68.攻撃力の考察
「想像以上の破壊力ね」
ボス戦を終え、クロちゃんの魔剣をレンナさんが評する。
それを用意した張本人である零七組の面々はあまり愉快な雰囲気ではない。
「これをチュートリアルで配ってるってんだからたまらんな」
ユウさんが顔をしかめる。
「鍛冶屋廃業。鉱石掘りに専念してどうぞ」
「するか。
あれを超える刀をだな……」
「性能的には全然超えていける、いえ、行けないとおかしいんだけど、それ以前にレベル制限が皆無みたいな方が性能的に問題だと思うのよね。
しかも今の所判明している確実な入手手段がチュートリアルでしょ?」
「使い物になるまでに大量にリソースぶちこむ必要があるけどな。
それを入手するまで一苦労だろ?」
「それに、再生に成功しても彼女みたいに自分のスタイルにフィットする保証もない。
今回は、稀有な大成功の事例でしょ」
「何れにせよ、この情報は公表したくないわね。
貴女達も、協力してくれないかしら?」
「当然よ」
クロちゃんが満足気な笑顔を浮かべながら頷く。
珍しくな。あんなにご機嫌なんて。
「ここからは、私が先頭で行くわ!
シロちゃん、行くわよ!」
うん。
大分、浮かれていると見える。
とりあえず、シロは私のワンコなんだよなぁ。
呼ばれてホイホイついて行くワンコもワンコだけれど。
◆
竹林を抜け、岩山へ通り、そして砂漠に至る。
道中の敵は先頭のクロちゃんと、それを張り合うカエデが次々となぎ倒して行く。
私のサポートなんていらない二人の活躍を最後尾から眺めていた。
「聞いて良いですか?」
すぐ前を歩くレンナさんへ声をかける。
「クロちゃんの剣。
強いのは見てわかるんですけど、さっき言ってたレベル制限ってなんですか?」
「んー……ちょっと待ってね。
アルさん。出番」
「はーい」
緑の髪をした軽装の女性。
零七組の中でも異質な存在。
他の面々が自分の専門とする生産物を持つ中、彼女は特段これといった生産スキルを保持していない。強いてあげれば、料理くらいで、クランホームの中では良くコーヒーを淹れている。
あとは、他の人と一緒に素材採集に行ったりとか。
自由人が多い零七組の中でも飛びっきり自由ないつ見ても笑顔を絶やさぬ人。
「なんでしょ?」
「アルさんの考察を聞かせてくれない?
そうね……ダメージの計算式とか」
「はいはい。良いですよ」
「お願いします」
アルさんが指を一本立てる。
「まず、武器自体が持つ攻撃力。
これは武器毎に定められています。
それに、プレイヤーのレベル、スキル、クラスによる補正なんかが加わります。
ですので、ざっくりとした計算式は……(武器の攻撃力」+(適正レベル−プレイヤーレベル)×武器係数)×(クラス係数)×(スキル係数)。
ここから相手の防御力、これは部位毎に違っていると思われます、が引かれ、更に攻撃的中の速度と入射角なんかも影響してると私は考えてます」
彼女は仮想ウインドウに『(武器の攻撃力+(適正レベル−プレイヤーレベル)×武器係数)×(クラス係数)×(スキル係数)』と表示して私に見せる。
「と言っても、全部マスクデータなので確証はないですけど」
「結局、乗算って結論?」
「さっきの攻撃力を見るにその可能性の方が強いと思います。
強い武器、それを扱うクラス、スキル。
その三つの掛け合わせですよ」
「適正レベルって言うのがさっきレンナさんが言ってた『レベル制限』につながるんですか?」
「そうです。
武器毎に個別に設定された『適正レベル』。
これよりプレイヤーのレベルが低ければその武器の持つ攻撃力を100%引き出すことが出来ない訳です」
「で、当然強い武器ほどその『適正レベル』が高く設定されている。
だけれど、クロちゃんのアンサラーはその適正レベルがどうやら低そうって事。
極端な話、ゲームを始めたばかりのプレイヤーが、いきなりあの武器をあれに近い強さで使える可能性があるのよ」
ふむ。
反応を見るにそれはこのゲームの中では特異な事なのだろう。
では、そのレベル差に掛けられている数値は?
