変身の朝(あした) その1
高い土台の上に建つラピータ宮殿の周辺は、再び、以前のような静寂を取り戻していました。
蜘蛛の子を散らすように潰走した、ペルセウス軍の兵士たちによる、怒号と悲鳴が飛び交う、先程までの喧騒状態はどこへやら、ラピータ宮殿の周囲一帯は、彼らが襲来し、広い堀の中にひしめいて、高い土台の上に建つ宮殿を包囲する前の、まるで水を打ったような静けさに、再び包まれていたのです。
ただ以前と少し違うのは、宮殿の周囲に広がる広い堀の中に、水門から流れ込んだ水流がたまり、まるで満水状態のダムみたいな、ありさまになっている事でした。
そして、その水がたまった堀の水面の下には、真っ先に石化したペルセウス王を始めとする、何体かの、石像となった兵士や、馬たちの哀れな亡骸が沈み、堀の底に静かに横たわっています。
ペルセウス軍の兵士たちの大半は、宮殿の周りに広がる堀の中から脱出した後で、広大なパロ・メデューサの無人の市街地に逃げ込みましたが、すぐにそこからも撤退し、散り散りバラバラとなって、いずこかへ去って行きました。
一方、堀の中心に屹立している、高い土台の上に建つラピータ宮殿は、周囲に広がる堀の中に水がたまり、まるで、湖に浮かぶ孤島みたいな状態になっていました。
そして、その水上に浮かぶ、孤島のような姿となった、高い土台の上に建つラピータ宮殿の門前には、石造りのスペースに横たわるシュナン少年の石像と、彼の傍らに寄り添って座る、メデューサの姿がありました。
メデューサは、ラピータ宮殿の門前で、石畳の上に仰向けになっている、シュナン少年の石像の側に、かしずくように座り込んでおり、まるで、その横臥した石像に、しがみつくような体勢を取っています。
先ほどまで、ほとんど真上に逆立っていた蛇の髪の毛は、再びぐったりと垂れ下がり、彼女の顔をべったりと覆っています。
メデューサは、その顔を覆う蛇の髪の隙間から、血の涙を流しながら、変わり果てた彼の姿を見つめ、覆いかぶさるように、少年の石像にしがみついていました。
そして、そんな風に、横臥したシュナン少年の石像の側に寄り添って座る、悲しみに沈むメデューサの背後には、ようやく身体の拘束を解かれて、石畳の上に茫然と立つ、旅の仲間である、レダとボボンゴの姿がありました。
魔神兵との交戦により、不思議なリング状の光線によって身体を拘束されて、身動きが取れなくなった彼らは、その後の戦いの様子を、石畳の上でその身を縛られた状態で寝転びながら、何の手も打てずに、ただ見ている事しか出来ませんでした。
魔術師レプカールの死によって、魔術光線の効果が消えたのか、やっとその身は自由になったものの、時はすでに遅く、シュナン少年は物言わぬ石像と化し、周囲にひしめいていたペルセウス軍も、メデューサの魔力の発動とデイスの計略により壊滅し、蜘蛛の子を散らすように、逃げ去った後でした。
レダとボボンゴの二人は、ようやく自由になったその身を起き上がらせると、ラピータ宮殿の門前でシュナン少年の石像に寄り添って座る、メデューサの背後に立ち、自分たちもそこから、少年の変わり果てた姿を、じっと見下ろしました。
「あぁっ、シュ、シュナン・・・」
「う、ううっー。シュナンー」
レダとボボンゴの目からも、こらえ切れない涙が、ポロポロと流れ落ちます。
シュナンの持っていた師匠の杖も、また、真っ二つに折れて、石床の上に転がっており、その先端の円板についた大きな目を、天に向けながら、悲しげに光らせています。
彼らは、シュナン少年の、床上に仰向けになった石像に、覆いかぶさるようにしがみついている、メデューサを始めとして全員が、自分たちにとって大切な存在だった、青灰色の髪の少年を失った喪失感と、絶望感にさいなまれ、その場から一歩も動けず、我と我が身を責めていました。
そんな風にしばしの間、リーダーであるシュナン少年を失った旅の仲間たちは、ラピータ宮殿の門前に広がる、石造りのスペースの上で、物言わぬ少年の石像の周りを囲みながら、身じろぎもせずに深い悲しみに打ちひしがれていました。
そうして悲しみにくれるシュナンの仲間たちですが、やがて、少年の横臥した石像に寄り添って、床上にうずくまるメデューサの背後に、ボボンゴと共に立っているレダが、眼前の床上に、背中を見せてうずくまる蛇娘に向かって、涙をこらえながら声をかけます。
「メデューサ・・・。いつまでも、ここでこうしているわけにはいかないわ・・・。辛いのは・・・辛いのは良くわかるけど・・・。シュナンの石像と一緒に、宮殿内に移動しましょう。みんなで、これからどうするか相談しないとー」
レダはそう言うと、シュナン少年の石像の傍で、石床に座るメデューサの肩に、背後から自分の手を、そっと置こうとします。
しかしー。
「あたしに触らないでっ!!!」
激しい口調で、後ろから手を差しのべようとしたレダを拒絶する、メデューサ。
彼女は、シュナン少年の石像の側でうずくまったまま、背後に立つレダたちを、見ようともしません。
その、激しい拒絶の言葉に、戸惑うレダ。
レダは、メデューサの肩に置こうとした手を、宙ぶらりんにすると、悲しげな表情を、その美しい顔に浮かべました。
そして自分の方に向いている、仰向けになった少年の石像に寄り添って座る、妹分の小さな背中を、じっと見つめます。
もう一人の仲間である、緑色の巨人ボボンゴも、レダの隣で、メデューサの背中を見つめ、悲しげな顔をしています。
けれどもメデューサは、そんな背後に立つ仲間たちの、心配げな眼差しをも、一切拒絶するように、石造りの床にうずくまり、目の前に横たわるシュナン少年の石像だけを、一心に見つめています。
メデューサは、その石床に横たわる少年の石像にのしかかり、両手でしがみつくような姿勢を取ると、再び蛇の髪の隙間から、血の色をした涙を、ポタポタと流しました。
「あたしに、触らないで。あ、あたしは、化け物なんだから。好きな人を石にするなんて、化け物以外の何者でもないわ。お願いだから、こ、こんなあたしに、触れないでー。ううう~うぅ~っ!!」
[続く]




