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変身の朝(あした) その3

 水に満たされた堀の中に屹立する、高い土台の上に建つ、ラピータ宮殿の門前に広がる石造りのスペースの上で、シュナン少年の横臥した石像の周りに、寄り添うように集まっている、メデューサら旅の仲間たちは、いきなりの神の降臨に驚いて、一斉に空を見上げ、それぞれの顔に、呆然とした表情を浮かべていました。

メデューサも、仰向けになったシュナン少年の石像に寄り添い、その傍らに座りながら、突然の神の出現に驚き、一瞬、悲しみを忘れて、天から降りて来た、巨大な光のかたまりの方を、見上げています。

雲の合間から出現した、空中に浮かぶ、その巨大な光球は、メデューサたちが呆然と見上げる中、天の方から少しずつ降下すると、メデューサたちがいる、ラピータ宮殿の門前に広がる石畳で出来たスペースの、ちょうど真上にあたる、宮殿の尖塔の高い屋根に近い位置で、ピタリと動きを止めます。

そして、まるで上空から見下ろすように、空中で静止したまま、そこから眼下の石床の上にいるメデューサたちに向かって、その光輝に包まれた女神は声を発します。


「ラーナ・メデューサ、わたしは、はるかな昔に、あなたの先祖と、今は「アルテミスの森」と呼ばれる場所の、領有権をめぐって争った、月の女神アルテミスです。そしてあなたの一族を、蛇の髪の毛と、相手を石に変える魔眼を持つ、呪われた存在に変えた張本人でもあります」


上空に浮かぶ光球の中から声を発する、女神のその言葉を、眼下の石造りの床に、シュナン少年の石像に寄り添って座るラーナ・メデューサや、彼女の背後に立つレダやボボンゴは、口を半開きにして聞いています。


「もちろん、何の理由もなく、そんな事をした訳ではなく、人類の強力な指導者であった、あなたの一族を、他の人間から遠ざけて孤立させ、二度と神々に反旗を翻す事の無いようにする目的があったのです。でもー」


自らが発する光に包まれて、ラピータ宮殿の上空に浮かぶ女神アルテミスは、そこまで言うと、少し声の調子を落とします。


「今では、わたしは、あなた方の一族に呪いをかけた事を、後悔しています。女神らしからぬ、卑劣な行いだったとー。実はわたしは、かなり前からある者を通じて、あなた方の旅の様子を、ずっと監視していました。互いをいたわり合って、困難な旅を続ける、あなた方の姿をー。そして、わたしは知ったのです。自らの愚かさと犯した過ちをー」


そんな風に、ラピータ宮殿の上空に浮かび自分に話しかける、光り輝く女神の姿を、その真下に広がる、石造りのスペースの上に座るラーナ・メデューサは、傍らに横たわるシュナン少年の石像に、ぴったりと寄り添いながら、複雑な思いで見上げており、蛇の前髪で隠された顔に、戸惑いの表情を浮かべています。

彼女は、一族の仇敵である女神が、今頃になって自分の前に現れて謝罪し、しかも和解を持ちかけて来た事に、驚き混乱していました。

そしてー。

そんな蛇娘を眼下に見下ろしながら、上空に浮かぶ光に包まれた女神は、更に言葉を続けます。


「今更と、思うかもしれませんが、わたくしはあなたの一族と、和解したいと思っています。その証として、まずはあなたの一族にかけた、変身の呪いを解いて、あなたの姿を人間に戻す事にしましょう」


横臥した少年の石像に、寄り添って座るラーナ・メデューサは、頭上から響く、女神のその言葉を聞くと、驚きのあまり、蛇の髪の下の魔眼を大きく見開き、思わず声を上げます。


「えっ!」


彼女の背後で、宮殿前の石造りの床の上に立ち尽くしていた、レダとボボンゴも、女神の発したその言葉に驚き、二人して息を呑みます。

近くの石畳に折れて転がっている師匠の杖も、その先端の円板についた大きな目を、更に大きく見開き、光らせています。

そのように、眼下にいる者たちが一斉に驚く中、ラピータ宮殿の上空に浮かぶ女神アルテミスは、ちょうど真下あたりの、石畳で出来た床上に、シュナン少年の石像と共にうずくまり、自分の方を見上げているメデューサに向かって、手を振りかざすと、何やら口の中で、モゴモゴと呪文を唱えました。

