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夢見る蛇の都 その41

 「僕は、君の顔を、自分のこの目で、ちゃんと見てみたいー。僕自身の、この二つの目でー。蛇の前髪を上げて、僕に君の顔を見せてくれ、メデューサ」


ラピータ宮殿前に広がる、石造りの床の上に横たわるシュナン少年の傍で、石畳に膝をついて座るラーナ・メデューサは、少年のその願いの内容を聞くと、蛇の前髪の下の魔眼を、これ以上無いほど、大きく見開きます。

そして同じく、蛇の前髪に隠された、その顔を、サッと青ざめさせました。

何故なら、今の、本来の視覚を取り戻したシュナン少年に、自分の素顔を、まともに見せる事ー。

それはすなわち、自分の石化の魔眼で、彼を物言わぬ石像に変え、その命を奪う事を意味していたからです。

シュナン少年の傍で、石床の上に座るラーナ・メデューサは、まるで空気を引き裂くような悲痛な声で、眼前に横たわる、瀕死の彼に向かって叫びます。


「駄目よ、シュナン、何を言ってるのー!?そんな事をすれば、あなたの身体は、石と化してしまうわー!!あなたを石にして殺すなんて、絶対に嫌ーっ!!嫌ーっ!!嫌よーっ!!!それだけは、絶対にできないわっ!!!」


少し離れた場所で、拘束された状態で寝転がっている、レダとボボンゴも、シュナン少年が発した言葉に驚き、石畳の上で、その拘束された身体を懸命によじりながら、近くにいるシュナンとメデューサの様子を、何とか確認しようとしています。


「ああっ、シュ、シュナンー。と、とうとう頭がー」


「う、うう~っ。シュナン、しっかり、しろーっ」


しかし、床上に伏せるシュナン少年は、そんな仲間たちの、心配と動揺の入り混じった視線を、一身に受けながらも、側に寄り添うように座るメデューサから、視線を外す事は無く、彼女の蛇に覆われた顔を、石畳から少し頭を浮かせながら、静かに見上げています。


「メデューサー、僕は、どのみち死ぬ。幼少期からの厳しい鍛錬のおかげで、今のところは、何とか意識を保ってはいるが、それも長くはないだろう。僕は意識がある、今のうちに、君の顔をちゃんと見たいー。僕の、一番大切な人の顔をー」


メデューサは、シュナン少年の言葉に、強く心を動かされながらも、やはり、その蛇で覆われた頭を、激しく振ります。


「駄目よ、シュナンー。それだけは駄目ー。お願い、許してーっ」


けれど、シュナン少年はそれでも諦めず、石造りの床に身体を横たえながら、そこからメデューサの蛇で覆われた顔を見上げ、哀願するような口調で、彼女に訴えます。


「メデューサ、僕は、目がちゃんと、見えるようになったんだよ。僕は、その見えるようになった、自分自身の目で、君の顔を、しっかりと見てみたい。僕が、一番見たかったものをー」


それからシュナンは、少し声の調子を落とすと、自分やメデューサたちがいる場所からは距離を置いた、宮殿を支える土台の外縁部にあたる、スペースの端っこで煙を上げている、魔神兵の残骸の方に目をやります。


「それに、僕らには、もう時間がないー。僕の命が、間も無く、尽きようとしているのは、もちろんだがー。見てごらん」


シュナン少年は、寝た姿勢のまま手を上げると、自分やメデューサたちがいるラピータ宮殿の門前に近い、石畳が敷きつめられた場所からは延長線上にある、宮殿を支える高い土台についた、堀の底へと繋がる長い階段のとば口のあたりを、指で差します。

すると、その付近の石造りの床上には、シュナンが先ほど破壊した、魔神兵のバラバラになった身体が転がっており、石畳からは、もうもうと煙が上がっていました。

しかしー。

さっきまでは、首から上だけだった魔神兵の頭部からは、新しい身体が生えつつあり、いつのまにか、肩口から胸のあたりまで再生していました。

そして、その再生した上半身だけの魔神兵の頭部内では、操縦者である魔術師レプカールが、まだかろうじて生存しており、操縦席にその身をうずめながら、大火傷した顔に不敵な笑みを浮かべ、悪態をついていました。


