働き者の病
◇
私たちの前に現れたのは、うすく青みのかかった紫色の髪の女性。
背は低くなくて普通だけど、ノハナに似て小作りな顔つきの美人さん。というか、ノハナにそっくりだ。
女性とノハナは両手を合わせて再会を喜びあっている。
彼女が近づいてきたとき、清涼感のあるフローラルな香りがただよってきていた。
これは……薬草の香り?
「ノハナ、この方は……?」
「この人はラナお姉ちゃん、私の親戚なのデス。王国正規軍所属で、王国を代表する薬師でもあるのデス!」
「初めまして、私はラナ=ベンダラ。あなた方がノハナちゃんのお友だちですね。ようこそパレルマインへ」
聞いてるだけで、心がスッと安らぐような声。
存在自体がお薬みたいな人だ。癒されるぅ~。
「でも、ラナお姉ちゃんがどうしてここにいるのデス? 普段は正規軍の仕事で忙しくて、なかなかおじいちゃんの家に来れないのに……」
「うん。じつは、おばさんに呼ばれてきたの。おじいちゃんが病にかかって、危篤だって。それで、薬師でもある私が呼ばれたの」
「え!? そうなのデスか!?」
「うん。ノハナちゃんにも早く来てもらいたいって。あなたのことを、おじいちゃんはとても可愛がっていたから……。ノハナちゃんがショックを受けるだろうからって、病のことは今まで内緒にされてたのよ」
ノハナはラナさんの話を聞くと、血相を変えておじいちゃんのお家へと駆けだした。
私たちも慌ててノハナの後に付いていく。
おじいちゃんのお家につくと、ノハナのご両親と会った。
私たちは入っていいと言われたけど、さすがに部外者のチューパーさんには入り口で待っててもらうことにした。これにはチューパーさんも素直に従う。
家となっている洞穴のなかに入ると、優しい色の光を放つ魔鉱石だけ残してあるから、間接照明みたいで落ち着く。
家具や装飾品もすべてドワーフの手作りだから、可愛らしいものばかりで、見ているだけで心があったまる。作った人の優しさが、伝わってくるようだ。
でも今は、ノハナのおじいちゃんの容態が心配だわ。
私たちはまっすぐ洞穴のいちばん奥、おじいちゃんのいる部屋へと走り抜けていく。
いちばん奥の部屋にたどり着くと、なかにはたくさんのドワーフたちがいた。
皆、街の重役や長老たちらしい。
皆に囲まれた中央のベッドに、ノハナのおじいちゃんが目をつむって横たわっていた。
真っ白なヒゲモジャの、ドワーフのおじいちゃん。
ドワーフは赤ら顔であることが多いけれど、おじいちゃんは顔が青白く、容態の深刻さが見て取れる。
「おじいちゃん!!」
ノハナが周りを囲むドワーフの隙間をかき分け、おじいちゃんにすがりついた。
今まで周囲からどれだけ声をかけられても反応しなかったおじいちゃんが、ノハナの声でうっすら目をひらいた。
クリッとしたドングリまなこはノハナの面影を思わせる。
でも、今は目が焦点を結ばず、どこか遠くを見てしまっている。
おじいちゃんはノハナの声がするほうへ、震える手を伸ばした。
その痩せ細った腕は、老いた木が若芽を求めて伸ばした枯れ枝みたいだった。
かつてはノハナをがっしりと抱きしめたであろうドワーフのたくましい腕が、今はあんなにも細い。
「……ノハナ? ノハナか? そこにおるのか?」
「おじいちゃん! 私はここなのデス!!」
「おお、私の可愛い孫よ。よくぞ来てくれた。だが今は、その顔をこの目に映すことさえも叶わぬ……」
「おじいちゃん、そんな……ッ!!」
ノハナはおじいちゃんの胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
おじいちゃんはしばらくノハナの頭をなでていたけれど、やがて意識が遠のいたのか、深く眠りについてしまった。
「おじいちゃん!? だめデス、目を覚ますのデス!」
「大丈夫、眠っただけのようです。最近では短時間で目を覚ましたり眠ったりを繰り返すようになっていました。今はゆっくり休ませてあげましょう」
傍に控えていたお医者さんに言われ、ノハナは泣く泣くしがみついていたおじいちゃんから離れた。
ノハナの両親が寄り添って、両側から彼女の背を支えている。
ついさっきまで、トロッコに乗ってはしゃいでいたのが嘘みたい。ノハナが涙で目を真っ赤に腫らしているのを見て、私たちの胸も苦しくなった。
別室へと移り、お医者さんからおじいちゃんの病状に関して説明を受けた。
