夢見る蛇の都 その40
次の瞬間ー。
メデューサの意識は、ラピータ宮殿前にいる、自分の本体の中に戻っていました。
彼女は、高い土台に支えられたラピータ宮殿前に広がる、石畳で出来たスペースの上に座り込んでおり、眼前の床上には、瀕死の状態のシュナン少年が、ぐったりと横たわっています。
また、すぐ側の石床の上には、特殊な拘束光線に身体を縛られたレダとボボンゴが、二人して寝転がっており、身動きがとれない状態でありながらも、首だけを必死にこちらの方に向けて、何とかシュナン少年の容態を、確認しようとしています。
そして、その彼らからは少し距離を置いた、宮殿を支える土台の上に設けられた、広場のような石床部分の、階段口に近い端っこのあたりでは、バラバラになった魔神兵の身体が、無造作に転がっていて、未だに、もうもうと煙を上げています。
しかしよく見ると、石畳で出来た床の上に転がっている、バラバラになった魔神兵の身体の中で、頭の部分だけが、ピクピクとうごめいており、そこから新しい身体が、徐々に生えてきているのが見てとれました。
更に、ラピータ宮殿を支える高い土台の周囲には、防御用の深い堀が広がっており、そこにはペルセウス王率いる大軍勢が、所狭しとひしめき合っていました。
彼らは、高い塔のような形状の、ラピータ宮殿を支える土台を、足元からぐるりと取り囲んでおり、その土台の上に建つラピータ宮殿の方を、堀の底から一斉に見上げ、おそらくシュナン少年の死とともに下されるであろう、王の命令をじっと待っています。
彼らを指揮するペルセウス13世王は、堀の底で大勢の部下に囲まれながら、高い土台の上に垣間見えるラピータ宮殿の姿を、その鷹のような目で食い入るように見上げ、メデューサを捕らえる為に、兵を動かす機をうかがっています。
一方、そんな四面楚歌の状況の中、ラーナ・メデューサは、高い土台に支えられたラピータ宮殿の門前に広がる、石造りのスペースの上で、瀕死の状態で横たわるシュナン少年の傍に、寄り添うように座っており、先ほどまで幽体離脱していたせいか、ぼうっとしている頭を、はっきりさせる為に、ブンブンとその首を振ります。
メデューサの傍で、石床の上にぐったりと横たわっているシュナン少年は、彼女のそんな仕草が可笑しかったのか、瀕死の身でありながら、その口元にかすかに笑みを浮かべます。
「どうしたのメデューサ・・・。夢でも見てたのー」
すると、シュナン少年の傍で、石床に座り込んでいるメデューサは、首を振るのをやめると、蛇の前髪の隙間から目を凝らし、眼下に横たわる少年の、吐血で汚れた顔を、じっと見つめます。
彼女の脳裏には、先ほどまで幽体離脱して入り込んでいた世界で、シュナンと手を繋いで歩いていた時の記憶が、しっかりと残っています。
そんな彼女は、血で汚れた少年の顔を、蛇の髪の隙間から涙目で見下ろしながら、心の中で思っていました。
彼の信じた事を、自分も信じてみようとー。
彼が信じかった夢、信じようとした希望をー。
メデューサは幽体離脱して、意識が無い状態の間も、ずっとその胸にかき抱いていた、「黄金の種子」の詰まった麻袋を、両手で宙に持ち上げると、石床に伏せるシュナン少年の眼前に、まるで捧げるかのように、そっと差し出します。
そして、涙交じりの声で、シュナン少年に告げました。
彼女の決心をー。
「あなたの気持ちは、良く解ったわ、シュナン。あなたは、なんて気高い人なの。それに比べて、わたしは・・・。自分の事ばかりー」
メデューサの声は、涙でうわずって途切れがちとなり、段々と、聞き取りにくくなっていきました。
それでも、彼女の傍で横たわるシュナン少年は、苦しい息の中で耳をすまし、その決意の言葉を、一語一句漏らさず、聞き取ろうとしていました。
「こんな自分勝手な、わたしだけど、あなたの気持ちは良く解ったー。わたし・・・あなたの代わりに、この「黄金の種子」を、必ず人間たちの元に届けるわ・・・。彼らが、もうこれ以上、飢えで苦しむ事の無いようにー」
シュナン少年を、少しでも安心させようと、泣き崩れたい気持ちを必死に抑えながら、喉奥から言葉を絞り出す、メデューサ。
しかし、悲しみで途切れがちな彼女の声は、ついに言葉にならない、嗚咽へと変わってしまいます。
「た、たとえ何年ー。いえ、何十年かかっても、世界中の村々を巡って、必ずこの種子を、人間たちに届けるからー。そして、きっと伝えるわー。あなたの優しい気持ちを、みんなにーっ。うっうううーっ、うううーっ!!」
シュナン少年が見つめる中、「黄金の種子」の詰まった麻袋を、再び胸元でギュッとかき抱き、言葉にならない、嗚咽の声を上げ続けるメデューサ。
彼女は、シュナン少年の回復が、もはや絶望的である事を、何となく感じとっていました。
そして恐らく、彼の命の灯が、間も無く失われるであろう事もー。
それは、シュナン少年の過去の記憶が具現化し、彼の側にいたメデューサが、その中に入り込む事になった経緯からも、明らかでした。
それは、末期のシュナン少年が無意識に発動させた、死への最後の抵抗であり、人が今際の際に見るという、走馬灯のようなものだったのです。
