夢見る蛇の都 その39
次の瞬間メデューサは、その身をまた、別の世界へと飛ばされていました。
今度は彼女は、だだっ広い原野のような場所を、歩いていました。
彼女の前には、茫漠とした景色が広がっており、更にその真ん中を貫くように、長い長い道が通っていて、どこまでも向こうへと続いています。
メデューサはその先が見えない、どこまでも続く道を、トボトボと歩いていました。
ふと空を見上げると、上空には、ぶ厚い雲が重苦しく垂れ込め全天を覆っており、遠くから雷鳴のような音が、時折り、鳴り響くのが耳に届きます。
正面からは、冷たい向かい風が吹いており、その風に逆らうように、長い道をトボトボ歩くメデューサは、寒さに思わず、我が身を震わせます。
その時、隣の方から、心配そうな声が響き、蛇の髪の隙間に隠れた、彼女の耳に届きます。
「メデューサ、寒いの?」
メデューサが驚いて、声のした隣の方を振り向くと、そこにはシュナン少年がおり、彼女の真横で、歩調を合わせるように、一緒に歩いていました。
シュナン少年は、メデューサの隣で、寄り添うように一緒に歩いており、その端正な顔に、心配そうな表情を浮かべています。
「何で、泣いてるんだい?メデューサ?」
隣で歩くシュナン少年の指摘を受けて、メデューサが蛇の前髪に隠された、自分の顔を触ると、確かに涙の後が、目元や頬にくっきりと残っているのが、肌触りから解りました。
どうやら、確かに自分は、少し前に、激しく泣いていたようです。
でも、何故ー。
今の彼女には、まったく思い当たるふしが、ありませんでした。
その時、また彼女の隣から、再び声が響いてきました。
メデューサから見て、隣で歩くシュナン少年とは反対方向の、肩口から響く、その鈴を転がすみたいな、明るい少女の声は、メデューサが良く知っている声でした。
「どうせまた、大あくびでも、したんでしょ?ほんとに、だらしないんだから。この蛇娘は」
メデューサが、声をした方に顔を振り向かせると、シュナン少年がいる、右隣りとは反対側の左隣に、ペガサスの少女レダがおり、ビキニ姿のその身体を軽やかに弾ませながら歩き、隣にいるメデューサを、あきれたように見下ろしています。
更に別の方向から、今度は野太い男性の声が、聞こえて来ます。
「レダ、お前、ちょっと意地悪。口、つつしめ」
それは、心優しい緑色の体色の巨人ボボンゴが、放った声でした。
ボボンゴは、メデューサの右隣りにいるシュナン少年の、そのまた右隣り、つまりシュナン少年の左右を、メデューサと挟み込むみたいな形で、他の仲間たちと歩調を合わせながら、ゆっくりと歩き、その巨体でメデューサたちを、真横から吹き付ける強い風から、しっかりと守っていたのでした。
つまりは、今の彼らは、シュナンとメデューサが並んでいる左右を、ボボンゴとレダが固め、四人が横一列となって歩調を合わせて歩き、どこまでも続く長い道を、和気あいあいと語り合いながら、前へと進んでいたのです。
そして、メデューサが周りを見回すと、彼女ら四人の他にも、この茫漠とした原野を貫く道を、自分たちと同じ方向へ向かって歩いている人々が、多勢いました。
メデューサたちより、はるかに前を歩いている人もいましたし、後ろを振り返ると、ずっと後方から、まるで自分たちを追いかけるかのように、こちらに向かって歩いて来る人たちも、大勢いました。
彼らは、人種や人数もバラバラで、数人、あるいはもっと大勢の集団となって、歩いている人たちもいれは、ただ一人、孤独に歩いている人もいました。
色の白い人もいれば、黒い人もおり、黄色い人もいて、その中間の肌の色をしている人も、大勢いました。
背の高い人もいれば、低い人もおり、男もいれば女もいて、そのどちらか分からないような人も、いました。
服装も多種多様で、ほとんど裸みたいな人もいれば、メデューサが、よく知っている服装をしている人もおり、また見たこともない、奇妙で不思議な格好をしている人もいました。
メデューサが一番驚いたのは、足に重りのついた、鉄の鎖をつけている人がいた事で、その人は、足首にはめられた鉄鎖を、ジャラジャラと引きずりながらも、必死に前へと進んでいます。
そんなハンデを背負った人も含めて、メデューサたちの周りにいる人々は、時に励まし合い、また時に互いに助け合いながら、一歩一歩、その長い道を前へ前へと、進んでいたのでした。
また、歩き続けている人たちの様子や表情も、様々であり、メデューサたちみたいに、談笑しながら楽しげに歩いている人もいれば、歯を食いしばり、苦しげな表情で歩き続けている人もいました。
また疲れ切って、道なりにうずくまっている人もおり、しかし、そんな人も、やがて再び立ち上がり、気力を振り絞って、また前へと歩き出すのでした。
メデューサは、シュナンたちと一緒に歩きながら、そんな、周りで歩いている人たちの様子を、興味深げに眺めていたのですが、彼女の頭に、ふと、一つの言葉が浮かびました。
(人間の旅は、美しくなければー)
それはいったい、誰から聞いた、言葉だったでしょうか?
そんな首をかしげるメデューサに、隣で歩くシュナン少年が、手を差し出して来ました。
「メデューサ、一緒に行こう」
メデューサは彼の言葉にうなずくと、差し出されたその手を、しっかりと握ります。
手と手をつないだシュナンとメデューサは、前を向くと、長い長い道を、互いの顔に笑顔を浮かべながら、しっかりとした足取りで、歩いて行きます。
彼らの左右にいるレダとボボンゴも、そんな二人の姿を一緒に歩きながら、優しい表情で、見守っています。
彼らのー。
そして、その長い長い道を共に歩む、周りにいる大勢の人間たちの前には、先も見えない道程が、これから先にも、ずっとずっと、続いているのが見てとれます。
でもメデューサは、そんな果てない道を、シュナン少年と共に歩みながらも、ちっとも、つらいとは思いませんでした。
向かい風は、冷たかったけれどー。
道は果てなく、遠いけれどー。
メデューサは、シュナン少年と手を繋いで歩きながら、その温かな手を離さず、このままずっと、歩き続けて行きたいと思っていました。
彼と、ずっと一緒にいたかったからー。
しっかりと手をつないだ、メデューサとシュナンを含む、無数の人々の連なりは、天の川の如き扇状の広がりとなって、地上を流れ、どこまでも続く長い長い道のりを、真っ直ぐに進んで行きます。
やがて、長い長い道を歩く彼らの、遥か前途の上空に広がる雲の切れ間から、青空が覗き、そこからうっすらと、朝の光が差し込んでいるのが垣間見えました。
[続く]