ノハナのご両親に、ラナさんもいっしょだ。
長年にわたって魔鉱石の加工に携わっている者がかかる奇病。
魔鉱石を打ち砕く際に放出される、強力な魔導力の波導に長年曝されることが原因で起こる。
魔鉱石の加工の際にはシールドを装備するけれど、完全に防ぐことはできない。少しずつ、ダメージは蓄積されていく。
発症する時期はかなり個人差があるけれど、長い年月、一生懸命に働くほどに発症する確率が高まる。ついた異名が『働き者の病』。
一度発症してしまうと、体内に蓄積された魔導力が暴れまわり、どんどん肉体を蝕んでいく。
「族長は御年256歳。この歳まで現役で働いていたことは、じゅうぶん驚嘆に値するのですが……」
「256歳!?」
「え、だって、ノハナのおじいちゃんじゃ……」
「ドワーフは長生きですから……。エルフほどじゃありませんがね」
お医者さんは、あたりまえのように答える。
……そうか、ドワーフは長生きだから、そもそも年の取り方が人間とはぜんぜん違うのかも。
となると、人間だったノハナのおばあちゃんとはかなりの年の差婚だったのかもしれない。
ノハナのお母さんーードワーフの血を引くほう、ラナさんにとってのおばさんでもある。彼女もノハナにそっくりだーーは、お医者さんにすがるように、質問をした。
「先生、父の病を治す方法はないんでしょうか? 父はもう、助からないんでしょうか……」
「この病にかからなければ、体は健康そのものですからね。病さえ克服できれば、持ち直せると思うのですが……。残念ながら、この病を治す方法は見つかっていません」
「そんな……」
ノハナのお母さんが、顔を両手で覆って、がっくりとうなだれる。
隣にいたお父さんが彼女の背を擦るが、かける言葉が見つからないようだ。
沈黙が続き、場を重たい空気が支配する。
いっしょに話を聞いていた私たちも、何を言ったらいいのか分からない。
「御愁傷様です」だなんて、とてもじゃないけど言えない。
ノハナもさっきから、涙を流しながら黙りこくったままだ。
でも、その沈黙を破るようにして、ラナさんが口をひらいた。
「もしかしたら、おじいちゃんの病を治す方法があるかもしれません」
「「え!?」」
皆の視線が、ラナさんへと集まる。
ラナさんは真剣な面持ちだ。ノハナたちを励ますための出任せなんかじゃないことが分かる。
「私には薬剤の『調合』スキルがあります。どんな病をも治すという霊薬を調合することができれば、おじいちゃんの病を治すこともできるかもしれません」
「なんと! お嬢さん、それは真か!?」
お医者さんも、とても驚いている様子だ。
ずっとうつむいたままだったノハナも、顔をあげた。
「ええ。ただ、それにはとてつもなく高度な『調合』スキルと……。材料としての賢者の石、『命の滴』を探しだす必要があります」
賢者の石!
あの、ファンタジー作品でも時折見かける超レア・アイテム!
すごい。それならたしかにおじいちゃんの病を治すこともできそうだわ。
でも、そんなレア・アイテム、都合よく手に入るのかしら……?
「このパルレマインに、高名な錬金術師の末裔が隠れ住んでいることは判明しています。その人の元を訪ねて、協力してもらえないかお願いしてみましょう」
「でも、ラナお姉ちゃん。万病を治す霊薬を調合するのは、究極とも言えるほどの技能が要求されるはずなのデス。それほどの技術、いったいどこで手に入れたのデスか……?」
「その技術に関しては、私の師だった人に教えてもらっていたの。もちろん、とてつもないほどの高難度だから、本当にできるかどうかはやってみないと分からないけれどね……」
そう言って、ラナさんは自信なさげに自身の腕を抱えた。
究極とも言える『調合』スキルに、賢者の石である『命の滴』。
そのふたつを同時に揃えるのは、とてつもなく難しいことであるように思えた。
……でも、ノハナのおじいちゃんを助けるためには、やるっきゃない。
ノハナとラナさんは決心したように目を見合わせて、ウンとうなずいた。
「族長殿の命はもってあと1週間。お力になれず申し訳ないが、頼みましたぞ。ラナ殿、ノハナ殿」
「「はい!」」
お医者さんに言われ、ラナさんとノハナは力強く返事をした。
こうして、私たちはまずは高名な錬金術師の末裔であるという人の元を訪ねることとなったのでした。