そんな、シュナン少年は、間もなく自分に訪れるであろう死の影に対して、慄然とした思いを抱きながらも、石床の上に横たえた、その身を、精一杯に引き起こし、傍に座るメデューサの方に、正対させるように向けています。
彼はメデューサが、自分の願いを引き受けてくれた事に安堵したのか、そのやつれた顔の口元に、安らかな笑みを浮かべていました。
そんな彼を見る蛇娘の目に、再び涙が、ポロポロと溢れます。
すると、メデューサは何を思ったか、今までずっとその胸に抱いていた、「黄金の種子」の詰まった麻袋を、シュナン少年の傍で、石床の上に座り込んでいる、自分の膝上に、ドスンと落としました。
それから、眼下に横たわるシュナン少年の方に、両腕を伸ばすと、床上に力無く落ちる彼の片方の腕を、双手でそっと持ち上げ、それを自身の平らな胸に、ギュッと押し付けました。
「メ、メデューサー。何をー。」
石床の上に、仰向けの体勢で横たわるシュナン少年は、側に座っているメデューサが彼の腕をとって、それを恥ずかしげもなく、自身の小さな胸に押し付ける様を見て驚き、また、薄い服越しに、彼女の肌の感触が手に伝わるのを感じて、思わず動揺します。
しかし、当のメデューサは、そんな彼の反応にも一切臆する事なく、少年の片腕を、まるで両手でかき抱くかの様に、自身の胸にきつく押し付けたまま、真剣な声で、己の思いを告げました。
蛇の前髪の下で、その真紅の瞳を、涙でうるませながらー。
「シュナン、「黄金の種子」の事とは別に、何か、わたしに、して欲しい事はない?何か、わたしに、出来る事はー。どんな事でもいいわ。お願い、何でも言ってー。わたし、何でもするわ」
メデューサは、死に直面したシュナン少年を、少しでも慰めたいと考え、彼に何とか、生きる気力を取り戻してもらおうと思って、とっさに、そんな大胆な言動を取ったのでした。
彼女の切なる想いは、果たして、瀕死のシュナン少年に届いたのでしょうか。
シュナン少年は、メデューサの言葉に軽くうなずくと、彼女が、その小さな胸に、両手でかき抱くかの様に、強く押し付けている、自身の片方の腕を、恥ずかしそうにそこから引き抜き、更にそれをスライドさせるように、下方向に移動させます。
それから今度は、折り曲げていたその腕を、傍らで石床に座る、メデューサに向かって、真っ直ぐに伸ばすと、彼女の膝上に、ピンと張った腕の先についた、己が手の平を、そっと置きます。
そして、石造りの床上にその身を横たえる、瀕死のシュナン少年は、伸ばした片手を、メデューサの膝の上に載せたまま、か細い声で彼女に告げました。
自分の、最後の願いをー。
「メデューサ、ずっと前に、君に言った事があったよね。僕には、「黄金の種子」を手に入れる事とは別に、もう一つ、かなえたい夢があるってー。絶対に無理だと思っていたんだけど、今なら、その夢をかなえる事が出来る。君が、協力してくれればー。だから僕の、その夢を、君にかなえて欲しい」
その言葉を聞いたラーナ・メデューサは、石床の上に座り込んだまま、食いつくように前のめりとなり、傍に横たわる、シュナン少年に向かって聞きました。
「何っ?シュナンッ!?わたしに、して欲しい事ってー。お願いっ!何でも言ってー」
すると、それに応えるかのように、石畳で出来た床上に仰向けに横たわるシュナン少年の、吐血した血で染められた口元が、ゆっくりと動きました。
そこから発せられた声が、彼の傍に寄り添うように座るラーナ・メデューサの、蛇の髪の隙間から覗く耳を、ぶるっと震わせます。
「ーっ!!!」
メデューサは、たとえ、自分と一緒に死んでくれと言われたとしても、シュナン少年の言葉に、素直に従っていたでしょう。
しかし、シュナン少年の発した、その言葉の内容はー。
彼の最後の願いの、その中身は、またしてもメデューサの予想の斜め上をいく、意外なものであり、彼女にはとても許容出来ない、理不尽なものでした。
彼の、その願いとは、果たして一体ー。
ラピータ宮殿前に広がる石造りのスペースの上で倒れ伏した、魔法使いの少年に寄り添う、ラーナ・メデューサは、彼の最後の願い事が何であるのかを知って、強いショックを受けていました。
そして、彼らからは少し離れた場所で、いまだに光線で身体を拘束されて寝転んでいる、レダとボボンゴも、またー。
一方、高い土台の上に建つ、ラピータ宮殿の周囲に広がる堀の中には、大勢の兵士たちがひしめいており、相変わらず宮殿を支える、正面に階段のついた塔のような土台を、足元から包囲していました。
宮殿の周辺には、重苦しい沈黙とぴりぴりとした緊張感が漂っており、まるで、そこにいる全ての人々が、間もなく訪れようとしている大破局を、あらかじめ知っているかのようでした。
更にシュナンたちがいる場所からは少し距離を置いた、ラピータ宮殿が建っている高い土台の、天辺部分の階段に近い、端っこのあたりでは、バラバラになった他の部位に混ざって、魔術師レプカールが内部の操縦席に座る魔神兵の頭部が、不気味な脈動を続けており、徐々に、その身体を甦らせつつありました。
[続く]