するとー。

それは、メデューサの背後に立っているレダやボボンゴが、驚きの声を上げる間もないほど、一瞬の出来事でした。

呪われた少女ラーナ・メデューサに、ついに変身の(とき)が訪れたのです。

シュナン少年の石像に寄り添い、石床の上に座っていたメデューサの身体が、まぶしい光に包まれると、彼女の蛇の髪が一斉に抜け落ち、その頭から抜け落ちた生きた蛇たちは、身体をうねりながら、一斉に四方へと散って行きます。

そして、蛇の髪が抜けると、ほぼ同時に、メデューサの頭からは、波打つ美しい金色の髪が、弾けるように生えてきて、彼女の頭部をすっぽりと覆いました。

更に彼女の真紅の魔眼は、目まぐるしくその色を変え、赤黄緑と移り変わった後に、結局は、紺碧の海のような、エメラルド・ブルーに落ち着きます。

周囲にいる仲間たちが、驚きの目で見守る中、横臥したシュナン少年の石像の傍らで、石床に座っているメデューサの外観は、見る見るうちに変わって行き、蛇の髪と真紅の瞳を持つ異形の少女は、流れるように波打つ金髪とエメラルド色の瞳を持つ、美しい少女へと、その姿を変えていました。

メデューサの背後に立っている、レダとボボンゴは、メデューサの突然の変身に驚き、変身後の彼女のあまりに美しいその姿に、思わず目を見張ります。

側の石畳の上に、二つに折れて転がっている師匠の杖も、先端の円板についた大きな目を、明滅させて驚いています。


「メデューサ・・・。な、なんて綺麗なの・・・」


「う、うむ、驚いた。目鼻立ちが、美しいのは、知ってたが・・・」


「ま、まぁ、祖先は、大神ゼウスの娘である女神アテナと、美しさを争ったくらいだからな・・・」


一方、当のメデューサといえば、自分の身に突如として起こった変化に戸惑い、シュナン少年の横臥した石像の傍らで、石床の上に座り込みながら、自分の顔を両手で、ペタペタと触っていました。

彼女が、ふと横を振り向くと、側の石畳の上に、彼女の頭から抜け落ちた数十匹の蛇が、鎌首をもたげて、ずらりと整列しています。

メデューサが戸惑いながらも、その蛇たちに向かってうなずくと、蛇たちの先頭に並んでいた一匹が、ペコリと挨拶を返しました。

それと同時に、石畳の上に居並んでいた蛇たちは、側の石床に座り込むメデューサの前から、バラバラに去って行き、ある者は、ラピータ宮殿の方に向かい、また、ある者は、宮殿を支える土台についた階段を滑り降りて、周囲に広がる水面に飛び込み、メデューサの視界から、あっという間に消えて行きました。

そうしてしばしの間、自分の頭に、生まれた時からくっついていた、蛇たちが去って行く様子を、シュナン少年の石像の側に座り込みながら、呆然と見守っていたメデューサですが、そんな彼女に対して、真上付近の上空に浮かぶアルテミス神が、頭上から声をかけてきます。


「あなたに、かかっていた呪いは、これで解かれました。それで、メデューサ、他に何か、望みはありませんか?こんな事で、わたしの犯した罪があがなわれるとは、もちろん思いませんが、せめてもの償いがしたいのです」


ラピータ宮殿の門前に広がる、石畳が敷きつめられたスペースの上で、横臥したシュナン少年の石像の側に、寄り添うように座っているラーナ・メデューサは、急に人間の姿に戻されて、その心はひどく混乱していました。

しかし、上空に浮かんでいる女神が発した、自分の願いをかなえるという、その申し出の言葉を耳にした彼女は、人間に戻ったばかりの美しい顔に、ハッとした表情を浮かべます。