「この、武器係数と言うのは?」
「そのレベル差がどれくらい影響するか。
これも武器毎に違いがあると考えています。
例えば、お二人の使っている銃器。これは限りなくゼロに近い数値なのではないかと想像します」
「ゼロに近い?」
「はい。
そうすると、レベルの上下に関係なく同じだけのダメージが期待できます。
ですがその分、レベルが上がってもダメージが増えることはない。
銃器全般が敬遠されている理由の一つですね」
……敬遠されてるのか。
薄々気付いてはいたけれど。
「ま、そこはデリメリあるわよね。逆に大きいとどうなるの?」
「この数値が大きい……大剣や斧なんかの武器種ですね、そう言う武器の場合、レベルが上がればそれだけ攻撃力も上がっていく。
成長が如実に実感できる訳ですね」
なるほど。
「武器が強くてレベルが高い。
それだけで強さが決まるわけではありません。
クラス、そして、スキル。それらも複雑に絡み合っている。
そして、更には相手のステータスの影響もあるわけですが……クロアゲハさんのスキルか、それともアンサラーの能力か、はたまたその両方なのか……どうやらあの武器、相手の物理耐性を無視、継続ダメージの様な効果があるのではないでしょうか」
「アンサラー。或いはフラガラッハ。ケルト神話に登場するその剣によってつけられた傷は治癒されない、でしたっけ」
「ええ。そうです。神話由来の能力を持つと考えて良いでしょう」
強っ。
「いいな。私も欲しくなってきた」
「先程言ったように、ヨシノさんがあの剣を持ったとて、同じだけの強さは望めませんよ?
クロアゲハさんとは、クラスもスキルも違うので」
「そっか」
「ついでに言うと、レベル、クラスとスキル、その他条件が同じなら、全く同じ強さかといえばそれも違うわよね」
む?
「どういうことですか?」
「例えば同じ車でレースをしたら、どっちが勝つと思う?」
レンナさんが両手の人差し指を立てて私に見せる。
なるほど。言わんとしていることはわかった。
「運転のうまい方ですね」
「正解。
でも、私達が操っているのは車ではなく複雑なアバター。
この操作が上手な人って、このゲームだといくつかのパターンに分かれるのよね」
今度は指を三本立てる。
「ひとりは、クロちゃんみたいにシステムを理解して行動の最適解で動く人。
もうひとりは、市松ちゃんの様に現実ではありえないような動作を苦もなくこなせる人。
最後は、カエデちゃんみたいに現実の動きがそもそも最適化されている人。
考えて或いは無意識に動かす。
それだけのことなのだけれど、三者三様のアプローチがある。
ここがまさに、私達が貴方達に護衛を頼んだ理由でもあるの。
どれだけ強い装備を作って身にまとっても、肝心の戦闘スキルで一歩劣る。
そう言う自覚があるから、踏み出す一歩は短いし、攻撃を避けるために必要以上に距離をとってしまう」
「そうですね。後ろから見ていてもなんで無言で連携取れてるのか不思議でしょうがないですよ」
「うーんと、仲良いので」
そういう事にしておきましょう。
今回はうまく行ったけど連携取れない時はてんでダメだし。
「ところで授業料代わりに私も質問していいですか?」
……アルさんの顔に、好奇心と言う文字が張り付いて見える。
しかし、ここまで丁寧に解説されたら首を横には振れない……。
「なんでしょう?」
でも、場合によってはごまかす。
「あのワンちゃん、レベルいくつですか?」
「シロ? 28だよ」
「ホワイトウルフ、ですか?」
「うん」
犬っぽいでしょ?
でも狼なのよ。
「レベル20でクラスチェンジ、しませんでしたか?」
「あー、選択は出たけとしてない。ずっとホワイトウルフ」
「それはまたどうしてですか?」
「そのままが一番可愛かったから」
「なるほどです!
後で、だっこさせて下さい!」
あ、はい。