「おのれ、シュナンめ・・・やりおったな。生きてるのが、不思議なぐらいだわ。だが・・・ゲホッ!!待っていろ・・・。魔神兵が復活したら、目にもの見せてくれる・・・」


横臥したシュナン少年の傍で、石床の上に座るラーナ・メデューサは、自分たちがいるラピータ宮殿の門前付近からは距離を置いた、宮殿を支える高い土台のてっぺん部分に広がる、石造りのスペースの外縁部にあたる地点で、もうもうと煙を上げつつ再生しつつある魔神兵の姿を、遠目から見つめ、その蛇の髪で隠された顔に、慄然とした表情を浮かべます。

そんなメデューサに対して、彼女の傍で、石床の上に仰向けに横たわるシュナンは、途切れがちな声で言葉を続けます。


「もうすぐ、魔神兵は復活する。そうなれば、君を確保する為に、動き出すだろう。もちろん、メデューサ王である君が、本気を出せば、師匠などひとたまりも無い事は、良く解ってる。だけど、僕が君と一緒に過ごせる時間は、おそらく、もう後わずかだ。だから今のうちに、見たいんだー。愛する君の顔を、この目でちゃんとー。僕の、わがままかも知れないけれどー」


メデューサは、魔神兵の方に向けていた顔を、再び眼下の床に横たわる、シュナン少年の方に振り向かせると、石畳に頭を載せた、彼の血で汚れた端正な顔を、蛇の前髪の隙間から、改めて涙目で見つめます。

そして、眼下に横たわる彼に、震える声で言いました。


「駄目よ・・・シュナン。いくら何でも、そんな恐ろしい事、やっぱり出来ないわ・・・。あなたを石にするなんてー。あなたを殺すなんて、そんな事ー。自分が殺された方が、何千倍もましよー」


見かけや能力は怪物でも、普通の少女の心しか持たないメデューサにとって、シュナン少年の願いは、あまりにも残酷なものであり、とても応じる事が出来ない、過酷で理不尽な要求でした。

たとえ、愛する彼の、最後の願いだとしてもー。

すると今度は、メデューサの膝元で、石床の上に横たわるシュナン少年の、その側で、二つに折れて転がっている、少年が持つ師匠の杖が、メデューサに向かって、いきなり声を発します。


「メデューサー、頼む。シュナンの願いを、かなえてやってくれー。シュナンの命は、間も無く尽きる。苦難続きの人生だった、こいつの、最期の、せめてもの願いなのだー。頼む、どうか、聞き届けてやってくれー。お願いだー」


その杖の発する声の調子は、道具でありながら、あの冷酷な魔術師レプカールと、元々は同じ人格だったとは思えないほど、真摯で切実な感情を、帯びていました。

しかしー。


「ごめんなさい・・・。わたしには・・・出来ない。シュナンを、殺すだなんてー」


メデューサは、師匠の杖の懇願にも、そのかたくなな態度を崩す事は無く、横臥するシュナン少年の傍で、その蛇で覆われた頭を、ブンブンと振ります。

少し離れた場所で、身体を拘束されたまま寝転がっているレダとボボンゴも、石畳の上で、自由にならないその身を懸命によじり、仰向けになったシュナン少年の姿と、彼の傍に座るメデューサの、苦しげに首を振る様子を、固唾を飲んで、見つめています。

その時でしたー。


「ゲホッ!!」


横臥したシュナン少年の口元から、再び、鮮血が噴き出しました。

少年の口から飛び散った血の飛沫が、彼の貴族風の服や、彼が仰向きに横たわる、石畳が敷かれた床の上を、点々と赤く染めます。


「シュナンッ!!!」


彼の傍で、石床の上に座っているメデューサは、少年の血を吐く姿を見て、思わず悲鳴を上げます。

そして前のめりの姿勢になって、シュナン少年の身体に覆いかぶさると、蛇の前髪の隙間から、潤んだ瞳を大きく見開き、口元から吐血する彼の姿を、凝視します。

「黄金の種子」の詰まった麻袋が、急に姿勢を変えたメデューサの膝上から転がり、石畳の上に、乾いた音を立てて落ちました。

石造りの床の上に仰向けになった、瀕死のシュナン少年の身体に覆いかぶさり、絹を裂くような声で悲鳴を上げる、ラーナ・メデューサ。


「シュナン!!シュナン!!いやあぁーっ!!!」


シュナンの倒れた身体の側の石畳の上で、折れて転がっている、師匠の杖や、少し離れた場所で、拘束されたまま寝転がっている、レダとボボンゴも、横臥した少年の口から血が飛び散る、その有様を見て、一斉に悲鳴を上げます。


