物に宿る悪魔
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高台の下では、ノハナとリコがプレティ=チューパーと対峙していた。
妖艶な笑み。
こちらを値踏みするかのような視線に物怖じせずに……いや、正確には怯えていることを悟られぬように、ノハナは平静を装って話しかけた。
「チューパーさん、あなただったのデスね。私たちの情報を流していたのは……」
「はや! サヤちゃんの取材をしにきた新聞記者さんじゃなかったの……!?」
「そこなのデス。なぜサヤちゃんに近づいたのデスか? 『賢者の石』が目的だとして、サヤちゃんがここに来たのは偶然なはずなのデス!」
この問いかけに対し、チューパーは特に隠し立てをする様子もなく答えた。
身長差のあるノハナを見おろし、彼女の反応を楽しむかのように。
真実を知らせることなど、何も問題にならぬとでも言うかのように。
今の彼女の表情に浮かぶのは、いたいけな獲物をいたぶって舌なめずりする、獣のような残忍さだけだ。
「フフッ。単純に、サヤ=エルローズが標的のひとりであったというだけの話よ。私たちはあの子の『召喚』スキルに興味があるの。もうひとつの標的、錬金術師ルビエ=モズクォズと接近したのはたまたまね。もっとも、標的が勝手にまとまってくれて願ったりかなったりだわ。それぞれに狩る手間が省けたもの」
「はや! サヤちゃんとルビエさんを捕まえて、いったい何をさせる気? 召喚と錬金術になんの関係があるというの!?」
「フフッ、それはやってみてからのお楽しみよ。きっと、濡れるくらいに悦ばせてあげられると思うわ。……あら、あなたたちはお子ちゃまだから分からないかしらね、オホホホ!」
「……あなたは、何者なのデス? いったい、何が目的なのデスか!?」
「あなたたちに名乗る筋合いはないし、名乗る意味もないわね。……ただ、同胞のコットリカがお世話になった、とだけ言っておくわね」
「「!!」」
コットリカの名に、ノハナとリコは凍りついた。
ふたりの脳裏に、ルーフェリア魔導女学院での戦慄の夜の光景が、まざまざと蘇る。
ーーそんな……! それじゃこのヒトは、あのコットリカの仲間……!?
震えあがるノハナとリコをよそに、チューパーは愉快げに魔力を練りはじめた。
「さぁて。私のヒミツを知ってしまったあなたたちを、タダで帰すわけにはいかないわね。ちょうどこのお店は、遊ぶのにおあつらえな場所だわ。オモチャがいっぱいあるんだもの」
ノハナたちが入り込んだ建物。それは、道具屋だった。
テーブルの上には、商品である雑貨が整然と並べられているが、それらの物品がカタコトと音を鳴らして震えはじめる。
「ねぇ、知ってる? 東洋の小さな国では、あらゆる物に神が宿ると考えられているそうよ。なら、代わりに悪魔が宿ったとしてもぜんぜん不思議じゃないわよね」
初めは小さな震えだった物品の震えがだんだんと大きくなり、やがてガタゴトと目に見えるほどに大きな震えとなっていく。
そして、それらの物品に起こった変化に、ノハナとリコは目を瞠ることとなる。
例えば、目の前に置いてあったナイフ。
武器用ではなく、日常に用いるための何ひとつ変哲のないナイフ。
だが、刃の根元にギョロリとふたつの目が見開き、続いて手足が生え、口が開いた。
口からは臭気とともにダラリと涎を垂らし、醜悪な魔物と化した。
「ア゛アアアァ……!!」
「ギチギチ、ギチッ!!」
「ボーン、ボーン、ボーン!!」
ナイフはおぞましいうめき声をあげ、万力はきしむように己を締めつけ、柱時計は狂ったように鐘を打ち鳴らした。
この光景は、ノハナとリコにとてつもない恐怖をもたらした。
道具屋に並べられた数百という物品が、一瞬にして魔物の群れと化したのだから。
まさしく、突如としてモンスターハウスに踏み入れてしまったかのような衝撃であったのだ!
これがプレティ=チューパーの固有魔術、『騒霊憑依』!!
「キャアアアアッ!!」
「リコちゃん、自分の身を守るのデス!」
ノハナとリコは、襲いかかってくる魔物たちに対して、応戦を開始した。
……ノハナたちにとって幸運だったのは、魔物と化した物品たちが、いずれもEからDランク相当の低級モンスターであったことだ。
チューパーの『騒霊憑依』は、憑依する物品が強い殺傷力をもつもの、そして長い年月をかけて使いこまれれば使いこまれるほど強力なモンスターになるという特性をもつ。
ここは道具屋であったので、商品は戦闘を目的としない日用品ばかりであり、未使用の新品しかなかった。
逆に言えば、古武具に上級悪魔を憑依させればいとも簡単にAランク・モンスターを量産できる恐ろしい能力であるのだが……。
ともかく、この場に現れたモンスターたちは戦闘が苦手なノハナとリコでも、じゅうぶんに戦える相手であったのだ。
「宙に戯れし風の精霊よ、刃を運びて仇なす敵を斬りきざめ。『風刃』、なのデス!」
「はや! よし、私も……。清きせせらぎを求めし水の精霊よ、邪を撃ちぬき洗いながせ。『水銃』!」
ノハナたちが使っていたのは初級の戦闘呪文であるが、低級モンスターにはじゅうぶんに有効であった。
だが、さすがに相手となる敵の数が多すぎた。戦いを続けるうちに、だんだんと劣勢になっていく。
ナイフの悪魔が飛びかかってリコの服を斬り裂き、白い肌が露わとなった。
「キシャア!」
「きゃあっ!」
続いて、ロープの悪魔がリコの手足を縛りあげた。
ビンの悪魔が吐きだしたハチミツをかぶり、ヌメヌメと触手のようになったロープが、リコの素肌を舐めまわすように這っていく。
「ビュルルル……ビュビュッ!」
「なんで私ばっかり!?」
そして、『騒霊憑依』のもうひとつの恐ろしき特性。
それは、アイテムどうしの『融合』。
今、ペンキ塗り用のハケは糸車と融合し……ハケ水車となった。
ハケ水車は自身のハケを高速で回転させながら、リコの腋の下とか色んな所に擦りつけ始めた!!
「シャカシャカシャカ……」
「いやあああああああああっ!!
くすぐったい!!」
「リコちゃんッ!!」
ノハナは物陰にいったん身を隠しているところだった。
固有武器『見習い魔女の練習ステッキ』の特殊効果のおかけで魔力の消費はないが、途切れなく戦いつづけるだけで体力、精神力を大いに消耗させられる。
近接戦で多数の敵の攻撃を躱しながら詠唱を続けるのは、それだけの体力と集中力を要求されるのだ。
「はぁっ! はぁっ!」
息があがって苦しい。
酸欠で意識を失ってしまいそうだった。
だが、早くリコを助けなければ、このままでは悶絶死してしまう。
チューパーの操る道具の悪魔たちは、まだまだ数多く残っているというのに。
そして、次は自分も……。
泣きたい気持ちになりながら、ノハナはつぶやいた。
「おじいちゃん、助けてほしいのデス……」
そうつぶやいたノハナの脳裏に、祖父の過去の言葉が蘇ったーー。




