変貌
◇
コットリカは鉄骨の塔の梁にしがみついた状態から、スッと立ちあがった。
いや、違うわ。
正確には上下逆さまになってるから、コウモリみたいにぶらさがっていると言うべきかしら。
足首には『綿花』の繊維が絡みつき、鉄骨に固定されている。
以前に戦ったときは、フワフワと綿の塊が宙に浮かんでいるだけだったのに。
綿の繊維はザワザワと蠢き、まるでカビの菌糸が伸びる映像を早送りで見てるみたい。
腐物に巣くう菌糸。
その蠢く様は、見てるだけで生理的嫌悪感を抱かされて、背筋がゾワゾワする。
鉄骨に巻きついていた繊維はやがてズルリと剥けて、コットリカは落下した。
彼女は宙で身を翻して、足場へと着地した。
ズシン!!
コットリカの華奢な体からは信じられないほどに、鉄骨の足場が重たくきしんだ。
まるで、彼女の外見だけはそのままに、中身だけが入れ替えられてしまったみたい。
それに、前に自分で斬り落としたはずの右手首が、すっかり元通りに生えていた。
手首は回収されずに現場に落ちていたから、治癒魔術でつなげたわけじゃない。
治癒魔術を使ったとして、人間の手首が、何事もなく生えてくるなんてことがありうるのかしら?
コットリカは、その真っ赤に充血した目をこちらに向けた。
表情がおかしい。
前からおかしかったけど、もっとおかしい。
前は作り物の笑顔を貼りつけていたけれど、今は溢れるほどの狂気を隠そうともしていない。
その狂気が自分へと向けられていることに、恐怖を通り越して怒りが湧きあがってきた。
「コットリカ……あんた、なんでこんな所にいんのよ。あのゾンビたちは何? あんたが全部やったの? 答えなさいよ!!」
私はコットリカに向けて、叫んだ。
でも、彼女はあたしの言うことなんて聞いてなかった。
聞いてないというより、届いてないって感じだった。
「ウフフ。サヤ、会いたかったわ。私たちはあなたのことも探していたの」
「私のことも? 探してたって、なんで……?」
「あなたの『召喚』スキルが欲しいわ。あのお方にあなたのことを話したら、教えてくれたの! 『理想郷』を実現するのに、あなたの力も必要だって!」
「また訳の分っかんないこと言って……! あんたの言ってることはサッパリ分からないわ! なんなのよ、その『理想郷』って!」
「あら、分かるでしょ?」
コットリカは、両腕を大きく広げた。
まるで宣教師のように。無知な者へと、教えさとすかのように。
……いや、彼女は自身が救い主であると信じて疑わない。
「この世界は悲しみで溢れてるわ。体が弱く病に苦しむヒト、望まぬ性別で生まれてきてしまったヒト、年老いて心身が衰えていくヒト……。そんなヒトたちを苦しみの檻から救うことができるのよ! こんなにステキなことってないじゃない!!」
「……何よソレ。怪しい宗教にでも騙されてんじゃないの? ドワーフをゾンビに殺させて、魂を解放したとでも言いたいわけ?」
「殺して解放? そんな安直なことをするつもりはサラサラないわ。アレはただの犠牲よ。私たちが大いなる目標を達成するための、些細な犠牲にすぎないわ」
「命を奪っといて、些細な犠牲ですませるわけないでしょうがッ!!」
話をしてるあいだにも、コットリカの周囲には宙に浮かぶ『綿花』がモコモコと膨れあがり、繊維が彼女の体に絡みついていっている。
私の話なんて聞いちゃいやしねぇ。
「ウフフっ♥️ あのねあのね聞いてサヤ、あのお方にあなたのことは私に任せてほしいって頼んだら、喜んで行かせてくれたの。私の頼みごとなら、きっと聞いてくれるからって!」
「そんなわけないじゃない! ……なによ。あんた、いったいなんなのよ!!」
「喜んで、サヤ。私たちを手伝ってくれたら、一番にあなたを『理想郷』の住人にしてあげる。……だから、私といっしょに行こ? ウフ、ヴフフフッ!! ふぶううぅぅっ……!!」
そのとき、夢に浮かされるようにあさっての方向を見つめていたコットリカの眼球が、ギョロリとこちらを向いた。
ヤバい、やられる。
直感的に危機を感じ取り、私は動きだしていた。
やられるより先に、こっちからやってやるわ!
「あいつをやっつけて、『ノギンメイデス』!!」
「ムッフォイ!!」
岩肌みたいな、屈強な筋肉。中央の巨大な顔から、直接2本のたくましい腕が生え出でている。
筋肉の塊みたいなフォルム、『筋力』の召喚獣ノギンメイデス。
ノギンメイデスは瞬時にコットリカの前に移動すると、猛然と殴りつけはじめた!!
『剛腕の拳 超連打』!!
スゴい。
猗○座かってくらい殴りまくってる。
これがノギンメイデスの本気。
鬼○隊士どころか、マントルだって打ち砕いてしまいそうだわ!!
……でも、コットリカはノックバックするどころか、その場から1歩たりとも動いていなかった。
『綿花』から伸びていた繊維はいつの間にか緻密に編みこまれ、幾重もの布の壁を作りだされていた。
布の壁はノギンメイデスの拳の威力を殺し、破れる気配がない。
信じられない。
ノギンメイデスの拳は超大型のクラーケンを軽々とふっ飛ばすのよ。
それが、布の壁1枚すらも破れないなんて。
……コットリカの綿花には、魔力や液体を吸収する力があった。
でも、今は驚異的な物理耐性も身に付けているように見える。
精神は狂気にとらわれているのに、スキルのコントロールはより精密になっているだなんて、そんなのアリ!?
さらに、一度斬り落とされたはずのみぎ手首がゴキゴキと音を鳴らし、巨大な鋏へと変貌した。
全体の形状としてはバル○ン星人に近い。
でも、刃渡りはそれより遥かに禍々しい形状をしていて、子供向け特撮番組などではとてもじゃないけど放映できないグロさだ。
骨と肉と鋏とが、完全に混じりあっていた。
コットリカは自身が作りだした布の壁を自ら斬り裂き、姿を現した。
そしてそのままノギンメイデスへと斬りかかり……。
『邪鋏』!!
コットリカの右手の鋏は邪悪なオーラをまとい、徹底的にノギンメイデスを斬りきざんだ!!
「ウフッ! ウフフッ!! ウブフフぅぅッ!!!」
「ムッフォォォ……!!」
コットリカが右手の鋏を振るうたびにノギンメイデスは細切れになっていき……。
そして最終的に、ノギンメイデスは光の粒となって消滅した。
「ミュウッ!!」
私の服のなかに入っていたネネミュウが、悲痛な叫びをあげた。
同じ幻獣同士、やっぱり思うところがあるみたい。
ーー信じられなかった。
召喚獣はいつも顕現するだびに壮絶な実力を発揮して、私に新たな力を授けてくれた。
その存在は絶対的な強き者であって、負けて消滅することなんてありえないと思っていた。
それが、こんなにもあっさりと敗れ、姿を消すことになるなんて。
コットリカに、ますます綿花の繊維が絡みついていく。
全身に浮かびあがった血管が脈打っている。
彼女は狂気に満ち満ちた目を見開き、叫んだ。
「さぁあああ、私と一緒に行きましょおおおぅ、サヤ!! ヴフフフッ!!」