「い、いかん!!シュ、シュナンッ!!!」


「いやーっ!!誰かっ!誰か、シュナンを助けてーっ!!!」


「うぅーっ!!シュ、シュナンッ!!うおおおーっ!!!」


一方、そんな仲間たちに取り囲まれながら、石造りの床上で仰向けに横たわるシュナン少年は、何とか咳が収まったのか、石畳に載せた頭を上向きにしたまま、うっすらとその目を開けました。

そして、石床の上で仰向けになっている自分の傍に座り、まるで、こちらに覆いかぶさるみたいな姿勢を取っているメデューサに向かって、か細い声で言いました。


「やっぱり駄目かい・・・?メデューサ」


シュナン少年のか細く、哀願するような口調の声を聞いたメデューサは、床に伏せる彼に覆いかぶさる姿勢を取ったまま、蛇の前髪の下のその目を、深く閉じました。

やがて彼女は意を決したのか、その顔を上げると、蛇の前髪の隙間から瞳をこらし、自分が覆いかぶさっている青灰色の髪の少年の、やつれた姿を、悲しみをこらえながら見つめます。

そして、静かな声で、彼に言いました。


「わかったわ、シュナン・・・」


彼女はそう言うと、石床に仰向けになっているシュナン少年の身体に、覆いかぶさるようにしていた自分の身体を、更に、彼に密着させます。

それからメデューサは、石畳に頭を載せたシュナン少年の顔に、まるで口づけをするように、自分の顔を近づけました。

せめて今だけは、彼の瞳に、自分の姿が美しく映る事を、神に祈りながらー。

石畳に頭を載せたシュナン少年は、仰向けに横たわる自分の上に覆いかぶさり、まるで口づけをするように、ゆっくりと顔を近づけてくるメデューサの姿に、一瞬、強い情動を感じ、その身を官能に震わせます。

そんなシュナン少年の、目の前にまで近づいたメデューサは、自身の蛇の前髪を、念力でスッと持ち上げると、隠されていたその素顔を、露わにします。

すると、それは、少年の青く澄んだ瞳に、しっかりと映ります。

その瞬間、シュナン少年の顔に、今まで誰も見たことのない、安らかな笑顔が浮かびます。

そして、次の瞬間ー。

彼は、物言わぬ石像と化していました。

まるで彫刻のような、端正な石の顔に、幸せそうな笑みを浮かべたままでー。

ラーナ・メデューサは、彼女の顔を見たシュナン少年が、自分の身体の下で、石像と化していくのに気づくと、彼に覆いかぶさっていたその身を起こし、床上に、脱力したみたいにへたり込みます。

そして、己れの膝元で、石化してゆく少年の姿を、蛇の髪の隙間から、信じられない思いで眺めます。

ぺったりと腰が抜けたように、床上にお尻をつけて座り込み、自分の傍らでシュナン少年が、横臥した姿勢のまま、あっという間に石化してゆく様子を、呆然と見つめるメデューサ。

やがて彼女は、少年が自分の膝元の床で、完全に石像と化したのを目の当たりにすると、今度は、石と化した少年の、物言わぬ身体に向かって、まるで、その身を投げ出すようにして、抱きつきます。

彼女の、蛇の前髪の下の魔眼からは、もはや涙も尽き果てたのか、血液のような赤い液体が溢れ出し、止めどなく流れ落ちていました。


「うわあああぁぁぁーっ!!!!!!」


床に転がる、シュナン少年の石像に抱きつきながら、メデューサが発する、獣の断末魔の叫びの様な悲痛な声が、周囲の空気をつんざいて、ラピータ宮殿の門前に響き渡りました。


[続く]


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