表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/102

夢見る蛇の都 その38

 幽体離脱して、実体の無い状態となったラーナ・メデューサは、収穫祭で賑わう村の広場を、誰にも気付かれる事なく、突っ切るように歩いて行きます。

今の彼女は、誰にも見えず触る事も出来ない、まるで空気みたいな状態になっていました。

もちろん、伝説の怪物である彼女が、村人たちの前に現れれば、大騒ぎどころか、村中からすべての人々が逃げ出す、パニックを引き起こしていたでしょう。

しかし、今の彼女は、誰にも認知されておらず、たとえ、身体に人がぶつかっても、その人は、まるでそこに何も無いかのように、彼女の身体を、スーッとすり抜けてしまいます。

まるで彼女が、幽霊になったかのようにー。

そんなわけでメデューサは、大勢の人々の間を突っ切るように歩いて、お祭りで賑わう村の広場を通過すると、端っこの休憩スペースで、切り株の上に座る親子連れの側まで、誰にも気付かれる事なく近づきました。

そして彼らの真正面に立ち、その仲良さげな姿を、蛇の前髪の隙間から、見下ろします。

切り株に座った親子連れは、周りに集まった村人たちと楽しげに談笑しており、すっかり彼らと、打ち解けあった様子でした。

相変わらず村の広場では、賑やかにお祭りが催されており、大勢の人々が音楽に合わせ、輪になって踊ったり、またあちこちで大道芸が披露され、それを見た観客たちが、大きな歓声を上げたり、拍手を送っています。

切り株に並んで座っている、この付近に越してきたばかりの件の若夫婦も、周りにいる村人たちと一緒に、親しげにその光景を眺め、くつろいだ様子で、楽しそうに笑い合っています。

妻の女性が抱いた幼子が、時折り、キャッキャッと笑い声を上げると、それにつられて夫婦や、周りの村人たちも、思わずその顔に、笑みを浮かべました。

そんな中、幽霊状態となったメデューサは、切り株に座る夫婦の正面から、真横に回り込むと、若い母親に抱かれた、白いお包みに包まれた赤ん坊の顔を、確認します。

するとー。


「シュナン・・・」


そうー、その母親の胸に抱かれた赤子の正体は、メデューサがある程度予想していたように、間違いなく彼女の想い人である、シュナンドリック・ドール少年その人であり、今、彼女が、蛇の前髪の隙間からかいま見ているのは、まだ生まれたばかりの赤ん坊の頃の、彼の姿だったのです。

まだ生まれて、一年ちょっとぐらいしかたっていないだろう、その赤子の顔は、後年のシュナン少年の、繊細で優美な顔を思わせる特徴を、早くも備えていました。

青灰色の少し癖のある髪に、青く澄んだつぶらな瞳、そして、くっきりと整った端正な目鼻立ちー。

周りの誰にも気づかれる事なく、その親子連れが座る切り株の横に立ったメデューサは、蛇の前髪の下から目を細めて、母親に抱かれた赤ん坊の頃のシュナン少年の、愛らしい姿をじっくりと見つめます。

そして、解りました。

ここがシュナン少年が過去に経験した、既に過ぎ去った世界であり、自分が何らかの理由で、幼い頃の彼が見聞きした、記憶の中の世界に、飛ばされてしまった事をー。

それは周りの情景が、赤ん坊のシュナン少年を中心として、浮き出るようにはっきりと見え、それに対して、父母と共に場所を移動するたびに、彼から遠ざかった地点の景色が、なんだか、ボヤけて見える事からも明らかでした。

つまり、メデューサが幽体となって飛ばされた、この世界は、シュナン少年が赤ん坊だった頃に、父母と共に住んでいた村の記憶を、再構築する事によって形作られた、彼の心の中の世界だったのです。

父に寄り添われ、母の胸に抱かれながら、切り株の上で憩うシュナン少年の傍らで、誰にも気づかれず、幽体の姿で棒立ちとなっている、ラーナ・メデューサには、自分が、何故、少年の記憶が創り出した世界に飛ばされたのか、その理由がわかりませんでした。

先日、異空間に存在する、メデューサ族の宝物殿である「夢幻宮」に、幽体離脱して行く事が出来たように、メデューサ王の子孫である自分に、ラピータ宮殿の持つ、神秘の力が働いたのか。

それとも、死に直面したシュナン少年が、残り少ない魔法力を、無意識のうちに振り絞り発動させた、今際の際の魔法なのか。

もしかしたら、その両方の力が、奇跡的に組み合わさって引き起こされた、結果なのかー。

しかし、メデューサには、たった一つだけ、理解できた事がありました。

それは今、自分がいる世界の元となっている、シュナン少年の記憶が、彼にとって最も大事な記憶であり、かけがえのない大切な思い出であるという事です。

そして、彼女は知りました。

この、ほんのわずかな間の、幸せだった幼年期の(とき)の記憶が、そして思い出こそが、彼の全生涯を支え、彼の勇気と力と信念の源になっている事をー。

メデューサは、蛇の髪の毛の隙間から目を凝らして、父母に囲まれて安らかに微笑む、赤ん坊の頃の彼の姿を、そっと見つめます。

幸せだった頃の、シュナン少年の姿をー。

その時、不思議な事が起こります。

母親に抱かれている、赤ん坊のシュナン少年が、何故か、傍に立つメデューサの方に、楓のようなその手を、精一杯に伸ばしたのです。

今のメデューサは、幽体の状態であり、誰の目にも見えていないはずでした。

それなのに、何故ー。

シュナン少年を胸に抱く母親や、その隣で寄り添う父親、そして彼ら二人が座る切り株の周りにいる、大勢の村人たちは、赤ん坊が、何もない虚空に向かって、精一杯に両手を伸ばす、可愛らしい仕草を見て、一斉に笑い出します。

しかし、その赤ん坊の、青く澄みきった目は、誰にも気付かれない、透明な存在となって側に立ち尽くす、メデューサの姿を、しっかりと、己の瞳の中に捉えていました。

母の腕の中で、あどけない表情を浮かべながら、その楓のような小さな手を、誰にも見えないはずのメデューサの幽体に向かって、懸命に伸ばす、赤ん坊の頃のシュナン少年。

まるで、何かを求めるかのようにー。

赤子のシュナン少年を抱いた母親と、それに寄り添う父親が座っている切り株の側で、影法師みたいに佇むメデューサは、そんな風に自分に向かって手を伸ばす、赤子の時の彼の姿を、蛇の前髪の隙間からじっと見つめていました。

しかし、彼の青く澄んだ瞳と、思わず目が合いそうになると、慌てて視線をそらし、蛇の髪の毛に覆われたその顔を、下向きに伏せます。

やがて、その下を向いたメデューサの、蛇の前髪に隠された真紅の瞳から、一時(ひととき)は止まっていた涙が、再び滝のように流れ落ち、土の地面を点々と黒く染めました。


[続く]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