも重ねた球体のなかに閉じこもってしまった。
それでもウルミナスの攻撃の前では心許ないのだが、ゴロゴロ転がりながら安全なほうへ、安全なほうへと逃げていく。
ルビエは覗き穴からそのパッチリ開いたルビーの瞳を覗かせ、下僕であるツリーピオへと命じた。
「ツリーピオ! あのラナ=ベンダラとかいう薬師が死んだらワシもおしまいじゃ!
お前も手を貸すのじゃ!!」
「了解でス、ルビエサマ! クヒヒ!!」
人型に戻っていたツリーピオは自身の顔の前で腕を交差させ、戦闘形態へと形態変化した。
全身から釘の先端のような刺を突きだし、禍々しい殺人人形へと変貌したのだ。
○✕△のマークで簡易に描かれていた表情が、今は凶悪な顔つきへと変わっている。
『呪殺核』!!
ーータンボ=ツリーピオは、ルビエが趣味で集めた魔人形のコレクションのひとつである。
数多の魔人形のなかでも、圧倒的な呪力をもつ1品。
異国を放浪していて、とあるスラム街で売られているのを見つけて買った掘りだしものである。
魔人形は通常、持ち主の悪意に反応し、特定の儀式を経て交信することで、初めて秘めたる意思を表明することができる。
放っておいても勝手にしゃべって動くことなど異例中の異例、ありえぬことなのである。
だが、タンボ=ツリーピオ自身もかつての記憶を失っており、前の持ち主のことを覚えていない。
誰がなぜ、どのようにして造りだしたのかも知らないのだ。
今はただ、自身を買いあげて第一の下僕として寵愛してくれる主に、忠誠を尽くすのみ。
それは、呪いとも評すべきほどの忠誠であり、絶対的な主従関係なのであるーー。
戦いの隙を突き、ツリーピオがウルミナスへと襲いかかった。
ウルミナスは激しい戦闘中でも瞬時に反応し、ツリーピオの胴体に『灰狼の牙』を突きつけた。
だが、ツリーピオの体は一瞬でいくつものボールへと分解された。
刺を引っこめていたボールはてんでバラバラ、思い思いに跳ね、転がっていく。
「クヒヒ、『針千本』飲~まス!!」
それぞれのボールから、高速で無数の針が撃ちだされた!
針には1本1本に『呪い』の特殊効果が付与されている。
『呪い』にかかったものは金縛りで動きが拘束され、持続ダメージ(中)を受けつづける。
ウルミナスはこの無数の針をもダガーで捌き、躱してみせる。
驚くべき離れ業だが、ツリーピオの加勢はウルミナスから幾ばくかの余裕を奪いさった。
そして、そのわずかに生まれた隙を、ラナは見逃さなかった。
ーーホントの本命はこれから。
コレを、あの人の胸に撃ちこめば……!
それは、ラナのオリジナル・レシピ。
かつて王国随一の薬師であったウルミナスも知らない。
『冬女神の涙』×『英雄の薬』=『絶対なる死』
『冬女神の涙』は北の氷の大陸にのみ生息する『雪の樹』に、100年に1度のみ実るという奇跡の果実。
ひと粒投げ入れるだけで、火山のマグマ溜まりも凍てついてしまうほどの冷気を孕む。
英雄の薬の効果で細胞は活性化され、異常な活発状態となる。
その異常な活発状態を極冷気で完全停止することにより、細胞を強制死に至らせる。
心臓に撃ちこむことにより、抵抗不可能の100%即死魔法を実現することができるのだ。
惜しみなく『調合』で強力な攻撃を連発し、ツリーピオの協力も得て、少しずつ、少しずつウルミナスとの距離を詰め……。
ついに、そのときは訪れた。
アサシン・ダガー『灰狼の牙』による、首元を狙ったひと振り。
ラナは振りかかる死の灰を解毒しつつ、この致死の一撃を紙一重でかわした。
そして、彼女はウルミナスの懐へと潜りこみ……。
「今だ! 『調合』ッ!!」
『絶対なる死』!!
強きも弱きも、分け隔てなくもたらされる確実な死が、ウルミナスの心の臓へと撃ちこまれた。
ラナの手から溢れる英雄の霊気と、それに反作用するように吹きすさぶ極限の冷気。
「……ゴフッ!!」
全身を衝撃が駆けめぐり、さしものウルミナスも吐血した。
全身の細胞が活動を停止し、心臓が動きを止めたのだ。
……かつての師弟に、悲しき決着が着いた瞬間であった。




