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変身の朝(あした) その2

 シュナン少年の石像の上に、身を投げ出すように突っ伏し、血の涙を流しながら慟哭する、メデューサ。

そんなメデューサに対し、彼女の背後からその様子を見守る仲間たちは、かける言葉もなく、ただ黙って見ているしかありません。

しかし、そんな悲嘆にくれるメデューサに対して、真っ二つに折れて石畳の上に転がっている、師匠の杖が、その先端の円板についた、大きな目を光らせながら、声を発します。


「メデューサ、君は、化け物などではない。シュナンだって、そう言っていたではないか。忘れたのかね?そもそも、化け物などという呼称は、恐怖にかられた人間が、自分にとって都合の悪い相手を、便宜的に、そう名付けているに過ぎない。君は君だ、ラーナ・メデューサ」


シュナン少年の師であった師匠の杖は、彼にとって大切な人であったメデューサを、このまま落ち込ませてはいけないと考え、少年の遺志を継ぐ彼女を、少しでも元気付けようと思って、そんな事を言ったのでした。

師匠の杖に続くかのように、メデューサの背後に立つレダとボボンゴも、自分たちの悲しみをこらえながら、次々に声を発し、絶望の沼に沈む蛇娘を、何とか慰めようとします。


「メデューサ、しっかりしてー」


「メデューサ、化け物じゃ、ない。絶対にー」


けれど、そんな声が耳に届いても、メデューサが声のした後ろを、振り返る事はありません。

相変わらず、仲間たちに背を向けたまま、石造りの床上に座り込み、横臥したシュナン少年の石像の傍らに、ぴったりと寄り添っています。

もちろんメデューサも、背後から響く仲間たちの声は聞いており、いつまでも、今の悲しみに打ちひしがれた状態で、いれる訳ではない事は、良く分かっていました。

メデューサは、シュナン少年の石像に覆いかぶさったまま、少し顔を上げると、すぐ側の石畳の上に転がっている、黄金の種子が詰まった麻袋の方に、目をやります。

そして、改めて思い起こします。

シュナン少年との、約束をー。

自分には、シュナン少年に託された「黄金の種子」を、人々に届けるという大切な使命があり、その為に新たな旅を、始めなければならないのだという事をー。

それは、辛く苦しく長い旅に、なる事でしょう。

彼女の隣には、もう愛するシュナン少年は、いないのですから。

けれどメデューサは、どんなに辛くて困難でも、シュナン少年の遺志を引き継ぎ、人間たちの元に「黄金の種子」を、届けるつもりでした。

シュナン少年の、真心と努力を、無駄にしない為にー。

メデューサは、やがて一人ぼっちで、新たな旅に挑まなければなりません。

でも今だけは、せめて今だけは、たとえ石像と化した姿でも、シュナン少年の側に、寄り添っていたいー。

メデューサは、そう思っていたのです。

メデューサは、石床に仰向けに横たわる少年の石像に、両手で覆いかぶさるようにしがみついており、その石像の胸のあたりに、蛇で覆われた顔を、そっとうずめています。

まるで、その石の身体にわずかに残った、微かな温もりを、求めるかのようにー。

時おり、石像の胸にうずめた顔のあたりから、蛇娘の発する泣き声と、嗚咽する音が聞こえてきます。

そんなメデューサの姿を、ずっと背後から見ていたペガサスの少女レダは、とうとう耐えきれなくなったのか、石床の上にしゃがみ込むと、両手で顔を覆って、シクシクと泣き始めます。

そしてレダの隣に立ち、彼女と同じく、メデューサの様子を後ろから見守っていた巨人ボボンゴは、石床の上で直立不動の姿勢をとって、じっと悲しみをこらえていました。

しかしー。

隣にいるレダが、床にしゃがみ込み、泣き始めたのを見て、ついに我慢の限界に達したのか、そのたくましい双腕を、頭上に振り上げると、天に向かって大きな声で叫びました。


「メデューサ、化け物じゃ、ないっ!!!シュナン、返せっ!!!おおおおおおぉぉぉーっ!!!」


巨人ボボンゴの放った、その悲痛な叫びは、周りの空気を震わせ、今は水面に浮かぶ孤島のようになった、堀の中に屹立する高い土台の上に建つ、ラピータ宮殿の門前に、雷鳴の如く響き渡ります。

ボボンゴの、その野太い咆哮は、彼が立つラピータ宮殿の前に広がる、石畳で出来た床を揺るがせるほど大きく、まさしく天上まで届くかのようでした。

そして、その時、不思議な事が起こります。

まるで、ボボンゴのその叫びに応えるかのように、はるか上空の方から、女性の声が聞こえてきたのです。


「あなたのおっしゃる事は、良くわかりましたわ。巨人族の勇者、ボボンゴ」


いきなり天の声が響いた事に驚いた、ラピータ宮殿の門前にいる旅の仲間たちは、シュナン少年の石像に寄り添って石床の上に座る、メデューサを始めとして、一斉に空を見上げます。

するとー。

パロ・メデューサの上空を覆う曇天を切り裂くように、雲の切れ間から陽光が差し込み、そこからなにか巨大な光球みたいな物体が、ゆっくりと降りてくるのが見えました。

シュナン少年の石像に寄り添う、メデューサの側で、石畳の上に転がっている師匠の杖が、うわずった声を上げます。


「あ、あれはまさかー。信じられんー」


メデューサの背後に立つ、レダとボボンゴも、上空の雲の切れ間から現れて、自分たちがいるラピータ宮殿の高い屋根の方に、ゆっくりと降りて来る、その巨大な光球の方を、呆然と見つめています。

彼らの方に降りて来る、天から現れたその巨大な光球の中心には、長身の女性の、シルエットのような輪郭が浮かんでいます。

その天から降りて来た、女性の周囲を包む光球の光は、正確に言えば光ではなく、上空を見上げているメデューサたちの、未熟な知覚能力では、はるか高次元の存在である彼女の全貌を、捉える事が出来ず、光として見えているだけなのでした。

それはまさしく、神の光でした。

そうー。

この世の全てを統べる、オリンポス12神の一柱であり、メデューサの先祖とも深い因縁のある、美と狩猟を司る月の女神アルテミスが、数百年ぶりに地上へと降臨して来たのです。


[続く]


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