そして、目の前の石畳の上に、仰向けの状態で横たわっている、シュナン少年の石像に目をやると、何を思ったのか、上空に浮かぶ女神の方に、石畳に座ったままの姿勢で、自分の身体を正対させると、まるで土下座をする直前のような格好で、石畳に手をつきます。

上空に浮かぶ女神の前で、石床の上に膝まずき、四つん這いの姿勢となったラーナ・メデューサは、顔だけを上げると、光に包まれた女神のシルエットを真っ直ぐに見つめ、真剣な面持ちで言いました。


「もしも、わたしの願いを、かなえてくれるとおっしゃるのならー。どうか、お願いします、女神さま。シュナンをー。シュナンを、生き返らせて下さい」


メデューサのその言葉を聞いて、彼女の後ろで呆然と立ち尽くしていたレダとボボンゴは、二人して息を呑みます。

側の石畳の上に転がっている、二つに折れた師匠の杖も、その先端の円板についた大きな目を、キラリと光らせます。

確かに、森羅万象を司る神であったなら、石像と化して絶命したシュナンを、再び生き返らせる事が、出来るかもしれません。

ラピータ宮殿の、高い屋根のあたりに浮かんでいる、女神アルテミスの前にひざまずいたラーナ・メデューサは、宮殿前に広がる、石畳が敷きつめられた床の上に、手をついて四つん這いとなり、何度も頭を下げて、上空にいる女神に懇願します。


「どうか、どうか、お願いします。もしも、メデューサ族の存在が、危険だと言うなら、わたしは、醜い怪物の姿のままでかまいません。その代わり、シュナンをー。シュナンを、生き返らせて下さい。お願いします、女神さまー」


ラピータ宮殿の門前に広がる石造りの床の上に、土下座の姿勢でひざまずき、上空に浮かぶ女神に、何度も頭を下げて懇願する、メデューサ王の裔たる、ラーナ・メデューサ。

シュナン少年を、蘇らせて貰うために、メデューサは必死でした。

石造りの床に何度も額を擦りつけて、頭を下げ続けたために、彼女の美しい顔は、埃で黒く汚れ、青い瞳からは、真珠のような涙が、ポロポロとこぼれ落ちます。


「お願いします、お願いします、お願いしますーっ」


まるで土下座をするみたいに、ラピータ宮殿の門前に広がる石造りの床の上に這いつくばり、何度も額を石床にこすりつけて、自分に向かって頭を下げ、懇願し続けるメデューサの、なりふり構わぬその姿を、はるか高所である宮殿の高い屋根に近い、宙空に浮遊する光球の中から見下ろす女神アルテミスは、光の中心で静かに佇んでいます。

はるか上空から、眼下にひざまずくメデューサを無言で見下ろす、光に包まれた神は、どこか困惑しているようにも見えます。

メデューサの背後に立っているレダやボボンゴも、彼女の必死な姿に圧倒され、石床にへばりつくようにして、上空にいる女神に向かって涙を流しながら頭を下げ続ける、仲間の姿を、ただ後ろから見守る事しか出来ませんでした。

側の石畳の上に転がっている、二つに折れた師匠の杖も、先端の円板についた大きな目をギョロリと動かして、床上で土下座するメデューサの方を、じっと見つめています。

やがて、水に満たされた堀の中に屹立する、高い土台の上に建てられたラピータ宮殿の、上空に浮かぶ、光に包まれた女神アルテミスは、眼下に広がる石造りの床に這いつくばるメデューサや、その周りにいるシュナンの仲間たちを、はるかな高所から見下ろしながら、どこか突き放した様な口調で言いました。

メデューサたちの、一縷(いちる)の望みを、断ち切る言葉をー。


「それは出来ませんー。死者を蘇らせる権限は、残念ですが、わたくしには無いのです。それが出来る者は、オリンポス12神の中でも、わたしの叔父にあたる、死者の国である冥界を統べる、大神、冥皇神ハーデスだけなのです」


[続く]

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